004
−闇の世界(4)−

「やっぱ、虫よけスプレーって必要かな?」
「先生達に内緒でゲーム機持っていこうか?」
「夜になったら女子の部屋に忍び込もうぜ!」

 クラス中が様々な思いを馳せながら盛り上がっているうちに、林間学校の日はすぐにやってきた。
 星矢中の校門前からバスに乗って、埠頭で降ろされた面々は、予想していなかった大きな客船を前にし、歓喜の声を上げる。
 “サンセット号”と側面に大きく書かれている船は、目的地の島へと向かうためだけに乗り込むにしては、あまりに巨大で豪華すぎた。学年単位で乗るならまだ辛うじては納得できるが、今回はバスの台数の関係上、三年三組のみ遅れて単独で船に乗り込むということになっており、結果的にこういう不思議なことが起こってしまったのだという。
「ウチのクラスだけ遅れて行くって聞いたときは、なんだよ、って思ったけど、結果的にラッキーだったな」
 急遽脳裏をよぎった豪華な船旅にクラス中が興奮している。しかしそんな中、秀之はただ一人だけ、憂鬱な現状について頭を抱えて悩んでいた。
「さて、どうしたものか……」
 先日行われた、林間学校中のグループ分けくじ引きの結果が、彼の悩みの種となってしまっている。二泊三日に渡って行われるこの行事は、男女二名ずつの四人グループで常に行動することとなっているのだが、運の悪いことに、秀之は厄介な人物とこの行事を共にすごさなければならなくなってしまったのだった。
「よろしくね。沖田君」
 と言って笑顔を向けてきたのは森下藍子(女子二十番)。性質の分からない警戒レベルで、出来ればお近づきになりたくなかった人物だ。
「なに黙ってんのよ、沖田。藍子がお前に話しかけてんじゃん」
 同じく行動を共にすることになっている小栗佳織(女子三番)が、肘をガンガンと当ててくる。
「うっせーな、分かってるよ」
 しつこく絡んでくる佳織を振り払う。こいつは安全レベルなので近づいても問題はないのだが、藍子と仲が良いために一緒になって付き纏ってくるので、正直面倒くさい。
「あー、沖田が女の子を苛めてるー」
 ついには、藍子と仲良しというだけで、他のグループの女子達までもが絡んでくる始末。どうやって藍子から距離を計ろうか落ち着いて考えたい秀之は、彼女達をシッシッとハエのように追い払いつつ、何か妙案は無いものかと周囲を見渡した。

 十二のグループに分けられた四十八人のクラス一同を整列させようと、学級委員の角下優也(男子六番)須王望(女子六番)が大きな声を出すが、なかなか思うように揃わない。クジでランダムに決まったグループよりも、個々の仲良し等で勝手に集まってしまっている様子だ。


「ちょっと、今は整列しなきゃならないから、出来ないって――」
 特に大人数がごちゃごちゃと入り乱れてしまっている集まりの中心で、奇術師の息子である戸田慎吾(男子十七番)が、何か見せてくれ、と数人の女の子達に迫られてあたふたしている。
 慎吾は自らの意志ではなく、誰かに頼まれて断りきれなくマジックを披露させられていることが度々ある。
 秀之もいくつか彼のマジックを見たことがあるが、中でも手に持っている物を他の場所に移動させたり、逆に持っていなかった物を手の中に出現させる“瞬間移動マジック”には驚かずにはいられない。オーソドックスなよくある芸と言えばそうなのだが、実際に近づいて見ていても全くトリックが分からないのだ。

 慎吾たちとは別の集団からは、男達の大きな笑い声が上がっていた。
 中心でお調子者の高橋宗一(男子十五番)が付け鼻と金髪のカツラで変装し、外国の女性のモノマネをして周囲を盛り上げている。
 今回の合宿に関係のない物をもってくることは基本的に禁止されているのだが、実は宗一だけではなく、教師の言いつけを守らずに隠れて私物を持ち込んでいる者が多々いることを、秀之は知っている。
 佐久間祐貴(男子六番)が携帯ゲーム機。
 雛菊咲耶(女子十五番)がトランプなどカード類。
 柿内日向(女子四番)津田茜(女子十番)がお菓子類。
 きっと他にも沢山いるだろう。それぞれがこの合宿を、思い思い存分に楽しもうとしているのだ。

 さて、いくら周囲を見ていても、藍子と上手く距離をとる方法のヒントなんて見つからない。そしてこんなことをしている間にも、佳織がしつこく秀之に詰め寄ってくる。
 どうしたものか。
 秀之がどうしようもできないでいると、騒ぐ佳織にイライラしたのか、すぐ傍にいた新谷明斗(男子十番)が読んでいた本を勢い良く閉じてこちらを向いた。彼もまた、秀之たちと行動を共にすることとなった、グループの一員である。
「おい、うるさいぞ! 静かに出来ないならその女を縛り付けておけ!」
「なんですってー!」
 きーっ、と佳織が歯を剥いて、今度は明斗に向かっていく。といっても、本気で怒っているわけではなく、サルが群れの仲間に威嚇するような感じであるが。
 ――ん? 縛り付ける……、そうか。
 秀之はふと、明斗の何気ない言葉から、あることを思いついた。
「なあ、森下」
「えっ、な、何?」
 今までずっと無視されてきたのに急に話しかけられ、藍子は明らかに戸惑った様子だった。
「奴隷ごっこしよう」
 秀之は鞄からタオルを取り出し、藍子の両手首をきつく縛り上げた。
 こうして動きを封じておけば、彼女に近づいても心配する必要は無い。
「えっ? えっ?」
 状況も理解できないうちに、手錠でもかけられたかのように動かせなくなってしまった自らの両腕を見て、藍子は慌てふためくばかりであった。
「ちょっとちょっと! 沖田、なにしてんのよ!」
 明斗から注意をこちらに戻した佳織が異変に気づいて、慌てて戻ってきた。
「奴隷ごっこ」
「何よそれ! バカじゃないの!」
 藍子の両手首に結ばれたタオルを解きながら、冷たい目線を向けてくる佳織。
 いくら自分のしたことが異常だったとしても、こうもはっきりと「バカ」と言われてしまうと、さすがに傷つく。彼女は本当に安全レベルか? とつい疑ってしまう。
「いいんだよ、佳織。沖田くんもただの冗談のつもりだったんだろうし。私は何とも思ってないし」
「でも藍子――」
「もういいの」
 佳織はまだ言いたいことがある様子だったが、縛られていた本人である藍子が強く「もういい」と言う以上、そこからは押し黙るしかなかった。
「改めてよろしくね、沖田君」
 不純物が全く混ざっていないような純粋な笑顔を向けられ、さすがの秀之も「ああ」と答えるしかなかった。

「全員ちゃんといるようね。それじゃあ、グループごとに順番に船に乗っていきましょう」
 秀之たちが別の事に気をとられている間に、いつしか全員きちんと整列できていたようだ。学級委員による人数確認も済み、笹野先生を先頭に、一班から順にタラップを上がっていく。
 秀之たちのグループは十班とされている。
 自分達の番が来るまで待っていると、高槻清太郎(男子十四番)たちの二班が先に進んでいった。学級委員の須王望も同じグループのようで、楽しげに話しながら登っていく。出来ることならあのグループに入りたかったと思った。

 静かに待っていると色んな会話が耳に入ってくる。
 四班が前を通過した時、鷲尾健介(男子二十四番)がちょっと卑猥な話で一人盛り上がっているのが聞こえた。いつもならこの手の話に乗ってきている石黒武士(男子二番)も、同じグループに女の子達がいる手前、控えめにせざるを得ない様子だが、健介はそれも気にしていないようであった。


「ねー、藤田は煙草吸わないの?」
 八班の根来晴美(女子十三番)は、先生が先に行ってしまったのを良いことに、隠し持っていた煙草に火をつけながら藤田矢子(女子十六番)に絡んでいた。
「……吸わねぇよ」
 矢子が面倒くさそうに答えると、晴美が、きゃはは、と下品に笑った。
「そーだよね。煙草なんて吸ってたら、キスするときに変な味しちゃうもんね」
 実は矢子には援助交際をしているらしいという噂があり、晴美たちとは別なタイプの不良として、クラスの中で認識されていた。田神海斗(男子十六番)達と群れている晴美と違い、いつも単独で行動している。
 自分と明らかに違うタイプの不良である矢子のことを、晴美は日ごろから気に入っていなかったようで、今こうして喧嘩をふっかけているのだ。まさかこの二人が同じグループになってしまうとは、何たるくじ運。
「うっせーな。そんなもん吸ってるから背ぇ伸びねぇんだよ、チビ!」


 静かに応じていた矢子も、援助交際の噂のことに触れられて苛立ったのか、少し感情的になっていた。
 そして先に喧嘩を売った晴美の方も、矢子の棘のある態度が逆鱗に触れたようで、声を荒げる。
「あぁ? 何処の誰だか分かんない男と平気で寝てる、淫乱女になんか言われたくないんだけど!」
 同じグループの男子が、二人の口論を収めようと間に入るが、それも全く意味を成さないようであった。

「あいつらホント、なんとかならないもんかね」
 タラップを登っていく不良たちの背を見ながら、佳織がうんざりした様子でつぶやいた。
 確かに、彼女達はクラス内でも有数の面倒な存在だ。しかし、同じ不良でもまだまだ大したこと無い方である。本当に気をつけなければならない不良は他にいるのだ。
「あ、順番きたみたいだよ」
 藍子の言葉で、自分達の前のグループが既にタラップに足をかけているのに気がついた。
「じゃあ行こう、沖田君」
「……ああ」
 素直に答えつつも、さり気に藍子を佳織に任せるような形にして、なるべく距離を保ちながら階段を登る。
 途中で気になって振り返ると、最後尾のグループに“彼”は確かにいた。
 誰とも群れることなく、それでいて他の不良たちを生ぬるく思わせるほどの絶対的な悪。秀之が危険レベルと判断した数少ない人物の一人。
 兵藤和馬(男子二十番)
 彼が静かにタラップへと顔を向けたのが見えた瞬間、秀之は一瞬目が合った気がして、慌てて前へと向き直った。


 彼には絶対に近づいてはならない。もし近づけば、たちまち自らの身を滅ぼすこととなる。
 秀之の本能が語りかけてくる。
 同じグループにならなくて本当に良かった。彼と一緒に行動するくらいなら、藍子と手をつないで歩く方が百倍マシだ。
 そう思ってしまうほど、和馬の存在はあまりに危険だった。

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