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−仮面下の真実(5)−

 春日千秋、磐田猛、羽村真緒、湯川利久。以上、現在廃ビル内部に立て篭もっているメンバー全員は、つい数分前まで話し合いをしていたフロアに再び集結し、円を描くように座るという元の形に戻っている。利久が隣の部屋から戻ってきた直後、猛が真緒をも呼び戻したのだった。
 仲間の声にも応じることなく隣の部屋へと入っていった者を、わざわざ呼び戻したほどだから、きっと何か重要な話でもあるに違いない。
 そんなわけで、聞き手たちの表情も自然と真剣になる。もちろん自分もその中の一人であったが、真剣な面持をしていた理由は、間違いなく千秋たちとは異なっている。
 もしかして、新田慶介や藤木亜美を殺したのは誰かという謎について、確かな回答が導き出されてしまったのではないか、などと少し勘繰ってしまったせいで、僅かに緊張感が湧き上がってきたのだった。本当にほんの僅かであるが。
 もちろん、だからと言って心臓が高鳴るでもなく、むしろそのほどよい緊張感はサスペンス小説を読んでいる時のような心地よさを与えてくれるだけなので、窮地に追い込まれて慌てふためいたりなどまずありえない。ただ、もしも自分の罪が証明されてしまったら、この楽しい「劇」は締まりのない終わりを迎えてしまうことになる。それだけは絶対に避けたい。
 藤木亜美殺害の際に、わざと現場に多数の手がかりを残してきたことを、今さらになってほんの少しだけ後悔した。
 見立て殺人の如し大胆な演出を施したり、手で首を絞めるという、新田慶介の時と全く同じ殺害方法をわざと使ったりして、自分が犯した二つの殺人に繋がりを持たせた。磔死体を実際に見たという猛や千秋なら、同様の事件が再び目の前で起こったとなれば、きっと良い反応を見せてくれるだろう、などと一時の興味に駆り立てられてとった行動だった。
 だけど、よくよく考えてみると、二つの殺人が同一人物の手によって行われたのだと分かってしまったら、プログラム開始直後から一緒に行動していたため、新田慶介を殺害するのは不可能だったというアリバイを持つ猛と千秋は、藤木亜美殺害の容疑者からも自然と除外されてしまう。すると、容疑者として残される人物は、自分を含めてたったの二人に絞られてしまい、この劇の閉幕時間が一気に迫ってきてしまう。
 迂闊だった。精神的な疲労のせいか、磐田猛が下す判断にはつくづくいつもの切れが見られないと鼻で笑っていたが、自分の方こそ、急激に高まった興奮が原因で、冷静さを見失っていたようだ。これは反省せねばなるまい。
 とにかく、今の状況ははっきり言って芳しくない。腐っても“サッカー部キャプテン兼学級委員”の猛は、見た目には平静を装っているが、ビル内部への潜入者の姿を見つけられなかったという理由から、そろそろ内部の人間を疑い始めているはず。
 先ほどまでは妙な動きを見せていなかった千秋も、なにやら今はそわそわしており、時折、猛を除く二人の仲間にちらちらと視線を飛ばしている。おそらく二人っきりになっていた間に、猛に余計なことを吹き込まれでもしたのだろう。
 だが、猛も千秋もまだ、誰が犯人なのか特定するというところにまでは行き着いていないようだ。あたりまえだ。二つの殺人を繋ぐ手がかりは残してきたが、自分が犯人であるとばれるような証拠は何一つ残していないという自信がある。
 案の定、猛はまだ真実を見極めてはいないらしく、彼が皆に向かって話し出した内容は、自分が心配していた考えには掠りもしないようなものだった。
 というわけで、この潔白証明済みの二人に対しては、今すぐ警戒する必要は無さそうだ。むしろ怖いのは――。
 ふと隣に座っている人物へと目が行った。そう、今最も注意を払わなくてはならないのは、自分の隣に座っている“もう一人の容疑者”の方だ。
 先ほど二人っきりになった際、奴の様子が少しおかしかったので、腹の内をさり気に探るつもりだったが、まさか逆にこちらが探られる側になるとは思っていなかった。間違いなく、こちらのことを疑っている。
 頭の中にあったデータには、奴の項目に要注意の「要」という一文字すら書かれていなかっただけに、さすがに内心驚いてしまった。
 新田慶介の殺害現場を見ていない奴は、まだ二つの殺人が繋がっていることを知らないはずなのだが。なるほど、一見無害そうに見える人間も、たまに驚くほど思考を働かせるということがあるらしい。
 どうやらもう、楽しい劇を見物している余裕はないようだ。仕方がない。楽しみが一つ減ってしまうのは口惜しいが、遊びはもうそろそろ終わりにしよう。

【残り 二十人】
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