28


 武は今までに大樹とは、話したことすら一度もなかったため、今現在、忍と向かい合って立っている大樹の考えなど全く読めなかった。
 あれほどまであっさりと大介を殺害した大樹が、親しげに(無愛想だったが)忍に話しかけるのを見て、彼はこのゲームに乗ってしまった生徒なのか、それとも乗らなかった生徒なのか、見当も付かなかった。しかし、今クラスメイトの一人を大樹が殺したのは事実である。
 やはり大樹はこのプログラムに乗ってしまったのだろうか?
 それとも、ただ忍を助けただけなのだろうか?
 などと思考を巡らせているうちに、2人は話を進め始めた。


「これは本物の殺し合いなんだ。ほんのちょっとの気のゆるみが死に繋がることを覚えておくんだな」
 大樹が少し伸ばしたあごひげに手を当てながら、やはり無愛想に言う。
「そのぐらい分かってるわよ…」
「だが、お前はまだ本気を出せていない。お前が迷わずに本気を出したら大介なんか一撃でねじ伏せてたはずだ」
「…」
「お前はまだ人を殺すことに迷いがあるんだろ。その迷いがお前の本来の力を封じてるんだ。分かってるか? 相手が本気で自分を殺しにくる、このプログラム内では非情になるんだな」
 忍は言い返さなかった。おそらく大樹の言うとおり、忍は人殺しに多少の迷いがあるのだろう。そしてやはり昔から同じ道場に通っている2人だけあって、お互いのことをよく知っているようだ。だが今度は、突然忍から大樹に聞いた。
「じゃあ大樹、アンタは殺人に迷いはないの…?」
 忍のこの質問はある意味当然の質問であっただろう。大樹もすぐに質問に答えを返した。
「迷いなどはない。」
 大樹は大介の胸に刺さったアイスピックを引き抜きながら言った。大介の胸から一瞬だけ血が噴水のように飛び出した。とにかく、それが大樹の答えであった。
 それを聞いた武は、すぐにでもこの場を逃げ出したかった。
 剣崎大樹は空手の達人である。しかも目の前でとんでもない強さを見せた忍よりも、数段強いと聞いたことがある。しかも忍と違い、大樹の強さは身長180センチを越える体格を見るだけでも一目瞭然であった。そんな大樹の、殺人に対しての「迷いはない」という発言は、武を震え上がらせるには十分すぎた。だが、いまだに腰を抜かしたままの武は、今やはいつくばってですらも逃げることは出来ないくらいに体が固まってしまっていた。蛇ににらまれた蛙という言葉は、こういう場合を指すのだろう。
「じゃあ、アンタはやる気なの?」
 忍がその言葉を発したとき、忍の戦闘モードのスイッチが入ったように感じた。
「俺とやる気か…? やめとけ。お前程度では俺は倒せん。しかも迷いを持ってる今のお前などではなおさらだ」
 それは忍も承知だっただろう。
「安心しろよ。俺はお前とはやる気はねぇよ」
 大樹のその答えを武は少々意外に感じたが、忍の表情には変化がなかった。もしかしたら忍は大樹が自分への殺意を持っていないことを、何となく分かっていたのかもしれない。
「俺だってすすんで人を殺したりなんかはしたくない。だが、目の前に俺の敵が現れたときは、容赦なく相手を叩き潰す。それだけのことだ」
 その言葉には迫力があった。だが次に忍から予想もしなかった言葉が飛び出した。
「じゃあ大樹、あたしに協力して!」
 訳の分からない話の飛び方に、武は驚くしかなかった。これに対しては大樹も少し驚いたように見えた。
「あたしといっしょに淳子たちを探してちょうだい! あたし、どうしてもみんなにもう一度会いたいの!」
 武は思いだした。そう言えばさっきも、忍は武に淳子達を見たかどうかを聞いてきたのだった。
 もしかして、忍はこの殺し合いプログラムの中で、仲の良かった友人達を探していたというのか。
「俺はそんなことに付き合ってる暇はない」
 だが大樹の返答は冷たかった。それでも忍はあきらめなかった。
「大樹、お願い!」
 忍は大樹の学生服に掴みかかりながら頼んだ。だが声は先ほどよりも威勢が無くなっているように感じた。それでも大樹はすぐには良い返事を返さなかったが、最後には忍に圧倒されたのか、「分かったよ」とつぶやくように言った。
その時突然、忍の表情が初めて明るくなった。
 このプログラムが始まって以降初めてと言うよりも、忍のここまで明るい顔を見たのは、武にとっては中学入学以来、初めてのことだったかもしれない。
 とにかく、この2人は殺し合いを進んでやる気はないようだ。
 2人がその場を去ろうとしたときだった。
「待って!」
 武が2人に向かって呼びかけた。
「なんだお前は?」
 振り返った大樹が言った。まるで今まで武の存在に気づいていなかったかのような言い方だ。事実、大樹にとって武などどうでも良い存在だったのかもしれない。
「ぼ…僕も、僕も仲間に入れてくれないか?」
 武は恐る恐る言った。とにかく一人で居ることが怖かった。殺意のない誰かと一緒にいたかったのだ。
 もちろん今まで一度たりとも話したことすらない大樹達が、簡単に武を迎え入れてはくれないだろうとは思っていた。だが、この機会を逃すと、二度と話の分かる者に会えない気がしたのだ。それぐらい武は追い込まれていた。
「なんで役にも立ちそうにないお前を仲間にしないといけないんだ?」
 やはりキツイ言葉が返ってきた。だが、ここで退く訳には行かない。
「お、お願いだ! 一人じゃ不安なんだ! 頼む! 一緒にいててくれ!」
 必死だった。もうすでに武の目から涙があふれ出始めていた。
「うるせえな! 誰かにお前の声が聞こえちまうだろうが!」
 大樹は武に向かって怒鳴りつけたが、次には、
「分かったよ。仲間に入れてやるから声を抑えろ」
 そう言った。思ってもなかった返答に武は当然喜んだ。そして言われたとおり、すぐに涙を拭いて声を抑えた。
「ただし、もしお前が俺達の邪魔になるようなことがあったら、お前なんかすぐに捨てて行くからな。それだけは覚悟しておけよ。それと…。
万が一お前が裏切る事があれば、それはお前の死を意味するということも覚えておけ」
 大樹はそう付け加えた。



【残り 32人】



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