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−仮面下の真実(12)−

 一度網にかかった大量の獲物をむざむざと逃がしてしまい、湯川利久は、ちっ、と舌を鳴らした。
 比田圭吾の叫びにつられて目を瞑り、そして再び開いたときにはもう、周囲には誰の姿も無かった。視界を閉ざしていたほんの数秒の間に、全員がその場から逃げ出してしまったのだった。マシンガンに対抗できる武器なんて誰も持っていないと高を括り、油断していたのがまずかったようだ。
 現れた時の様子から、御影は銃なんて持っていないとなんとなく分かったが、まさか代わりにあんな隠し玉を秘めていたとは――。
 隠し玉とはもちろん、霞が放り投げてきた炸裂閃光弾のこと。こうなることを予測できなかったがために、まんまと彼女の策にはまってしまったことが悔やまれる。
 しかし目を瞑っていなければ、今ごろ自分はどうなっていただろうか。視聴覚を奪われた格好の的とされつつも、プログラムの中で生き続けることができただろうか。
 そんなことを考えていると、なんとも恐ろしく思えてくる。もしもあの瞬間、圭吾が何も叫ばず、自分も目と耳を塞がなかったら、取り返しのつかないような大事態に発展していたかもしれない。
 自分の身が危険に晒されるという事態。クラスメートたちを手の平の上で思うがままに操ってきた利久にとって、操り人形の反逆ともいえる今回の一件は許し難きことであり、何よりの屈辱でもあった。しかし不思議なことに、怒りという感情は湧き上がってこず、何故かこの上なく痛快な気分になってくる。
「まさかあの窮地から脱するとはね。御影霞に比田圭吾か……。どうやら楽しい演劇はまだまだ長く続けられそうだ」
 またあの抑えた笑いが口の端から漏れて出てくる。だけど、今回はもうそれだけでは済まされない。
 最高潮にまで達した興奮に耐えられなくなり、雷光を走らせる天に向けて、大口を開けた利久が高らかに笑い出したのは、ほんのすぐ後のことだった。



 雨が広葉を激しく叩く、ばらばらという音を耳にしながら、御影霞は大きく息を吸って吐いてを繰り返していた。マシンガンを構える湯川利久から逃れるため、炸裂閃光弾を放り投げてから側の樹林に飛び込み、ひたすら全速力で走ってきたのだった。荷物を持ったままでの全力疾走は、体力の消耗が極めて激しかったが、とにかく逃げ切ることはできたようだ。
 それにしても危なかった。もしも自分の武器がナタと麻酔銃だけだったなら、きっとあの場から逃げ出すことはできなかっただろう。黒河龍輔を殺害した際に、足下に転がっていた炸裂閃光弾を拾い上げていて本当に良かった、と、今さらになってそんなことを思った。
 しかし、窮地から無事に逃れたといっても喜んではいられない。二年前の火災時に全身を焼かれた自分にとっての、最も許し難き敵の正体が割れたというのに、復讐心を燃え滾らせながらも、無様に逃げ出してしまったのだから。
 霞にとっての最も許し難き敵とは、もちろん校舎が燃えた直接の原因である放火犯のこと。
 利久ははっきりと、自分が松乃中学校の校舎を燃やした、なんてことを言っていた。しかも、それは歪んだ性癖を持つ自分の欲求を満たすためだった、と。
 焼けた肌の痛みと、二度と元の姿を取り戻すことができないという、二重の苦しみを二年間味わわされてきた霞にとってはまさに、その究極にくだらない証言は、怒りを増大させるための燃料でしかなかった。「火に油を注ぐ」という言葉の通りと言えよう。
「私に地獄のような苦しみを与えたあの男、いつか必ず殺してくれる」
 霞の中に存在する思いは、もはやこれ一つのみ。しかし困ったことに、霞の復讐の標的となった男は、サブマシンガンなんて強力な武器を手にしている。今現在の装備で挑めば、簡単に返り討ちにされてしまうだろう。それならば、利久を殺すためにはどうすれば良いのだろうか。
 導き出される答えは一つ。未だ生き続けているクラスメートを見つけ次第殺害し、利久のマシンガンにも劣らぬ強力な武器を手に入れ、充分な装備を整えてから再び彼に立ち向かうということ。
「待っていろよ、湯川。私が受けた苦しみを、いずれは何千倍にも膨らませて返してやる」
 霞は包帯でグルグル巻きの手に力を注ぎ込み、頭の中に浮かんでいた、にやけた男の虚像を粉々に握りつぶした。


 島中に降る豪雨がいっそう激しさを増す中、こうしてさらなる戦いが幕を開けた。

【残り 十九人】
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