009
−雨中の決死行(1)−

 ロッカーの中は狭く、身動き一つとることすらままならなかった。そのうえ光源が存在しないこの空間内では視界が全く利かない。
 唯一機能しているのが聴覚。
 先ほどロッカーの外から激しい銃撃音が聴こえてきた。どうやらこのロッカー、衝撃に対しては強いらしいが、防音効果などは施されていないようだ。その証拠に、外で話す田中や兵士の声がロッカー内にいる千秋にもよく聞こえる。
 もちろん、銃撃音が響いた直後の「残り四十三名、今から出発しまぁす」という田中の声も千秋は聞いていた。おそらく、自分の大きな身体をロッカーに押し込めようと奮闘していた浩之が、時間に間に合わず殺されたのだろう。
 あの男、いったい人命を何だと思ってるんだ。
 怒りがこみ上げ、無意識に歯をギリギリと噛み締めていた。
 しかし千秋にはそれ以上に頭の中を占めている思いがあった。
 田中の側にいた四十歳前後の無精ひげの男。あれは間違いなく、殺された父と千秋が経営していた松乃屋の常連、桂木幸太郎だった。
 彼は何故このプログラム会場内にいるのだろうかと考えてみるも、眠らされて無理やりこの島に連れてこられた千秋に分かるはずが無い。しかし、仮説なら一つだけ浮上した。
 田中の隣で立っていた桂木は軍服らしき衣服を着ていた。もしかしたら彼は政府関係者だったのかもしれない。
 千秋は彼の職業を聞いたことが無かったということを思い出した。
 しかしだ。もしも彼が政府関係者で、今回のプログラム担当官である田中をサポートするためにこの島に来たのならば、参加者の中に千秋が含まれているということを事前に知ることができたはずだ。ならば、千秋と目線が会ったときに彼が見せた驚きの表情はいったい何だったのだろうか?
 ここから先はいくら考えても思いつかなかった。
 突如身体が宙に浮く感覚に包まれた。千秋が入っているこのロッカーが、数人の兵士によって持ち上げられたようだ。
 自分の身を包む縦型直方体のこの空間が若干傾き、船に乗っているかのようにゆらゆらと揺らされながら運ばれる。この状態が長時間続いたならば、本当に船酔いを起こしそうだ。
 空間そのものが急に上昇したように感じた。おそらくトラックの荷台の上に持ち上げられようとしているのだろう。そしてその直後、足元からゴチンと金属同士がぶつかる音が聞こえ、身体に軽い衝撃が伝わってきた。ロッカーが荷台の上に置かれたのだ。
 その後も数回、周りから同様の金属がぶつかる音が聞こえた。千秋のロッカーと同じように、他の生徒のロッカーも順に荷台に運ばれているのだろう。だとすると、このロッカーの壁という敷居を挟み、わずか数センチの場所に他の生徒の存在があるということになる。
 姿が見えないとはいえ、誰だか分からぬ者が側にいるのだと考えると、少し変な感じがした。
 ロッカーを運ぶゴトゴトという物音はしばらく聞こえたが、やがて作業を終えたのか急に静かになり、代わりにトラックのエンジンがかかる音が鳴り響き、荷台ごとロッカーが揺れ始めた。
 狭い空間の中で身動きできない千秋は、動き出したトラックの思うままに揺さぶられる。
 空間が前に動き出したように感じた。千秋を含む複数の生徒を乗せたトラックが前へと発進したのだ。
 身体で感じる上下左右の揺れから、トラックは現在坂道を登っているのだとか、カーブを右に曲がっているのだとか、そういう状況を知ることはできるが、どのような場所を走っているのかという正確な情報は、密閉空間内にいる千秋には分からない。政府側の人間のされるがままに運ばれ、どこか知らない場所に下ろされるまでは、辺りの景色を目にすることはできないのだ。
 揺れ続けていたトラックがしばらくすると急に速度を落とし始めた。詳しい時間は分からないが、出発してから一分後のことだったようにも、五分後だったようにも感じた。
 バンと運転席と助手席の扉が開く音が聞こえた。そして荷台へと上ってくる重い足音が二つ。運転していた兵士と、助手席に乗り込んでいた兵士のものだろう。
 少しの間耳を澄ましていると、二人の掛け声が聞こえた直後、ガタンとなにかが持ち上がる音も聞こえた。ロッカーの一つを持ち上げたのだろうか。
 重い足音は徐々に遠のいていく。そして少しの間静寂が続いた後、遠くへと消えた二つの足音が戻ってきた。
 扉を開く音と閉める音が二回ずつ聞こえ、エンジンが再び鳴き始める。
 トラックがゆっくりと再出発し始めたときのことだった。
「おい、誰が乗ってる?」
 ロッカーの壁を隔てた向こう側から誰かの声がした。
「話があるんだ。このトラックに乗ってる奴は自分の名を名乗ってくれ」
 エンジンの音にもかき消されない芯の通ったこの声は、間違いなく
磐田猛(男子二番)のものだった。
 突然の出来事に驚いたが、狭い空間内にたった一人にされて心細かった千秋は、他の誰かと話をしたいと思ったのか、すぐさま猛の点呼に応じてしまった。
「春日千秋よ」
 千秋が名乗ると、それに釣られてか他の生徒達も次々と応答し始める。
「杉田や」
「新田です」
「私も乗ってるわ。藤木よ」
「諸星だ」
「湯川です」
「鳴瀬学もいます」
「小島です」
「……ら…です」
「悪ぃ。最後の奴だけよく聞こえなかった。もう一度名乗ってくれ」
「田村です」
 皆が次々と名乗る。かなりの人数だ。
 今の点呼で現在このトラックに乗っている人物の正体が分かった。
 男子が、
杉田光輝(男子九番)新田慶介(男子十五番)諸星淳(男子十九番)湯川利久(男子二十番)鳴瀬学(男子十四番)
 女子は、
藤木亜美(女子十八番)小島由美子(女子七番)田村由唯(女子十一番)の三人。もしかしたら真緒もいるかもしれないと思ったが、残念ながら彼女の声は聞こえなかった。
 とりあえず今の点呼から察すると、千秋と猛、さらに先ほどトラックから下ろされたロッカーに入っていた生徒と合わせて、十一人がこのトラックに乗っていたことになる。いや、これは最低限の数であって、もしかしたらまだ他にも乗っている生徒がいるかもしれない。
 しかし続く猛の言葉はこんなものだった。
「よしこれで全員だろう。皆よく名乗ってくれたな。安心したぜ」
「ちょっと待って磐田君! どうしてこれで全員だと分かるの?」
 千秋は質問した。なぜならば、同じトラックに乗っているにもかかわらず、猛の点呼に応じず黙っていた生徒もいるかもしれないからだ。なぜ猛はこれで全員だと判断したのだろうか。
「簡単なことだ。今生きている生徒の数は四十三人。それを分校の校庭に停まっていた四台のトラックで分担して運ぶのなら、三台が十一人、一台だけは十人の生徒を運ぶことになるはずだ。そして今の点呼で、既に十一人の生徒の存在が明らかになった。つまりこれ以上は人を乗せていないだろう。と判断した訳だ」
 猛の説明は明確で、千秋の疑問など簡単に吹き飛ばしてしまった。父と親友が殺され、千秋の精神がいくら不安定だということを考慮に入れても、自分と彼の冷静さの違いは明らかだった。さすがはクラス委員兼サッカー部キャプテン。
「ところで、話って何?」
 この声は、殺された智香にも負けないほどの明るい性格の持ち主、藤木亜美だ。
「ああ。声を聞いたところ、ここにいるメンバーは害も無さそうだし、説明しても良いだろう」
 姿は見えないが、同じトラックに乗る生徒達全員が、猛の声に耳を傾けている姿が頭に浮かんだ。
「俺はこのプログラムについて納得ができていない。クラスメート同士で殺し合うだなんて馬鹿げていると思っている。だから皆で一度集まって、今後どうすれば良いのかを冷静になって話し合いたいと思っているんだ。政府の奴らに抵抗する方法とか、ここから逃げ出す方法とか」
「ちょっと待て! 大丈夫なのか、ここでそんな話をしてて。もしも兵士の奴らに聞かれでもしたら……」
 少し慌てた口調で聞いたのは諸星淳。でかい図体のわりに意外と小心者なのかとも思ったが、彼の疑問もまたもっともだった。
 しかし猛はそれにも平然と答える。
「大丈夫だろう。田中の説明に生徒同士で手を組んではいけないとは無かったし、なによりもこの会話は俺達にしか聞こえていないはずだ。
 さっきロッカーの一つが下ろされただろう? あの時聞こえた足音と声は二人分。つまりこのトラックに乗り込んでいる兵は運転席と助手席に乗り込んでいる二人だけと考えられる。もちろん、荷台の上に見張り役の兵がいるという可能性も考えたが、奴らこの人間入りの重いロッカーを二人だけで運んでやがる。もしももう一人乗り込んでいるのなら、少しぐらいは手を貸してやっても良いはずだ。しかしそれが無かったということは、やはりこのトラックには二人しか乗っていないのだと分かる。荷台の上で俺達の監視をしている兵士がいないと分かった以上、この会話を聞かれる心配はない。まさか運転席にまで外の声がとどくとは思わないしな」
 猛の冷静な分析には驚かされるばかりだ。歳は違わないはずなのに、何をどうすればこれほどまでに頭の回転が良くなるのだろうか。
「時間が無い。話を戻そう。さっきも言ったように、俺は皆で集まって今後何をすべきなのかを話し合いたいと思う。そこで、ゲーム開始後できるだけ早くに、今から指定する場所に集合して欲しいんだ」
「え? 磐田、お前もうデイパックから地図取り出したんか?」
「ああ。狭くてかなり大変だったけど、なんとか地図と懐中電灯だけは取り出すことができた」
「ふえぇぇぇ」
 質問した杉田光輝も、猛の優れた行動力には驚いたようだ。
「皆がどこに配置されるかどうか分からないから、どこからでも集まりやすいよう、集合場所はプログラム会場の中心近くにしようと思う。今からその集合場所を言うから、皆忘れないよう頭の中に刻み付けておいてくれよ。集合場所はE−六エリア。ちょっとだけ山を登ったそこに廃ビルが建っているらしい。そこに集まろう」
 猛がそこまで話したとき、またしてもトラックの速度が徐々に落ちてきた。また誰かのロッカーが下ろされるらしい。
「分かったわ。必ず行く」
「ああ、了解したよ磐田」
「異議なしです」
 皆が次々と応答する。
「待って! 誰か真緒を見つけたら、あの子も一緒に連れてきてちょうだい! あたし、どうしてもあの子に会いたいの」
 千秋は藁をも掴む思いで言った。はたして自分のわがままを皆受け入れてくれるのだろうか、心配だった。
「羽村か。まあ奴は大丈夫だろう。分かった、俺は見つけたら事情を説明して連れて行く。だからお前も無事に来いよ、春日」
 心配をよそに、猛は千秋のわがままを快く承諾してくれた。そして、
「任せといて千秋。私もアンタにできるだけ協力するわ」
「俺もその話引き受けた。こんな地獄みたいな状況だ。仲間はいくらでも増えたほうがいいもんな」
 皆が次々とそう言ってくれた。こんな殺し合いゲームの最中、まさかこんな形でクラスメート達の暖かさに触れることができるとは思ってもいなかった。
「ありがとう! 皆、本当にありがとう!」
 誰にも見られないのを良いことに、千秋は暗闇の中で、一人で思いっきり泣いた。
「それじゃあ、E−6で会おう!」

 その後も、トラックは島内の各地で生徒一人一人を下ろしていった。千秋のロッカーが土の地面の上に下ろされたのは、十一人中七番目だった。
 こうして、再会を誓い合った十人の生徒達は、この広い島の中でバラバラに散っていった。

【残り 四十三人】

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