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 名城雅史(男子16番)は歩を止めた。そしておもむろに地面の上に腰を下ろした。
 疲れた。
 地図に表記されている、住宅街らしき集落の場所に向かって歩いていたのだが、実際に歩いてみると思っていたよりも時間がかかるようだ。おそらくまだ住宅街までの道のりの、半分も歩いてはいないであろう。
 おまけに雑草が生い茂ったまま、整地されていない林の中を歩くという行為自体が、かなり体力を消耗するのだ。疲れるのは当たり前のことだった。
 雅史はデイパックの中から、まだ封を開けていないペットボトル一本を取り出した。政府からの支給品の中に含まれていた、水入りのボトルである。
 ふたを開けてほんの少しだけ口にする。瞬時に喉の乾きが癒やされる。気休め程度だが、ほんの少しだけ元気が戻ったような気がした。
 まだ封を開けていない、もう一本のペットボトルと共に、デイパックの中からはパンの袋も顔を覗かせていたが、食欲の方は今のところは全くなかった。
 少し一服を取ったところで雅史は再び考え込んだ。
 本当にこの方向に歩いて正解なのか?
 この疑問は当然のことである。雅史は目的があって集落に向かっているわけではない。
 とにかくこの林から脱出したい、それと住宅街で誰かに会えるかもしれないという考えがあるというだけで、大した理由があるとは言い難い。
 誰かに会えたとしてもそれは同時に危険を伴う可能性も高い。つい先ほどもどこかから爆発音のような音も聞こえたし、その後別の方角からは悲鳴らしき声も聞こえてきた。これは明らかにこのゲームに乗ってしまった生徒が、複数存在することを意味するのだ。そして、もしかしたら、もうすでに何人かのクラスメイト達が“このゲームに乗った生徒達”の手にかかってしまっている可能性もある。誰かに会えたら良いとも言い切れないのだ。
 もうこの考えを何度頭の中を巡らせたことだろう? いくら考えても考えが全く前進しない。無駄な時間を過ごしているようにすら感じた。
 腕時計に目をやると、いつの間にか午前7時になろうとしていた。普段、雅史が起床する時間帯である。
 どおりで辺りが明るくなってきていた訳か。
 いつの間にか東の空には、まだ低い高さであるが、太陽が徐々に顔を出していた。
 辺りの景色もはっきりと見えるくらいの明るさになっていた。だがまだ雅史のいる場所は林の深い場所であるため、そこから見える物といえば無数の木々だけであった。
 こんな林、とにかく急いで脱出しよう。
 と、突然「ブゥン」という音がどこからか聞こえたかと思うと、
『オラァ!! テメェら起きてるかー!!』
 と怒鳴り声が辺りに響き渡った。
 どこかにスピーカーでも設置してあるのだろうか? この声の大きさなら島じゅうに十分に聞こえるであろう。
『今は午前7時だぁ! つまり、プログラム開始から、現在6時間経過していると言うわけだ! さて、これが最初の放送だ! まずはこれまでに死亡した生徒の名を発表する!!』
 榊原の声だ。そういえば出発前の説明で、一日に4回放送を入れると言っていが、これがそうか。
 雅史は納得したが、直後嫌な気がした。いったいこれまでに何人のクラスメイトが死んでしまったのか。
『それじゃあ、男子から出席番号順に発表するぞ!! まずは1番、相川透、3番、奥村秀夫、5番、狩谷大介、23番、若松圭吾。
次に女子の死亡者を発表するぞ! 2番、上原絵梨果、3番、小野智里、4番、霧鮫美澪、6番、栗山綾子、11番、椿美咲、14番、戸口彩香、16番、南条友子、23番、和田裕子。以上男女総数12人だ!』


 なんだって!? もうそんなにも死んでしまったと言うのか!?
 雅史は愕然とした。出発前に殺された2人を除いても、たった6時間たらずの間に12人もが死んでいるのだ。しかも出発前に殺された2人とは違い、今名前を読み上げられた12人は、間違いなくクラスメイトに殺されたのだ。もちろん自殺者などがいた可能性も考えられるが、だとしてもほとんどは誰かに殺されたと考えるのが無難であろう。
 確かに雅史も数人は死んでいるのかもしれないと思っていたが、これだけの人数が死んでいるとは、完全に予想以上だった。
 また、読み上げられた名前の中に意外な人物が混ざっていることに気が付いた。
 霧鮫美澪・・・まさか彼女が早くも死んでいるというのか。
 意外だった。美澪は他人を蹴落としてでも、生き残ろうとする人物だと思っていた。まさか彼女が自殺するなんてことは考えられない。となると行き着く答えはただ一つ。他のクラスメイトに殺害されたということである。
 あの美澪を殺した人物とは何者なのか?
 もちろん雅史には知る由もなかった。
 それから雅史に襲いかかってきた奥村秀夫。彼もすでに死亡している。
 一体誰の手によって・・・?
 女子の仲良しグループの、6人の内、3人もすでに死亡しているらしい。しかしこれには雅史は疑問を抱いた。
 女子の中で最初に出発した直美が、絵梨果や智里と合流するのではないだろうかと思っていた。雅史のこの考えにおそらく間違いはないだろう。だが、その3人の内の2人が死んでいるのだ。
 なぜ直美だけが生き残ったのか? それが疑問であった。
 3人集まったものの、そこで仲間割れがおこり、直美が他の2人を殺してしまったというのだろうか。それとも誰かが3人に襲いかかり、その場を直美だけが逃げ切ったのだろうか。いや、そもそも3人は本当に集まったのだろうか。
 分からない・・・。一体どうなってるんだ。
 雅史の頭は完全に混乱していた。だがそんな雅史にかまうことなく榊原の放送は続いた。
『なかなかのペースだな。それじゃあ今から、今後6時間内に禁止エリアへと変化する、場所と時間を発表するぞ! 死にたくない奴はきちんとチェックしておけよ!!』
 雅史は慌てて地図とペンを手元に引き寄せた。これをきちんとチェックしなかったら、須藤沙里菜のように首輪が爆発して死んでしまうかもしれないのだ。
 あんな死に方はごめんだ。
『まずは8時、要するに今から1時間後にE=9エリアだ。8時になったらE=9には近づくなよ!』
 雅史は地図の“E=9”と書かれたマスに“8時”と、分かりやすいように太い時で書き込んだ。そのエリアは、今雅史がいるエリアとはかなり離れており、今のところまったく問題はない。
『その次は3時間後、10時からG=4だ!』
 その場所はどうやら田園地帯だそうだが、これまた雅史のいる場所とは関係がないので問題はない。
『そして次に5時間後、12時にD=2が禁止エリアになるぞ!』
「あっ!」
 雅史は自然と声を出してしまっていた。地図を何度見返してみても、D=2とは、まぎれもなく雅史が向かっていた住宅街らしき集落付近であった。つまり正午からは、このエリアにいた者の首輪は爆発してしまうのだ。
 だめだ。もうここには行けない。
 雅史はいきなり目標を失ってしまった。同時に雅史を更なる脱力感が支配した。
『以上だ!! テメェらがんばって殺し合えよ!!』
 その言葉を最後に放送は途切れた。
 雅史は地図を見ながらあっけにとられていた。



【残り 32人】



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