008
−第二の地獄へ(8)−

 ためらい無く前に進む三人の姿を見て、残された生徒達は驚きの表情を浮かた。
「お、おい。ほほ本気かよあいつら」
 怯えた口調で言ったのは、小心者の
六条寛吉(男子二十二番)だった。しかし寛吉だけでなく、生徒全員が同じことを思っていたはずだ。
 躊躇して最初の一歩が踏み出せないでいるのは、殺し合いに対して大なり小なりの恐れを抱いているか、あるいはプログラムそのものに対して納得が出来ていない者たちばかりなのだろう。しかし、躊躇無く前に出た三人にはそれが無いのだと考えられる。
 殺し合いに恐れもせず、他の生徒達に容赦なく牙を向ける殺戮者。はたしてあの三人はその気になっているのだろうか。
 先頭の御影霞はデイパックの山に到着すると、一番手前にあったものを持ち上げ、そのまま四十五のロッカーへと進んでいく。その際、現場を取り囲んでいる兵達が、皆一斉に霞へと銃器を向ける。なるほど、あれなら確かに抵抗など出来るはずが無い。
 遅れて黒川龍輔と山崎和歌子がデイパックの選択に入る。
「へへっ。おい山崎、お前まさか殺す気マンマンかぁ?」
 突如龍輔が和歌子へと振り向いて言った。
「さあね。ここでは手の内を明かすような発言は控えておくわ」
 それだけ返し、和歌子はデイパック一つを選択して次の選択場へと向かう。同じ陸上部のチームメイトである中沢彩音の目線を気にしている様子も無い。
 取り残された龍輔は、和歌子の後姿を見ながら、再びへへっと笑い、適当に選択したデイパックを担ぎ上げ、ロッカーの列へと向かった。
 三人が第二の選択へと向かう中、未だ多くの生徒達は動き出せない。
「皆さん早く行ったほうが良いですよぉ。じゃないと武器もロッカーも選択の余地がなくなってしまいますからねぇ」
 田中のその言葉がスイッチとなったのか、ついに意を決した複数の生徒達が、第二陣として前に出た。
 
岸本茂貴(男子五番)坂本達郎(男子七番)比田圭吾(男子十七番)烏丸翠(女子五番)後藤蘭(女子八番)里見亜澄(女子九番)蓮木風花(女子十三番)、以上七名だった。
 ようやく決心のついた彼らもまた、このゲームに乗ってしまったのだろうか。それとも別の“何か”を思いついたのだろうか。
 残された三十余名の中で、千秋は底知れぬ不安を抱いた。
 第二陣の七人がデイパックの選択に入るよりも前に、先頭の御影霞は既にロッカーの一つを選択し、中に入ろうとしていた。
 おもむろに扉を開き、狭い内部へとデイパックと身体を押し込み、内側から扉を引いて閉める。その瞬間、彼女の口元が切り裂けんばかりにつり上がり、まるで快楽に酔いしれているような不気味な笑みを浮かべているように見え、背筋がぞくっとした。
 霞がロッカーの中へと入ると、兵の一人が走り寄り、ロッカーの鍵を外側から閉めた。同時に、彼女に向けられていた銃口全てが思い思いの方向へと散る。特別防弾仕様のロッカーの中に入ってしまえば、内側から主催者側に攻撃することは出来ない。兵達はそれで安心し、霞に向けていた銃を解除したのだろう。
 続く黒川龍輔と山崎和歌子にも同じだった。
 最初の三人が消えた頃、また一人二人と生徒達が動き出した。今ようやく決心がついたか、少なくなる選択肢に恐れたかしたのだろう。動き出した生徒の大半にはまだ不安の色が見られる。
 適当なデイパックを選び、ロッカーへと進む生徒達が次々と狭い個室の中へと消えていく。
「まだ前に出れない臆病ウンコの皆さぁん、早く行かないと政府に逆らっているのだと判断して、容赦なく死んでもらいますよぉ」
 未だデイパックを取りに行けない生徒達を揺さぶる田中。その声に怯えたのか、動き出せなかった生徒の多くが、今ようやく歩き始めた。
 ……馬鹿げている。
 残された生徒の数が十人近くなったとき、千秋は心の中で毒づきながらようやくスタートした。
 ずっしりと重いデイパックを担ぎ、選んだロッカーの前に立ち、見上げた。
 百六十ちょっとある自分の身長よりも、ロッカーは数十センチ高く、遠くで見ていたときよりも巨大に見えた。しかし幅はとてつもなく狭く、人間一人が入るのがやっと。さらにデイパックまで押し込めなければならないのだから、扉を閉めてしまえば中はぎゅうぎゅう詰めだろう。
 扉を開くと、目の前に暗く狭い暗黒空間が現れる。
 ……なにがロッカーだ。
 千秋は思った。自分達の身体を覆うこの縦長直方体の箱を、田中はロッカーを改造した物だと言った。しかしそれは生徒達を騙すためのまやかしでしかない。だがこれは棺だ。生徒達を死の世界へといざなう棺桶だ。
 狭く縦に長い棺を前に、入るのを躊躇する千秋。そんな彼女に目もくれず、残された数少なき生徒達も消えていく。
 千秋は振り返って見た。自分以外に残っている生徒はあと三人。
 親友の真緒。それに男子が二人。
千場直人(男子十番)吉田浩之(男子二十一番)だ。
「おやぁ、どうしたのかなぁ? 早く中に入らないとこの場で射殺しますよぉ」
 田中が不気味に笑う。
 真緒がぶんぶん首を振った。
「嫌だよぅ……。皆で殺し合いなんて……、千秋と離れ離れになるだなんて……」
 小さな身体には大きすぎるデイパックを両手で一生懸命支えながら、ロッカーの前で泣きじゃくっている真緒。あまりにも無力な姿だった。
「だめですよ羽村さぁん。これは国の決まりごとなんですからぁ、さっさと中に入ってくださぁい」
 しかし真緒はまた首をぶんぶんと振る。さすがの田中も徐々に顔を怒りに赤らめていく。
「皆さんハズレロッカーが怖いんですかねぇ? 心配しなくても良いと思いますよぉ。残り物には福があるという言葉どおり、残されたロッカーは全て当たりだという可能性もありますしぃ。そこのお二人も早く入ってくださぁい」
 田中は男二人にも話を振る。視線の先にはデイパックを選んだものの、まだロッカーの中に入れていない直人と浩之の姿があった。
「だだだ駄目です。暗い、狭い、はは入れません」
 ガチガチと歯を鳴らし、弱音を吐いたのは直人だった。
 千秋は知っていた。直人は重度の閉所恐怖症なのだと。詳しい話は聞いたことがないが、どうやら二年前、松乃中大火災に巻き込まれて以来、彼は狭い場所が苦手になってしまったらしい。
 しかしどんな事情があろうとも、田中がそれを許してくれるはずはなかった。
「仕方ないですねぇ。それでは一分間の制限時間を設けますのでぇ、皆さん時間切れになる前には中に入ってくださいねぇ。じゃないと、たぁいへんなことになりますよぉ」
 田中が合図すると、兵達が一斉に銃をこちらへと向けた。
「一分後に一斉射撃を開始しまぁす。巻き添えになりたくなかったら、さっさと防弾効果のあるロッカーの中に隠れてくださぁい」
 男二人の顔色が急激に悪くなったのが見て取れた。
「よぉん、ごぉ、ろぉく……」
 ネチネチと田中がカウントしている。しかしそれでも真緒は入ろうとしない。
 千秋はついに耐えられなくなり、声を挙げた。
「聞いて真緒!」
 泣きじゃくる真緒がこちらを向いたのを確認し、千秋は彼女に話し始めた。
「真緒さっき言ったじゃない! あたしに死なれちゃあ嫌だって! あたしだって一緒、真緒に死んでなんか欲しくない! だから今はあの男に従って中に入って!」
「でも、入っちゃったら、もう二度と千秋に会えない……」
「会えるよ! 生きてたらきっと会える! この島がどれだけ広くとも私は必ず生きて真緒を探し出す! だから今は生きて!」
 田中のカウントは既に四十を超えていた。
 真緒はようやく決意したらしく、最後に千秋に微笑を見せると、ゆっくりとロッカーの中へと消えていった。
 同時に、真緒の向こうのロッカーの中に、閉所恐怖症ながらも勇気を振り絞って飛び込む千場直人の姿があった。
 カウントは残り十。あとは千秋と吉田浩之の二人だけだった。
 生きて真緒。必ずあたしが探し出すから。
 真緒が入っているロッカーを最後に一度だけ見やり、千秋も自分のロッカー内に身体を押し込み、扉を閉めようとした。しかし、そのとき初めて気がついた。
 ロッカーの外、田中の脇にいる兵達の中、一人だけ知っている顔が紛れていた。それは間違いなく、松乃屋の常連、桂木幸太郎に他ならなかった。
 驚いて見ている千秋の視線に気がついたのか、桂木がこちらを振り向いた。そして向こうも驚いているような顔をした。
 これはいったいどういうことなのか、千秋は桂木に問いただしたかったが、タイムリミットが迫った今は扉を閉めるしかなかった。



「ごぉじゅうさぁん、ごぉじゅうしぃ、ごぉじゅうごぉ……」
 タイムリミットは迫っていた。しかし浩之はまだロッカーの中に入れない。
 彼はかなり早い段階でデイパックを選択し、ロッカーの前に来ていたが、たった一つの問題点を克服することが出来ず、中に入ることが出来なかったのだ。
 浩之はテレビゲームやアニメが好きだという、根っからのオタクだった。そのため普段運動もせず、ぶくぶくと太る一方で、気がつくと体重も百キロを超えていた。
 その太った身体が仇となった。狭いロッカーには浩之の身体を収納できるほどのスペースは無く、彼がいくら髪が長く伸びたぼさぼさ頭を振り乱しながら身体を押し込めようとしても、ロッカーはそれを許してはくれなかったのだ。
 女子一番の体格を誇る
横田真知子(女子二十三番)はどうやらギリギリながらも入れたようだが。
「ごぉじゅうはぁち、ごぉじゅうきゅう、ろぉくじゅう」
 田中のカウントが止まった。そして兵達に向けて再び合図を送る。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ! や、やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「一斉射撃!」
 浩之の悲痛な叫びもむなしく、田中の声を合図に十数もの銃口が火を噴き出した。そして直後、レンズが粉々に砕け散った彼の黒ぶちメガネが宙を舞った。
 全身に通風孔を空けられた浩之は崩れ落ちた。しかし、彼の背後に立っていたロッカーは、浅い傷が付いただけで、穴の一つも開いていなかった。もしも彼が痩せていたならばと悔やまれる。
「それではぁ、残り四十三名、今から出発しまぁす!」
 田中は今の出来事がまるで無かったかのように言った。


 
吉田浩之(男子二十一番)―――『死亡』

【残り 四十三人】

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