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−暁の空に響く戦慄(3)−

 衝撃的な内容を含んだ放送を聞いて動揺してしまったのは、鷲尾健介ただ一人に限った話ではない。烙焔島じゅうに広がる星矢中学校三年三組の面々の多くが午前六時を境に、何らかの形で精神に変調をきたしていた。
 ゲームに乗ることを決心する者。恐怖感から歩き回ることを極力控えるようにする者。級友の死に対するショックから頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる者。といった具合に胸中の変化は千差万別だった。
 反面、まるで何事も無かったかのように、変わらず冷静さを保ったままの生徒もいるにはいたが、これはあくまでも少数派に過ぎない。

 新谷明斗(男子十番)は、その数少ない存在のうちの一人だった。
 彼が未だ落ち着いていられるのは、ここまでのゲームの進行をあらかじめ予測できていたから、といえる。プログラムに関連するニュースや新聞記事を、普段から興味をもって見るようにしてきた賜物か、これくらいの流れは想定の範囲内だった。
 明斗は今、山肌から高く伸びた木によじ登り、島全体を見渡そうとしている。
 木々の隙間をぬって吹き付けてきた風が、男にしては長めに揃えられたミディアムショートの髪をやさしく揺らす。目にかかった前髪を手で払いながら、鬱陶しいと言わんばかりに顔を歪めた。そろそろ髪を切ろうかと先週あたりから考えていたところだった。
 太い木の枝に足をかけ、体勢が安定したところで視線を遠くに動かし、低めの団子鼻を「ふーん」と鳴らした。
 この島に来てから木の上に登ったのは二度目だが、明るくなったせいか、数時間前よりもかなりはっきりとプログラム会場の全景を見渡せる。
 まず目に飛び込んでくるのは、島の大部分を占める広大な緑である。木々が犇めき合って形成された森は厚く、あらゆるものを覆い隠してしまうほどだった。といいつつも随所に隙間は点在し、岩肌や土の地面も所々に覗いている。数少ないものの人工物も存在し、それが妙に目立っていた。
 明斗が登る木からすぐ近くに高く白い柱が直立している。先端にスピーカーがついていることから、放送用に軍がわざわざ設置したものと思われる。他にも同じものがいくつか島中に点在しているようだった。スピーカーの上には金属の棒を組み合わせたようなアンテナも付いているが、江口達の声を受信するためのものか、はたまた生徒たちの首輪に電波を送るためのものか、用途は今のところ定かではない。
 木の上から確認できる範囲で目に付く人工物はもう一つあった。明斗がいる場所から二百メートルほど離れた山肌に、巨大な金属の残骸が破片となって散らばっていた。それはかなり朽ちている様子で、全体的に茶色くサビついてしまっている。そのうえ大部分が木々に隠れてしまっているが、尾翼のような部分が見えることから飛行機の残骸であることが辛うじて分かる。
 明斗は頭を高速で回転させ、過去に読んだ書物の記憶から航空機に関する情報を検索した。尾翼の形状が一致すると思われる機体がすぐに浮かんだ。戦時中に活躍していたという米国産のかなり古い戦闘機である。
 なぜそんな物が今の世に、しかも大東亜の本島から離れたこんなちっぽけな島に存在しているのか、博識な明斗でも疑問に思うばかりであった。
「いったい何なんだ、この島は」
 そんな言葉が口から自然と漏れるのも無理はなかった。戦闘機の残骸だけに限らず、そもそもこの島には不可解な要素がいくつも見られた。

「新谷ー。なにか見えたー?」
 木の根元のほうから女の声が聞こえた。敵に見つからないよう抑えられた、それでいて数メートル上の明斗にまで届く絶妙なボリュームだった。
 枝にまたがりながら下に向かって、両手で丸とも三角とも取れる曖昧なポーズを作ってみせる。スピーカーや戦闘機の残骸といった発見はあったものの、その情報が今後役立つかどうかというとかなり怪しかったためだ。
 女は一瞬顔をしかめた後、両手で手招きする動作をした。降りて来い、と言いたいらしい。
 すぐさま明斗はまたがっていた枝から身を下ろし、するすると木の幹を伝って地面へと向かった。小柄な身体でのその素早い動きは、下から見ていたら猿のように見えたことだろう。
「で、どうだった?」
 下に着くや否や女が明斗に問いてきた。癖毛を気にするがあまり、本日は五本ものピンを使って前髪をがっちりと固定している少女、若林奈美(女子二十四番)。木の上から何か有益な情報を得ることが出来たのか、改めて言葉で説明してもらいたいようだ。
「特別役に立つ情報は見つからなかったかな。放送用のスピーカーとかが見えた程度で、あとは森が続くばかりだ」
 戦闘機の残骸については語らなかった。個人的に気になる物ではあるが、プログラムには関係ないため話す必要はないと判断した。
「集合場所の辺りは見えなかった?」
「見えるわけないだろ。ここからだとG-5エリアは山の反対側だ」
 すると奈美は「そりゃそうね」と口にし、残念そうにため息をついた。いつも騒がしい彼女が今日は珍しくしんみりしている。大量のクラスメートの死を知らされたばかりでは無理もない。
「誰か……他の人間の姿は見えなかったか?」
 横から鈴森義人(男子十一番)が狼狽えた様子で口を挟んできた。汚れた手で触れたのか、彼の四角い顔が少し土で汚れている。
「いや、誰の姿も見えなかった」
 明斗がこたえると、義人は目に失意の色を浮かべて肩を落とした。
 彼がどういう回答を欲しがっていたのかは分かっていた。交際相手である橘冬花(女子九番)の安否を気にして、木の上から彼女の姿を見つけられないかと、儚い期待を抱いていたのだろう。
「そうか……。取り乱してごめんな、新谷。ありがとう」
 義人はつり上がっていた太い眉の端を下げてハの字に戻した。いつも穏やかで控えめな彼が必死になっているあたり、よほど余裕のない状態なのだと窺える。表面的にはまだ冷静であるように取り繕おうと務めているが、その不安定さは見ていてかえって心配にさせる。
 とはいえ義人が取り乱してしまう訳も理解できる。交際相手の橘冬花は生まれつき耳が聞こえず、そんな彼女がプログラムの中一人で彷徨っていることを思っては、落ち着いていられるはずがなかった。
 ひとまず先ほどの放送で冬花の名前が挙がらなかったことだけが、義人にとって救いとなっていた。
「いずれにしろ大した情報は無しということね」
「残念ながらな。まあ俺的には、誰かの死体を見ることになったりせずに済んで、少しほっとしているが」
「ちょっと、怖い話しないでよ」
 奈美は顔を歪めながら手刀を胸の前に持ってきて、空手の型のように構えた。といっても彼女は格闘技を習っていたりするわけではなく、その動作にルーツなど無い。守りに入ったときに彼女が癖でよくとるポーズであり、自らの耳を塞ぐ行為と用途は近い。
「悪い。別にびびらせるつもりじゃなかったんだ」
 精神的にダメージを受けている者にこれ以上刺激を与えてもプラスになることは無いので、ここは素直に謝って話を切り上げることにした。
「もぉ、これからは勘弁してよね」
 そう言って奈美は頬を膨らませた。まだ眉間にしわを走らせてはいるが、一応許してはくれたようだった。
「それで結局、移動ルートはどうするの?」
 奈美の後ろにいた朝木詩織(女子一番)が、久しぶりに口を開いた。騒がしい奈美とは対照的に、その存在を忘れてしまいそうなほどに彼女は静かだった。
「大した情報が入らなかった以上、当初考えていたとおり真っ直ぐ最短距離を歩くことになるわな」
 詩織は白い顔を微動だにさせず、ふーんと小さく発しただけだった。極端に細く鋭い目だけを頻繁に動かし、同行している三人の様子を見ているようだが、何を考えているのかは分からない。
「そうと決まれば、さっさと移動を開始しましょ。ほら鈴森も。もしかしたら冬花も目的地にいるかもしれないし」
「……だといいけど」
 奈美の力の入った言葉に、義人は弱々しく返した。
 義人の動揺は明らかに拡大していっている。一見変わらないように思える奈美の明るい振る舞いも、無理しているのが伝わってくる。生徒たちの精神を揺さぶるという意味で、放送は思いのほか大きな効果を発揮しているようだった。
 しかし、詩織に限っては放送の前後を比較しても、変化は全く見られない。まだ精神的に脆く幼いはずの中学生で、死に直面してもこうも落ち着いていられる人物なんてほとんどいないだろう。
 同じく変わらず冷静な明斗だからこそ分かる。こういう人間は運命に身をまかせることに決めているか、状況の変化に揺さぶられない強い意思を持っているかのどちらかだと。ちなみに明斗は前者であるつもりだが、はたして詩織はどっちなのだろうか。
 他人への興味が希薄な明斗は、人の内面を読み取る能力に乏しく、無表情の詩織が何を考えているのか全く分からなかった。
「えーと、どっちに進めばいいんだっけ」
「西へほぼ真っ直ぐだよ」
「西ってどっち?」
 キョロキョロと色んな方向を向く奈美を前に、明斗はやれやれと携帯電話を取り出して見た。
「あっちだな」
 指で方角を示すと「なんですぐ分かるの?」と奈美が首をかしげた。
「地図でなんとなく分かるよ」
 説明が面倒くさいので、適当な話で終えようとする明斗。
 実際のところ、ほとんど木々しか見えない山の中では、地図のみで正確な方角を割り出すのは難しい。方角を調べるのに役立つのは太陽の位置と時刻である。アナログ時計の短針を太陽の方へ向け、十二時と短針が指しているちょうど間が南になるのだが、手元にアナログ時計が無いので頭の中で針の向きを思い浮かべて考えたのだった。
 プログラム開始前にサンセット号の進行方向を調べたのも、この方法を利用してのことだった。
「方角が分かったなら早く行こうよ」
 話が固まってきた頃を見計らって、既に出発の準備を整えた義人が急かしてきた。
 彼が冬花のことを心配していることは全員分かっているので、皆がそれに従ってすぐに歩きだした。
 元気が空回りしている奈美に、気持ちが先走ってしまっている義人。それに何を考えているか分からない詩織。はたして不安要素だらけのこのグループは無事に目的地にたどり着けるのだろうか。
 向かうは地図で言うエリアG-5。
 サンセット号の中にいたとき、軍隊が千銅亜里沙(女子八番)に気を取られている隙に、角下優也(男子六番)がこっそり指示してきた集合場所。
 聞いた者がまた別の人間へと伝え、いったい誰が、はたまた何人が集まるのか今のところ知る由もない。
「チョーップ」
 突然後ろから手刀を浴びせられ、振り返る。
「なんだよ」
「難しく考えているようだから目を醒まさせてやろうかと」
「余計なことしなくていいよ」
 と奈美の手を振り払う。
 明斗だって本当はこんな状況下で、色々難しく考えたくはないのだ。
 歩きながら足元を埋め尽くしている、多種多様な植物へと目を向ける。図鑑にも載っていない珍しい種がいくつかあるようだった。


「いったいどうなってるんだ? この島はまるで――」
 誰にも聞こえないくらいのボリュームでの呟きだったが、詩織から注がれる視線に気づいて、明斗は瞬時に口を閉ざした。


【残り四十一人】

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