007
−第二の地獄へ(7)−

 死亡した相沢智香を除く四十四人の生徒たちは、先頭の田中一郎の後に続く形で、木造の廊下を進む。
 節電のためなのか、蛍光灯は一つおきにしか灯されておらず、不気味なほどに薄暗い。
 まるで怪談話の舞台のようなその廊下を歩いていると、緊張のためか胸が苦しく感じる。しかし苦しさの原因はそれだけではない。
 廊下を進む生徒達の列に平行して並んでいる、屈強そうな男達。彼らは皆政府関係者を示す桃のマークがついた迷彩服を着込み、その手には大型の重火器が握られている。おそらく、万が一生徒達が反抗した場合、それを沈める役目を担っているのが彼らなのだろう。
 そんな威圧感たっぷりの兵達は、教室の前から出口までと一直線に並んでおり、ぎらぎらと光る眼差しで生徒達の動向を常に監視している。
 いくつもの嫌な視線を肌で感じ、千秋が息苦しがるのも無理はなかった。
「ワイらいったいどうなってまうんやろう」
 右手に並ぶ兵の列を一瞥し、
杉田光輝(男子九番)が怯えた口調で言った。寺の息子である彼は争いごとは好まない。普段はひょうきんで明るい光輝ですら、この状況下では不安に引きつった顔をしていた。
 しかし、ほとんどの生徒たちが不安がる中、ある女生徒は悠々とした足どりで歩を進めていた。全身に包帯を巻いた姿で、突如千秋たちの前に姿を現した御影霞だ。
 二年もの間、一度も姿を見せなかった彼女が、何故今になって現れたのか、それが千秋には分からなかった。はたして霞は何を思って三年六組メンバーの前に姿を現したのだろうか。
 先頭の田中が出入り口の扉を押し開け、続いて生徒達がグラウンドへと恐る恐る踏み出していく。
 グラウンドへと出た途端、そこに一陣の風が吹き付けてきた。反射的に目を閉じた千秋は風が止んだのを確認してから、目を開き、外の光景を目の当たりにした。
 荒野を思わせるほどに雑草が茂った地面が広がり、そこに事前に配備されていたらしい兵達が田中へと敬礼している。そして隅には数台のヘリコプターとトラックが並んでいる。
 あれはなんだろう?
 ある物を見たとき、千秋の頭の中に疑問が生じた。
 棺桶のように長いロッカーらしき物。いくつものそれがグラウンド内に立ち並んでいる。数えたところそれは四十五あり、ちょうど梅林中三年六組の人数と同じ数であることが分かった。
「みんな揃ってますね。それでは、今から出発しようと思いますが、その前にちょっとだけ説明させていただきまぁす。
 皆さんの目の前に縦長のロッカーが並んでいますよねぇ。これは全部で四十五台、つまり今回のプログラム参加者の数と同じだけありまぁす。今から皆さんにはこのロッカーの中から一つを選んで中に入ってもらいまぁす」
 田中の言葉を聞き、生徒達がどよめく。
「皆さんがロッカーに入った後、私達が外からロックしますのでしばらくは外に出られませぇん。そうやって動きを封じた皆さんを、あそこに停めてあるトラック四台をつかって兵隊が運び出し、この島の中にランダムでバラバラに配置していきまぁす。ロッカーには窓も覗き穴もついてないので、どこに着くかは途中で知ることはできませぇん。
 そして全員を島内に配置し終わったらようやくゲーム開始。本部であるこの分校内に設置されているメインコンピューターで遠隔操作を行い、一斉にロックを解除しまぁす。このとき初めて皆さんはロッカーから出られるようになり、自分達がどこにいるのかを知ることとなるでしょう」
 皆が停車しているトラックの方へと目を向ける。四台は荷台にまだ何も乗せておらず、生徒達に早く乗れと手招きしているように思えた。
「ただし、このロッカーの中には一つだけハズレが紛れ込んでいおりましてぇ、皆のロックが解除されても、ハズレのロッカーだけは開きませぇん。そのかわりしばらくするとロッカーに内蔵された爆弾が起動し、その一分後に爆発しまぁす。ですので、みなさんどのロッカーに入るかは慎重に決めてくださいねぇ」
「ちょっと待ってください!」
 多くの生徒が青ざめる中、右手袋の男、
土屋怜二(男子十二番)が声をあげた。
「プログラムって生徒達の戦闘データを収集することに意味があるんですよね。それなら、こんなトラップで一人を死なせるなんて、全く意味が無いんじゃないですか?」
 おそらく怜二は無駄に一人の人命が奪われるということを快く感じていなかったのだろう。唐突な質問内容に、彼の思いが垣間見えたような気がした。
 しかしそれを予想していたかのように田中は即答する。
「いい質問ですねぇ男子十二番の土屋怜二君。実はこれにはきちんと意味があるんですよぉ」
「どういうことですか」
 怜二は田中の思想に探りを入れるように、目一点へと視線を集中させる。
 田中は一度はぁと息を吐き、説明を始めた。
「皆さんは一人一人身体能力が異なりますよねぇ。そのためこのゲームを進める上での有利不利は一目瞭然です。そこで先生は考えましたぁ。もしも誰も予想していなかったような番狂わせが起こったならば、どの生徒が優勝するのか分からなくなるのではないかとねぇ。つまり、この“ハズレロッカー”は、誰が優勝するか分からなくするための不確定要素として追加されましたぁ。たとえば君のように能力値の高い人間がこのトラップで勝手に自爆してしまったら、力の無い者でも優勝に一歩近づけるというわけでぇす。分かりましたかぁ土屋怜二君?」
 田中の明確な説明に対しては、さすがの怜二も口を噤んでしまい、続く「でも先ほど相沢さんが死んでしまったのでぇ、運が良ければ全員が“当たり”のロッカー四十四台を選んじゃう可能性もありますけどねぇ」という言葉にも、何も反応を示さなかった。
「もちろん、不確定要素は他にも用意していますよぉ。これから皆さんに支給されるデイパック、その中には水と食料、この島の地図とコンパス、懐中電灯、そして武器が入っていまぁす。さてこの武器ですが、デイパックによって中に入っている物が異なりまぁす。強力な物から全く役に立たない物まで様々。つまり、力の無い者でも手に入れた武器によっては、優勝への活路が開く可能性がありますので、落胆しちゃってる人も希望を持ってくださいねぇ」
 田中が言い切った頃には、既に兵士達の手によって人数分のデイパックがワゴンで運ばれてきていた。(デイパックとはいっても、旅行時に持ち運ぶようなドラムバッグに近いものであったが)
「では皆さんにはこれから自由にデイパックとロッカーを選択してもらいまぁす。ですがこれだけは肝に銘じておいてくださぁい。今皆さんを取り囲んでいる兵達は、いつでも撃てるようにと銃を構えていまぁす。なので、武器を手にしたからと粋がって反抗してきたら容赦無く死んでもらいまぁす。
 それは今後も同じでぇす。ロッカーは特別防弾使用に改造してますので、中から銃を撃つこともできませんしぃ、皆さんを運び出した後すぐに、本部であるこの分校が含まれる区分を禁止エリアにしますので、私達に攻撃を仕掛けることは不可能でぇす。それでも万が一、私達に反抗する者が現れた場合は、先にも言ったとおり本部のメインコンピューターから電波を送って首輪を爆発させちゃいますからねぇ。それでは、皆さんが理解してくれたところで自由選択時間スタートぉ」
 田中が合図するも、ほとんどの生徒はその場から動き出すことはできなかった。しかしそれとは対照的に平然と前に進む者がいた。
 全身包帯ずくめの御影霞を筆頭に、
黒河龍輔(男子六番)山崎和歌子(女子二十二番)が山積みにされたデイパックの方へと歩み寄っていった。

【残り 四十四人】

←戻る メニュー 進む→
トップに戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送