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 坪倉武(男子13番)は、近くに誰もいないか警戒し、辺りを頻繁に見回していた。そして辺りに誰の姿も見えないことに安心した武は、茂みの中をゆっくりと進んだ。
 武が進むたびに、茂みがガサガサと大きな音を立てていたのだが、武は緊張のあまりそのことに気がついていなかった。誰かが付近にいたとしたら、茂みの音のせいで武のいる場所はバレバレである。それに気が付かないほど、武は放心状態であったのだ。当然自分の近くに、ついさっき殺人を終えたばかりの大介が潜んでおり、次に武を狙っているなど、知る由もなかった。
 次の一歩を踏み出したとき、茂みの中の枝の一本がデイパックに引っかかった。
 くそっ!
 武はあせりながら引っかかっている枝をデイパックからはずした。はずした弾みで再び茂みからガサッと大きな音をさせてしまった。だが案の定武はそのことに気がつかない。
 坪倉武はもともとクラスの中ではおとなしい存在で、その上かなりドジなところがあった。そんな彼がこの殺人ゲームを順調に行えるはずがなかった。それは武自身も自覚していた。
 彼がすでにやってしまったドジ、例えばのどが渇いた武は無計画に水を飲んでいたため、デイパックに入っていた水もすでにペットボトル残り一本、それも一本の三分の二程しか残っていないのだ。飲料水をどこかで確保できるのかどうかも分からない、この殺人ゲームの最中、慎重に事を進める者ならもっと計画を持って飲むであろう。だが武にはそれがなかった。武は水を飲み続け、そして水の残りが少なくなり、初めて自分のやってしまったミスに気が付いたのだ。
 そんなドジな武が次の一歩を踏み出した時だった。武を狙っていた“ハンター”がついに姿をあらわしたのだ。
「よう。武」
 突然目前の茂みの中から、狩谷大介が出てきたので驚いた。
 狩谷大介。男子の中でのポジションは上の方でもなければ、下の方でもない。言い方を変えれば全てにおいて可も不可もない男だ。
 勉強はそこそこ、運動もそこそこといった、特に目立つような人物でもない。とにかく普通の男子生徒であったといえる。さらに言い方を変えれば全くの凡人だとも言えるだろう。
 ただ一つ大介の特徴をあげるとすれば、裏で何を考えているか分からないというちょっと怪しい部分である。親しい友人と楽しそうに話していると思いきや、誰にも見られていないときに、他の友人に睨み付けるような、冷たく怖い目を向けていたりしていることがしばしばあったのを、武は知っていた。武は普段から大介のそういう“何を考えているかわからない”という部分が本当に怖いと思っていた。
「か、狩谷くん…」
 驚きと不安のあまり、声が怖がった調子になってしまった。それを見た大介が返した。
「オイオイ武、声がふるえてるぞ。お前まさか俺のことを怖いと思ってるのか?」
 大介の言うとおりだ。確かに武は大介に対して少なからず恐怖を感じていた。なぜなら目の前に現れた大介の手には、刃先の鋭い鎌が握られているのが見えるからである。
 あれが大介の武器…。
 大介の手の中にある鎌は浅黒く、そして鋭く光っている。
 もしあんなので襲われたら…。
 そんなことを考えた武の足は、自然と後ろに一歩を踏み出していた。
「おいおいなんだよ武。まさか俺から逃げる気じゃないだろうな? 待てよ、俺だって不安なんだ。一緒にいようぜ」
 違う。狩谷はやる気になっている。一緒にいるどころか、近づいただけで殺されてしまうかもしれない。
 武は大介が既にクラスメイトを殺している事など知りもしなかったが、直感的に大介に対して危険を感じた。そして武は自然と後ずさりをつづけていた。
 大介も鎌を構えながらゆっくりと近づいてきた。その顔にはかすかに笑みすら浮かんでいるように見える。
「待ってくれ!それ以上近づかないでくれ!」
 武は必死になって言った。殺意を持っているかもしれない大介がとにかく怖かったのだ。しかもこの期に及んで見せたあの笑み。間違いない。大介には殺意がある。そう思った。当然これまた武の考えであるのだが、この件に関しては武は間違っていなかったのだ。
「オイオイ。大丈夫だって。俺だってクラスメイトを殺したくはないよ。ただ一緒にいようぜって言っただけだぜ」
 臭い演技を続けながら、大介が歩を止めることはなかった。後ろ向きに歩く武と、大介の間の距離は、少しずつ確実に縮まっていた。


 突然武の背中に何かが当たった。驚いて振り向くと、そこには一本の大木が立っていた。背中にあたったのが人間ではなかったことに少し安心したが、すぐに視線を目の前の大介に戻すと、再び恐怖が舞い戻る。
「待ってくれ!止まってくれ!こっちに来ないでくれ!」
 武は両手を前に出して、とにかく大介に近寄ってこないように頼んだが、そんなことで殺意を持っている大介が止まるわけがなかった。
「武。お前さっきからうるせえよ。そんなに怖いんなら一思いに殺ってやろうか?」
 口調はおとなしかったが、恐ろしく顔歪ませながら大介が言った。そう、ここへ来てついに大介が本性を見せたのだ。
 やっぱり狩谷はやる気になっていた。
 大介への恐怖が最高値に達した武は、走って大介のそばから逃げ出そうした。が、今度は茂みの枝が武の足に絡まって転んでしまった。
「何あわててるんだよ、武くんよぉ」
 冷ややかに笑いながら大介が近づいてきた。
 だめだ!やられる!
 目前まで迫っている大介を見てそう思った時だった。
「なあ、あんたたち」
 突然、大介の背後から女生徒が現れた。さすがに、突然の訪問者に、大介も驚いたらしく、鎌を構えたまま振り返って言った。
「なんだお前は!」
 大介は背後から現れた女生徒の顔へ視線を向けた。女生徒の正体は
新城忍(女子9番)であった。そう、あの女子の仲良しグループの一人だ。
 新城忍といえば、確か小学校の時から空手道場に通い、今では県内でも女子中学生の中では3本の指には入る実力者だと聞いている。
 それほど体格が良いとも言えない忍を見て、武はそのことを不思議に思っていた。
「何? あんたはやる気なの?」
 大介が鎌を構えているのをいるのを見て忍が言った。その口調にはどこか迫力があった。
「ああそうさ! このゲームで生き残って帰るのは俺なんだよ! だからてめぇは死ねぇ!」
 そう叫びながら突如、大介は鎌を振り上げながら忍に襲い掛かった。
 武はその光景を呆然としながら見ていたが、次の瞬間「ぐわっ」とだれかが唸った。一瞬、その声の主が誰なのかはっきりと分からなかったが、目の前の光景を見るとだれが唸ったのか一目瞭然だった。大介が手に持っていたはずの鎌が地面に落ち、大介自身は腹を抱えながら地面に座り込んでいた。



【残り 33人】



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