081
−掌の反逆−

 現在プログラム一日目、時刻は十六時二十三分。プログラム本部の分校内には、不穏な空気が立ち込めている。
 数時間前に唐突に切断されてしまった盗聴回路が未だに回復しないせいで、田中一郎(担当教官)の機嫌は直る気配を見せないどころか、時間が経つと共にさらに悪化していくばかり。間食を取ろうとカップ麺の蓋を三分の一ほど開けて、発泡スチロール製の容器に湯を注ごうとするが、怒りでポットを押す手の力加減が制御出来なくなっており、テーブルがガタガタと音をたてて揺れている。
 そんな様子を尻目に、一度怒声を浴びせられた兵士達は、これ以上担当教官の機嫌を損ねてはならないと、びくびくしながら原因究明に乗り出している。ところが、いかんせん機械から無数に伸びるコードやらアンテナやら、とにかく調べなければならない部分が多すぎて、なかなか事態を解決へと導くことができない。
 兵士達がもたもたしているのを見ているうちに、田中の不快感はさらに大きく膨張していく。
 拳で目の前のテーブルを思いっきり殴る。そして、湯を注いでからまだ一分半しか経っていないというのに、カップの蓋を端まで一気に捲り、まだ柔らかくなりきっていないインスタント麺に箸を通して、ずるずると物凄い勢いで吸い込み始めた。
 驚きのあまりか、兵達は一度作業の手を止めてこっちを見ていたようだが、麺の束を口にしたまま上目遣いで睨みつけてやると、一斉に肩を震わせて、思い出したかのようにそれぞれ作業を再開する。
 使えない奴らめ。
 声に出さず毒づいていると、御堂一尉がこちらの様子を窺うように、恐る恐る近づいてきた。
「つい先ほど男子二番の磐田猛が死亡しました」
 彼はそう言った。磐田猛とはクラス委員兼サッカー部キャプテンという大役を務め、人望も厚く、個人の身体能力も高いという理由から、事前から最も注目されていた生徒の一人である。行動力もあって、プログラム開始後には六人ものクラスメートを集めることにも成功している。まさに政府サイドから見ても侮れない存在であった。そんな彼が死亡してしまったと聞いては、仏頂面の田中だって何らかのリアクションを見せるだろうと、御堂は期待していたのかもしれない。しかし、残念ながら口から出たのは「そうか」のたった一言だけだった。
 これまでは参加者一人が死亡したという知らせを聞くたびに、例えようの無いほどの興奮を覚えていた。しかし今回はそれが無かったのだった。理由は単純明快。猛が死亡するまでの出来事や、生徒間でのやり取りを、全くと言っていいほど把握できていないから。
 スポーツ観戦なんかと同じだ。緊迫した攻防戦をリアルタイムで観ていたのと、試合後にスポーツニュースなどで対戦結果のみ聞くのでは、興奮の度合いが全く違う。もちろん結果は大切ではあるが、そこに行き着くまでの「プロセス」を知らなければ、その試合を本当に楽しむことなんて出来ないのである。つまり、生徒達の生の声が聞けなくなるという今回の事故は、プログラム観戦を楽しみたいという田中にとっては、最も許せぬことだったと言えよう。
 担当教官という、プログラムそのものを手の平の上に乗せて観戦できる特等席も、目の前でシャッターを下ろされてしまっては台無しだ。
 一体何故こんなことになってしまったのだろう。出来るだけプログラムが円滑に進むように、かつ楽しくなるようにと、田中は事前からあらゆる手を尽くしてきた。その中の一つが、二年前の松乃中等学校大火災で全身に大火傷を負ってしまったという少女、御影霞(女子二十番)をプログラムに引っ張り出すということ。
 事前の調べによって、霞が松乃の被災者達に対して相当な恨みを抱いているということは、なんとなく想像できた。その上で、彼女が出場すれば大会はかなり面白いことになるだろうと考え、霞が入院している病院まで直々に足を運び、そしてプログラムに参加するよう促したのだった。しかし、いくら恨みを持っているとはいえ、自分が死ぬ確率が高いプログラムに、自主的に参加を希望するとは思えない。引っ張り出すのはかなり難しいだろうと思われた。だがそんな心配をよそに、意外にも霞はあっさりとプログラム参加を承諾してしまった。どうやら彼女の内で膨張していた復讐心は、田中の想像の域を遥かに上回っていたらしい。
 とにかくこうやって一匹の鬼を参加者の中に混ぜることによって、大会の面白さは飛躍的に上昇するはずだった。だが実際に蓋を開けてみればどうしたことか、つまらぬ事故のせいでプログラム観戦を楽しむことなんてできやしない。
 はたしてこれは運命の悪戯なのだろうか。それとも何者かの陰謀なのだろうか。いずれにしろ、プログラム中においては絶対的な地位を誇る田中に対して、『何か』が逆らったということは間違いない。
 激しい憤りを覚えた田中はもう一度テーブルを殴りつけた。すると、発泡スチロールの容器がひっくり返り、残っていたスープ全部が狙い済ましたように書類の束の上にこぼれた。

【残り 十九人】
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