014
−殺戮仮面(1)−

 千葉県市立星矢中学校三年三組の生徒達を運んできたサンセット号は、現在、烙沿島の沿岸三百メートル地点で静かに停泊している。甲板に数機の機関銃を装備しているこの“武装客船”には、教師一名と生徒三名が殺害された食堂の他に部屋はいくつもあり、そこに最新スペックと機能を備えたコンピューター数十台を運び入れることによって、この船自体がプログラムの機構全てを統括管理する巨大な施設となっていた。これをプログラム本部と呼んでいる。
 延々と低い唸り声を上げ続けているマシン達が熱を発しているため、船室内は外より気温が数度高い。熱を帯びた機械を冷却するために冷房を常にフル稼働させており、冷機と熱気が入り混じった空気が充満し、気分を悪くさせる。だが兵士達は一様に慣れた様子で、一心不乱にマシンに向き合い、資料の作成など平然と業務に集中していた。
 そんな空間の中心で、プログラム担当教官である江口恭一を前に、エアートラックスのツッコミ担当の矢口浩之は、下を向きながら唇を噛み締めていた。
「まさかあなた達二人が、こんなにも使い物にならないとは思いませんでした」
 同じく隣で静かに頭を下げている岡野隆史と自分に向かって、ネチネチと投げつけられる刺々しい言葉の数々が圧し掛かる。
 ふぅ、と大きなため息をつく江口。
「武装しておいて、女一人に追い詰められるとは情けない」だの「やはり、たかが芸人風情には荷が重かった」だの、いちいち嫌みったらしい。しかし、江口が言っていることはもっともであり、何も言い返すことができない。
 いい歳をした大人である自分達が、しかも武装しておきながら、千銅亜里沙(女子八番)という丸腰の女の子一人に、あっさりと屈してしまった。それはどれほどの醜態であったか、矢口は自分でも分かっている。
「番組企画のための取材だかなんだか知りませんが、まさかこんな有様とはねぇ」
 今回エアートラックスがプログラムに参加したのは、後に収録予定のパロディ企画「爆笑バトルロワイアル」にて扮する教官役の勉強のためである。直にプログラムの現場を取材することによって、役をよりリアルに演じられるという、仕事熱心な岡野らしいアイデアであった。
 岡野を信頼していた矢口は提案に乗ってしまったのだが、今更になって後悔していた。
「この落とし前、いったいどうつけてくださるんですか?」
 部屋の隅に向けた江口の視線の先で、DVカメラを構えた三十代前半くらいの男がおどおどと立ち尽くしている。やや痩せ気味な身体にヨレヨレのポロシャツを纏った、ぱっと見で冴えない感じがする彼は、東亜テレビ局のアシスタントプロデューサー、三井一貴である。エアートラックスの番組スタッフから唯一、今回の取材に同行している人物で、岡野や矢口のプログラム体験の様子を撮影するため隅のほうに控えていたが、二人の失敗の大きさから前面に引きずり出されたのだった。
「いや、あ……あの……」
 身振り手振りしながら上ずった声を出すが、ちゃんとした言葉になっておらず伝わらない。ADや若手タレント相手には強気だが、上司やスポンサーなどといった相手には頭が上がらない彼らしいテンパりぶり。三井の同行は一応番組制作側の責任者として、だったが、実際には撮影要員としか機能していなかった。
 江口も三井を相手にしていては時間の無駄だと判断したのか、すぐにタレント二人のほうに向き直った。
「……ったく、来たからには少しは役に立ってくださいよ。こっちは遊びじゃないんですから」
 神経質そうに人差し指で眼鏡を上げながら江口がそう言い放った瞬間、矢口は岡野の方をちらりと見た。頭を下げながらだが、岡野は悔しそうに顔を歪め、江口に何か言い返してしまいそうな自分を必死に押さえ込んでいるようだった。
 ただのお調子者に見えて、実は誰よりも仕事に対してプライドを持っていた岡野。自分達のお笑いという仕事柄、おふざけだとか、遊びだと蔑まれることが多々あり、その度に怒りに打ち震えてきた。しかし、どんなに許し難い屈辱に対しても、彼は何一つ言い返すことなく、いつもじっと耐えてきた。彼一人が暴走することによって、どれだけ他人に迷惑をかけてしまうか分からないからだ。今回も、江口に逆らえばその瞬間にプログラム取材は終了し、満足な番組作りができなくなってしまうと考えているに違いない。
 常に隣にいる矢口は、岡野の心中を一番理解していた。だから岡野と同じく、何を言われようと自分もじっと耐えることしかできなかった。
「だんまりですか。それはつまり、自分達の失態を認めた、ということでいいんですかね?」
「はい」
 小さく応えたのは岡野。
「そうですか。そちらの背の高い方もですか?」
 普段あまりテレビを見ないのか、江口はエアートラックスの二人の名前を知らないようで、矢口のことを“背の高い方”と呼ぶ。といっても岡野と並ぶと比較的背が高く見えるというだけで、実際には矢口の身長は170センチ程度で、それほど背が高いわけでもないのだが。
「はい。申し訳ないです」
 岡野と同様に頭を下げたまま反省の姿勢を見せる矢口。
「この失態を深く受け止め、どんな罰でも受ける覚悟です」
 と少し大げさなくらいに低姿勢に徹した。物静かでありながら気難しい部分もある江口の前では、これくらい謙った態度でちょうど良いとの判断だった。
 だが江口の思考は違ったようで、おもむろに首をかしげた。
「罰? そんなこと考えてもいないですよ。所詮あなた達は客みたいなものですし」
 客。その言い方に岡野が明らかにピクンと反応した。
「と言いますか、働きに期待してなどしていなかったですし、そもそも最初から戦力として考えていなかったです。それでも使えなさ具合は私の予想を遥かに下回っていましたが」
 エアートラックスの二人は、今日一日は正式なプログラム管理官という立場のつもりでここに来ている。しかし江口の方は、そういう認識ではなかったようだ。舐められたものである。
「いっそここから先は見学だけにしますか? あなたたちに向いた仕事だとは思えませんし」
「いえ、やらせてください」
 プライドが許さなかったのか、江口の提案に岡野が強く反発した。
「プログラムを管理する立場というものの重大さを理解しきれず、隙を見せてしまった僕らは確かに迂闊でした。しかし、今回の失敗から、自分達がどう立ち振る舞うべきか把握できたつもりです。お願いします、もう一度チャンスをください」
 岡野の仕事に対する真面目さは目の当たりにしてきているが、ここまで真剣で真っ直ぐな訴えはなかなか見る機会が無い。それほど過小評価されたことが悔しかったのだろう。
「いいんですか? もし今後同じような失敗があれば、頭を下げるくらいでは済まされないですよ」
「構わないです」
「そちらの背の高い方も同じ考えですか?」
「はい」
 岡野の真剣な訴えを前にしては、矢口もそう答えるしかない。
 江口は少し考えていた。
「仕方ないですね……。邪魔だけはしないでくださいよ」
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げる二人を一瞥し、江口は部屋の奥へと去っていく。その背中が扉の向こうに消えるのを見計らったかのようなタイミングで、岡野が小声で話しかけてきた。
「相方、スマンかったな」
 江口に罵られっぱなしで何も言い返さなかったことを謝っているのか、それともプログラムの現場に立ち会うというアイデアを出してしまったことを後悔しているのか。いずれにしろ、矢口は岡野に対して不満など一切抱いていない。
 ここに来ることに同意した時点で、過酷な仕事になるだろうとは覚悟していし、仕事柄か罵倒されたりするのには慣れっこだ。
「なに謝ってるんですか岡野さん。こんなん想定の範囲内ですよ。たいしたことないです」
 いつもと変わらないトーンで軽く返事をすると、強張った岡野の顔が幾分緩和されたように見えた。
「さよか。そう言ってもらえると正直助かるわ」
 プログラムの現場に立つ以上、人が死ぬ場面を目にすることや、最悪自らが命の危機に晒される可能性すら想定済みだ。矢口はよほどのことがない限り挫けはしない自信があった。
「頑張りましょうよ、岡野さん」
 仕事に対して非常に真面目で、しかしそれ故に色んな責任やプレッシャーを一人で抱えがちな相方を、支えなければならないという思いが、矢口の何気ない言葉の裏に見え隠れしていた。


【残り四十七人】

BR3目次
TOP



広告 [PR]  再就職支援 冷え対策 わけあり商品 無料レンタルサーバー