015
−殺戮仮面(2)−

 コーヒーメーカーからマグカップに注がれたばかりのコーヒーが、白い湯気を立ち上らせる。
 コーヒーはブラックしか飲まないという江口が、それを一口含みながらソファに腰掛けようとすると、テーブルの上に置かれていた携帯電話がけたたましく着信音を発した。
 マシンと向き合っていた兵士の一人が手を伸ばそうとすると、江口はそれを制して言った。
「ああいい、私が出ます」
 携帯電話の液晶画面には、登録されていない番号が表示されている。
「またかかってきましたか」
 呟きながら通話ボタンを押すと、電話の向こうから悲壮感漂う少女の声が漏れてきた。
「もしもし! ママ、聞こえる? 私、雅巳よ!」
 どうやらプログラムに参加している生徒の誰かのようだった。
 プログラム会場内からの電話は全て、このプログラム本部へと繋がってしまうようになっている。大東亜の中学校では携帯電話の所持を校則で禁じているため、プログラムのルール説明時にこの仕様にはわざわざ触れない。言わばプログラムの裏ルールである。昨今は携帯電話を密かに持つ中学生が激増しており、裏ルールを知らない生徒がプログラム本部に電話をかけてしまうというケースも「よくあること」となってしまっている。
 ただ今かかってきた電話も同様のケースだろう。雅巳という名を名簿から探したところ、該当するのは出町雅巳(女子十一番)のみであった。
「ねえ聞いてるの? ママ、無事なの?」
 雅巳の家は母と娘の二人暮らしという母子家庭のようで、それ故にたった一人しかいない母親のことが心配で電話したのであろう。そりゃあ、政府に歯向かって死んだ親もいる、なんて聞かされては不安になって当然だ。
「残念ながら、私はお母様ではありませんよ」
「えっ?」
 母にかけたはずの電話になぜか江口が出たために、雅巳は明かに動揺していた。
「説明していませんでしたが、プログラム会場内からはどこに電話をかけようとしても、プログラム本部へと繋がってしまうようになっています。お母さんの声を聞きたかったのでしょうが、残念でしたね」
 驚きのせいなのか、電話の向こうで雅巳は絶句していた。
 江口は構わず続ける。
「ちなみに出町さんのお母様ですが、あなたがプログラムに参加すると説明に行った際、激しく抵抗しましたので、致し方なく死んでいただきました」
 雅巳を精神から破壊し尽くしてしまうほどの内容を、平然と事務的に話す。
 マシンに向かっていたはずの兵士達の目線が、いつしか江口に集中していた。まるで彼に感情というものが存在しているのか探るかのように。
「これで心置きなく、お母様の安否など気にせずプログラムに集中できますね」
 そして言葉を失っている雅巳を気にせず、一方的に電話を切った。
「これで二件目ですね」
 兵士の一人が江口に話しかける。
 ほんの数分前、吉野梓(女子二十三番)からも同様の電話がかかってきていた。
「近頃の中学生は本当に、どうしようもないクズばかりですね。校則で携帯電話の所持は禁じられているというのに」
 部屋の中心にあるソファに深く腰をかけ、ため息をつきながら携帯電話を弄った。念のために、プログラムが行われている間だけ、出町雅巳の番号を登録しておく。
「それで、生徒達の動きはどうなっています?」
「はっ! 一応全員に動きが見られますので、零時の放送で全員が目を覚ましたのは間違いないようです」
 一際大きなモニターの前に陣取っていた長身の兵士が、画面を指しながら説明する。
「根来晴美が殺害された地点にいた、沖田秀之と森下藍子が共に行動を始めたようですね。ソロモン四号が拾った会話内容からしても間違いないです。安達宏は二人の存在に気づかなかったようで、単身で現場を離れていきました」
 モニターには島の地図が大きく映し出され、生徒達の出席番号を示す数字が、広く満遍なく点在している。その中で、『青の4』と『赤の20』が連れ立って海岸線上を移動している。
「その他に大きな動きが見られるのはここですね」
 兵士はある区域を指して言った。
「このエリアなんですが、狭い範囲内に六人が密集しています。もし遭遇することになれば、大きな戦いが起こることは必至でしょう」
 江口がモニターを見つめていると、またしても携帯電話の着信音がけたたましく鳴り響いた。
「またですか」
 やれやれと苦笑いする兵士。
 携帯電話の液晶画面に表示されているのは『吉野梓』の三文字。
 つい先ほど、電話は会場の外には繋がらないと伝えたはずなのに、性懲りもなく再びかけてくるとは、いったいどういうつもりなのだろうか。混乱していて話を理解できていなかったのか、それとも何か別の理由があって、あえてかけてきたのか。
 考えを巡らせながら、江口は通話ボタンを押した。
「もしもし、吉野さん。どうかしましたか? ご家族とお話したいのでしたら、何度かけてきても無駄ですよ。確かさっき、電話は繋がらないと伝えたはずですが」
 用件を聞きもせずに、畳み掛けるような少し意地の悪い切り出し方をした。しかし相手は動じることなく、堂々とした口調で返してきた。 
「いいんですよ。あなたと話したいことがあって、あえて電話したんですから」
 電話越しに聞こえたのは、吉野梓の声ではなかった。というより、そもそも女の声ではない。
 改めて携帯電話の液晶画面を確認するが、やはり吉野梓と表示されている。
「あなた、いった誰ですか?」
 何者かが吉野梓の携帯電話からかけてきているのは間違いない。しかし、いったい誰がどんな理由で、わざわざ自分に話しかけようとするのか想像もできなかった。
 電話越しの謎の相手は、相変わらずハキハキと答える。
「僕は角下優也と申します。携帯電話を持っていないので、偶然会った吉野さんの携帯電話を借りました」
 すぐさま手元の名簿を見やる。
 角下優也(男子六番)……なんと、学級委員である。ちゃんと校則を守って携帯電話を持っていないというのは流石と言えよう。
「それで、あなたは江口担当教官でしょうか?」
「そうですが」
「よかった。吉野さんが言っていた通りだ」
 少しホッとしているようにすら聞こえる雄也の声。彼の目的が全く読めないので、出方を窺うことにする。
「島の外に電話が繋がらないと知っていて、いったい何の用があってかけてきたのですか?」
「いや、江口さんに一つ聞きたいことがありまして」
「なんでしょう」
「ソロモン四号でしたっけ……まあ名前は何でもいいんですけど、この首輪、確か禁止エリアに入ったり、プログラム会場から出てしまったら爆発してしまうんですよね?」
「ルール説明時にそう説明したはずですが」
「それでですね、疑問に思ったんですが、もしも電波が届きにくい場所とかに入ってしまった場合、首輪はどうなってしまうのでしょうか? まさか、いきなり爆発することはないですよね」
 質問を聞いて、ようやく雄也の思惑を理解。
 なるほどね、と江口は自らのあごをさすった。
「あらかじめ私共のほうで、プログラム会場じゅうに電波を送るシステムを構築していますが、絶対に電波が届かない場所が無いとも言い切れません。もし電波が届きにくい場所に入り込んでしまったら、首輪はランプを点滅させると共に警告音を発します。その際は速やかに、電波が届く場所に移動してください。電波状況が正常に戻れば、ランプの点滅と警告音が止まります」
 すると思考を巡らせているのか、電話の向こうで雄也が「うーん」と唸った。
「もし、速やかに電波の届く位置に移動しなければ?」
「首輪が爆発しますね」
 一分以上電波を受信できない状況下にいれば、ということなのだが、そこまで説明することは控えておく。
「なるほどね……」
「お役に立ちましたでしょうか?」
「ええ。非常に有益な話を聞くことができました」
 角下雄也という男はかなりの度胸の持ち主なのか、終始落ち着いた口調だった。よくあるクラスメートにうまく祭り上げられた学級委員長ではなく、周囲からの信頼と期待を下にその立場を築いたタイプだと見て取れる。
「ご丁寧な説明ありがとうございました」
「もういいのですか?」
「はい。これ以上お時間を割いていただくのは申し訳ないので」
 その丁寧な言葉選びから推察するに、きっと育ちも良いに違いない。改めて彼の個人情報が載った資料に目を走らせて見たところ、大手化粧品会社の御曹司であることが分かった。なるほど、若くして高いスペックが培われるわけである。
「それでは、失礼します」
 と、電話の切り際までその姿勢に一切の隙も無かった。
「いやー、なかなか大した度胸ヤツですね」
 江口が携帯電話をテーブルに置くと、天然パーマを刈り込んだ小太りの兵士が、頭からヘッドフォンを外しながら話しかけてきた。
 通話の内容は兵士達も聞くことができるようになっており、また記録として毎度その内容がコンピューターに保存される。
「感心すべきは度胸だけではないですよ。頭も切れますし、要注意ですね」
 江口は呟きながら、広げていた資料を重ねて綺麗に畳んだ。
 質問の内容からして、雄也は首輪の機能について、生徒達に説明していない部分まで察している様子だ。もちろん内部の構造についてはさすがに知る由も無いだろうが、この状況下で冷静に、たかが中学生の分際で、ここまで分析できるというだけで末恐ろしい。
 生徒達に説明していない首輪の機能を知ったという点で、雄也は他のクラスメート達よりも一歩有利な立場に立ったと言ってもよい。裏ルールを知れば知るごとに足場が鮮明に見えてきて、行動範囲を飛躍的に拡大することができるからだ。
「彼のこれからが見ものですね」
 と言う兵士ほど、江口は雄也に対して興味を持っているわけではなかったが、一応彼の資料に「注意」と赤いマジックで大きくチェックを入れておいた。
「江口さん。さっき話しました、生徒達が密集しているエリアに動きがありました」
 その報告につられて大型のモニターを見やる。
 生徒の存在を示す二つの数字が、グリッド状に区分けされたエリアの境界線付近で、追いかけっこを繰り広げていた。
 プログラムは着々と確実に進行している。それは主催側の人間としては、大変望ましい展開。
 傍らに置いたままだったマグカップを手に取り、少し冷めてしまったコーヒーを口に含んだ江口は、ソファの背もたれに全体重を預けて楽な姿勢になった。


【残り四十七人】

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