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−意志無き傀儡(2)−

「桜、君のお兄さんはついに人を殺してしまったよ」
 幹久の様子を盗聴していた湯川利久は、手にしていた受信機から隣に座る白石桜の顔へと視線を移し、醜悪な微笑を浮かべて見せる。
 妹を人質に取られた幹久がここを出発してからは、まだほんの一時間ほどしか経っていない。出だしとしては順調すぎるペースである。平和的で争いごとを好まない幹久なんかが本当に人を殺せるのかどうか、正直はじめは疑問に思っていたが、この調子なら、利久が生き残るのに邪魔な存在を排除するということと、プログラム開始から一日の間に蓄積された疲労を癒す間の暇つぶしに、十分貢献してくれそうだ。
 タイムリミットまでは残り五時間。はたして幹久はそれまでにあと二人を殺せるのだろうか。まあ、いくら頑張ったところで、全て無駄な努力に過ぎないのだけれど。
 利久は初めから、幹久と交わした口約束なんて守るつもりは無かった。利用するだけ利用した後、戻ってきた幹久の目の前で、出来るだけ残忍な方法で桜を殺し、悲しみ叫び打ちひしがれるその姿を十分に堪能した後、スパッと軽く切り捨ててやるのだ。利久にとっては幹久なんて、所詮使い捨ての駒に過ぎない。
「早くお兄さんが助けてくれればいいのにね」
 わざと意地の悪い口調で桜に話しかける。しかし桜は座りながらどこか遠くのほうを見たままで、振り向きもしないし、何かを言い返したりもしない。とにかく全くの無反応であった。これは今に始まったことではない。利久と二人きりになってから、桜はずっとこんな調子なのであった。
 あまりの反応のなさに、利久は拍子抜けしてしまう。少しでも嫌がるなり抗おうとするなりの反応を見せてくれるなら、こちらもまた色々と楽しむ方法はありそうなのに。防弾チョッキを奪うために服を無理矢理に脱がそうとした時ですら、彼女は表情一つ変えることなく、全くの無抵抗なのであった。これではもしも強姦する気があったとしても萎えてしまうかもしれない。もともと幼児体型に興味の無い利久にとっては、あまり関係のないことなのかもしれないが。
 それにしても、桜の精神障害がここまで重度のものであるとは思わなかった。おかげで騒がれたり逃げられたりする心配は無いのだけど、逆にこれら全てが演技なのではないかという疑惑も芽生えてしまう。もしそうなのなら、彼女は間違いなく利久をも上回る「演者」である。
 試しに桜の額にマシンガンの銃口を押し付けてみる。しかし、後ろの木にもたれかかったまま微動だにせず、驚いたり怖がったりする様子も無い。
「バンッ!」
 表情に変化を加えながら銃弾を発射する真似をしてみるものの、やはり桜は全く反応しない。どうやら彼女の精神障害は本物であるらしい。
「意志は無い。そして他人のすること成すことに対しても反応無し……。人形かこいつは」
 このとき、利久はまだ気付いていなかった。白石桜はある特定の種類の言葉にだけ反応を見せるということに。

【残り 十八人】
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