020
−緑の絨毯に寝そべりながら−

 土地の大部分が緑に覆われている烙焔島は、自然がとてつもなく豊かである。
 島に放り込まれて初めて目を開いたとき、視界に入ってきたのは、四方八方に延々と続く雑木林。微風を受けて小さく揺れる草葉の絨毯に地面は埋めつくされていて、踏み出した足は緑に完全に埋もれてしまう。
 スボンの裾とローファーの隙間から入り込んだ枝葉によって細かく切られた足首を見て、この時ばかりは靴下を履いておけば良かったと思わずにはいられなかった。
 凸凹の道を移動することに疲れた高槻清太郎(男子十四番)は、適度に厚みのある茂みを見つけるやいなや、そこに身体を滑り込ますように寝転がり、一息ついた。
 草葉の絨毯越しに背中に感じる地面が、ひんやりしていて気持ちがいい。
 清太郎を包む茂みのドームは隙間が少なく、空間にゆとりこそ無いものの、四方を囲まれているためか、中にいて妙な安心感があった。
 ふいに、ひかり荘のことを思い出す。外界から遮断された自分たちだけの隠れ家は、とてつもなく居心地が良かった。「勉強しろ」と口うるさく言う親がいる自宅なんかより、人目を凌げるプライベートな空間が何よりもくつろげて落ち着けるのであった。
 しばらくここに隠れていよう。全身すっぽりと収まっているし、誰にも見つかりはしないはずだ。
 などと考え、空が明るくなるまで留まることを決めたのは、もう何時間も前のことである。以来、寝返りをうつ程度に転がる以外、一切動こうとしていない。ぼんやりと考えを巡らすのみで、プログラムの最中には見えないほど不思議と落ち着き払っていた。
 脱出するとするなら、やっぱこの首輪をどうやって外すか、だな……。
 首元に手を持っていくと、硬い金属のリングに触れた。
 爆薬入りの首輪――こいつに命を握られているため、殺し合いなんて馬鹿げたゲームから逃げ出すことができない。逆に言えば、この首輪を外すことができさえすれば、脱出できる可能性はあるはずなのだ。しかし、無理に外そうとすると爆発するという首輪に、下手に手を出すことはできない。内部の構造を理解した上で、専用の工具を用いなければ、この拘束具を解くことは不可能だろう。
 頭の回転が早いが故に、清太郎は早々に脱出を諦め、首輪から手を離した。
 過去にプログラムから生徒が脱走するという事件は実際にあったようだが、そんな話に翻弄されてはいけない。きっとそれは首輪について情報を持っていた人間が偶然いたとか、極めて異常な状況に過ぎなかったに違いない。何の情報も持っていない無力な自分には、到底実現不可能な絵空事でしかない。
 枕にしたバッグに、癖の強いもじゃもじゃ頭を埋めながら、清太郎は小さくため息をついた。
 まったく面倒なことになった。本当ならば今頃林間学校で、窮屈なテントでぐっすり眠りについていた頃だろうに。
 気力のこもっていない虚ろな目で見上げると、緑の隙間から夜空の星のちらつきが僅かばかり覗いている。その美しさに一瞬心が洗われた気になったが、六月の湿気によって大量発生した虫の羽音が、些細な安らぎをすぐに邪魔する。
 虫は嫌いではない。むしろ眼前を蠢いている尺取虫の姿に愛らしさを覚えるほど興味の対象ではあるが、煩くされるのは虫であろうが人間であろうが許せない。
 仕方なく、持参していた虫除けスプレーを周囲に散布し、なんとか一時の静寂を確保した。
 さて、しばらく寝て過ごして体力を温存するか。
 清太郎は瞼を閉じる。すると静かな森の囁きが、視界が開けていた時よりも、鮮明に耳に入ってきた気がした。
 木々の間をすり抜ける風の音。小さく揺れては擦れ合う草木の音。いずれも耳にしていて妙に落ち着く。森の音にはヒーリングの効果があると言うが、実際にそれを体感したのは初めてかもしれない。
 だが、清太郎が心地よく癒しに浸れていたのはほんの束の間。耳を澄ませていると、森の音に混じって人の声が遠くから聞こえたのだった。一気に緊張感が高まる。
 茂みに身を隠したまま息を殺す清太郎。
 ボリュームを抑えた声は途切れることなく、植物を踏み付ける足音と共に迫ってくる。
 慌てることなくその場でじっとし続けていると、すぐ傍を何者かの足元が通過していくのが、茂みの隙間から見えた。


 確認できた足の数は四本。すすり泣く女と、それを宥めようとする男の声から、男女の二人組であることが分かった。
 清太郎は耳を済ませて、今度は会話を盗み聞きすることに集中した。
「もう泣くなって」
「だって、こんな……こんな……」
 清太郎から離れていく二人の声は、草木のざわめきにかき消されてしまいそうな程にか細かったが、なんとかぎりぎり聞き取ることができた。同時に、声色から増田拓海(男子二十二番)西村歩美(女子十二番)であることが判明。普段あまり接点がなさそうな、ちょっと不思議なコンビである。
 歩美の方は不安からか、どうやらかなり精神不安定に陥っている様子で、はっきりと言葉を発することができていない。
「大丈夫だって。ほら、今は誰も襲ってくる気配なんて無いだろ」
 冷静さを失っている歩美の手前、気丈に振舞う拓海だが、その声は僅かに震えているように聞こえた。
 この殺し合いゲームという異常な状況下では、男女関係なく恐れおののくのは当たり前。あまりに冷静な清太郎の方が異端なのであろう。
「しばらく辛抱してくれよ。洞窟にさえ辿りつけば、皆と合流できるんだから」
 清太郎に声が届かなくなるギリギリのところで、拓海は確かにそう言った。
 皆と合流? 何人かで集まる約束でもしているのか?
 地面の上に広げていた地図を手に取り、早速確認してみると、確かに島の南西のほうに洞窟の存在が記載されている。
 拓海たちにゲームに乗る気は無さそうだし、清太郎は声をかけてみるか一瞬迷ったが、結局しばらくこの場に留まって様子を見ることに決めた。拓海たちが誰とどういう目的で合流するつもりなのか不明だし、ならば明るくなってからこっそり様子を伺って、それから判断したほうが良いと考えたのだった。
 忘れないように、洞窟の表記があるG-5エリアにペンでチェックを入れる。
 これでよし、とでも言わんばかりに、地図を見ながら小さく頷いた。
 当面の目的ができたところで、今度こそ眠りについてしまおうと寝返りをうつ清太郎。
 瞼を閉じる直前、身体の下に広がるクローバーの絨毯に目が行った。
 何気なく適当に選んだ一本を引き抜いてみる。四つ葉のものを見つけると幸運が訪れると聞くが、清太郎は十五年という人生の中で三つ葉のものしか見たことがなかった。
 期待せずに目の前に持ってきて驚愕することとなった。適当に選んだ一本のクローバーは、四つ葉どころか五枚の葉を広げていたのだ。
 確かにクローバーには五つ葉以上のものも存在するらしいが、その確率は四つ葉以上に低いはずだ。
 まるで下らない冗談に引っかかったかのような気分になった清太郎は、もう一度きちんと見ずに選んだ一本を取ってみる。驚くべきことにそれも五枚葉。
 このあたりで気持ち悪さを覚え、何本も連続して抜いて確認してみるが、そのどれもが五枚葉だった。
 清太郎は何やら正体不明な胸騒ぎを感じた。
 これは、何かが起こる前兆なのだろうか?

 それとも……。


【残り四十一人】

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