066
−託す希望灯火(1)−

 プログラム本部、何十台ものコンピューターたちにスペースのおおよそ半分ほどを取られてしまっている教室内で、御堂一尉を先頭に、兵士全員がなにやら忙しそうに動き回っている。短期間で数名の生徒達が連続して死亡してしまったため、現在そのデータ処理に追われているのだそうだ。正午の交代時間から職務についたばかりの彼らにとって、一時間と経たぬうちに四名もの死者が出てしまったということは、とんだ不運だったと言えるかもしれない。
 また教室の隅では、担当教官の田中一郎が横長のソファーに腰を落ち着かせたまま携帯電話で誰かと話し込んでいるのが見える。基本的に外部との通信が不能なはずの会場内にいながら、ごく普通に通話できていることから、彼の携帯電話は選択的に通すことが可能な軍用ナンバーと繋がっているのだと、至極容易に察することができる。管理者用に設けられた特別回線を用いて家族と会話しているのかもしれないとも考えられたが、田中の話す内容の中に事務的な言葉の羅列が見受けられたため、その可能性はまず無いと言えよう。まあそれ以前に、田中に妻や子供がいるのかどうかも不明なのだが。
 廊下を歩きながら桂木幸太郎はふと思った。そういえば、自分はプログラム管理側の人間でありながら、家庭環境どころか、担当教官の田中について何一つ知らない。そりゃあ、今回初めて会った彼のことを、あまりよく知らないというのは当然のことなのかもしれないが。
 考えても埒があかないので、余計なことを気にするのは止めた。そもそも今は無駄なことに時間を費やしている暇など無い。
「絶好のチャンスだな」
 桂木と並んで歩いていた木田聡が、ふと田中たちのいる教室へと目を向けつつ言った。
「このタイミングを逃してなるものか。桂木、ついて来てくれ」
 急ぎ足で歩く木田の手招きに応じ、桂木は素直に後について行く。それからすぐのこと。とある部屋の前に着いたところで、先を歩いていた木田が急に立ち止まった。田中たちのいる教室の二つ隣に位置するこの部屋は、確か物置場として使われていて、通常、人が出入りすることはあまり無いはずだが、どうわけか木田はこの中に用があるらしい。
 できる限り音をたてぬよう気をつけて、引き戸を半分ほど開いて隙間からそっと中を覗き込む。そして誰もいないのを確認してから、素早く身体を室内へと滑り込ませる。桂木もそれに習う。
 窓が鉄板で覆われているせいで、室内はたいへん薄暗い。天井の蛍光灯を点けることによって、ようやく部屋全体の様子が窺い知れるようになった。今回のプログラムのために政府軍が持ち込んだ多種多様の機材や、なにやら物資が詰め込まれているらしいダンボール箱などが積み上げられている。下手に動き回ってぶつかりでもしたら、すぐに崩れ落ちてきそうだ。
 木田は出入り口の戸を閉め切って、桂木の方へと向き直る。
「一応念のために確認しておくが、本当に命を懸けてまであの子達を助け出したいという気持ちはあるんだな?」
 あの子達とはもちろん、春日千秋(女子三番)たち――今回のプログラムに選ばれた梅林中三年六組の生徒達のことだ。決心していることについて今さら考え込む必要は無い。桂木はすぐに頷いて返した。


「よし、それじゃあ早速作戦に取り掛かるとしよう。兵士達全員がデータ処理に追われている今なら、俺達の不審な動きが察知されてしまう心配も少ないだろうしな」
 あまりに急な木田の言葉に、桂木は一瞬だけ驚いてしまったが、少し考えてすぐに納得した。先ほど本部の前を通りかかった時に見た、管理側の人間全員が忙しそうにしていた様子からすると、しばらくは誰も持ち場を離れることは無さそうだ。また、物置場であるこの部屋に人が入ってくることは、本当にごくまれにしかない。まさに田中たちの目を盗んで動くにはうってつけの場所とタイミングなわけだ。
「作戦の目標は、プログラムを中断させることでも、生徒達を逃がすことでもない。今回の目的はあくまでもただ一つ、首輪からの盗聴を不能にさせること。これは理解したな?」
 ボリュームを押さえた声で言う木田に、桂木は再び頷いて承知していると伝える。
 今回のプログラムに参加している生徒の中に、脱出計画を企てている者が数名存在しているのだが、管理側の人間の中でそのことに気がついているのは、今のところ木田の他にはいないらしい。しかし、会話を盗聴されていることを知らない計画者たちの企みが、いつ他の管理者の知るところとなってしまうとも限らない。ばれたら最後。首輪はすぐに爆破され、生徒達の脱出計画は実現せぬまま露と消えてしまうであろう。そこで、計画が明るみに出てしまうよりも先に、盗聴回路を断絶し、密かに脱出に手を貸してしまおうというわけだ。
 もちろん、成功確率が高いとは言えない生徒達の計画に全ての希望を託すなど、決して安全な策であるとは言えないが、かといって自分達二人だけの力で管理側の人間全員の目を欺きつつ生徒達を脱出させるなど、そんな大それた行動に出ることはできない。千秋たちの命を助けたいのは山々だが、これ以上の危険地帯に木田をも引き連れて行くわけにもいかないので、誠に残念ではあるが、今の自分達には生徒達の計画をサポートするといった程度のことしかしてやれない。
「で、盗聴を不能にさせるために、具体的にはどんな作業を行うんだ?」
 桂木の問いに答えず、木田は側にあったダンボール箱の中から、おもむろに何かを取り出した。予備として政府が用意したまま結局使われずに放置されていたノートパソコンだった。どこかから引いてきたらしいケーブルが既に接続されており、木田は早速机代わりのダンボール箱の上に置いたそれの電源を入れた。
 ブゥンと音を鳴らしながら起動したパソコンの画面は、瞬く間に黒からブルーへと塗り替えられ、中心にはアルファベットのロゴが浮かび上がる。きちんと動作していることを確認すると、木田は一呼吸おいてから話し出した。
「盗聴経路を司るコンピューターを破壊する方法なら色々と考えたよ。例えば、外部から強力な電磁石を当ててHDDを殺してしまうとか、自家発電機をフル稼働させ、電源ユニットをオーバーヒートさせてやるとか。吸気口から金属粉を流し込み、内部でショートさせるなんて案も考えたな」
「それらの方法は使えないのか?」
 桂木が聞くと、木田はあからさまに渋い顔をした。
「結論から言うと、これらの作戦はどれも使えそうにない。まず電磁石を使った方法だが、HDDの突然死はよくあることだし、事故に見せかけるという点では最適だったんだが、残念ながら兵達が動き回っている部屋のど真ん中で、そんな大それた犯行を堂々と行えるはずが無い。金属粉の方法も同様だ。それにこっちの手段は犯行の痕跡が色濃く残るため、調べられたら内部の人間の仕業だと瞬時にばれてしまう。いずれにしろ、ターゲットに近づいて直接破壊するという類の方法は全て駄目だ」
「自家発電機の操作でオーバーヒートさせる方法はどうなんだ? それなら遠隔操作でコンピューターを破壊できるし、良い案だと思うが」
「動作中のコンピューターなら一発で止まるだろうが、ダメージが発生するかどうかまでは微妙なところだ。電源ユニットが炎上でもしてくれればありがたいが、その頃には他の部位が先に破壊されている可能性も高い。全ての首輪に爆破命令を送るなどといった誤作動が生ずる恐れもあり、それは大変危険だ」
「じゃあ、いったいどうするつもりなんだ?」
 桂木が不安そうな表情をして言うと、木田は待ってましたと言わんばかりに自信たっぷりの表情をした。
「メインコンピューターのプログラムを書き換えてやるのさ。それも最深部のをな。盗聴に関する部位を書き換えて回路をコンピューター内部で分断し、後は進入した痕跡さえ消してしまえば、何が原因で盗聴回路がマヒしてしまったのか究明することはかなり難しい。スピーカーから何まで調べているうちに時間が過ぎ、その間に生徒達の脱出準備が整うって寸法だ。もちろん、正午の交代前にはローカルルータからケーブルも引っ張ってきていたし、進入の準備ももう万端だ」
 それでもまだ桂木は安心できない。
「しかし、そんなことが本当に可能なのか? 政府も馬鹿じゃない。何者かがネットワークを通じて侵入してくるという可能性を想定して、大切なプログラムの周囲には何らかのガードをかけているだろうし……」
「無用な心配だな。何も敵陣に突っ込むわけじゃないだぞ。自軍が仕掛けた地雷を踏むなんてマヌケなことはしないさ。まあこれが盗聴のプログラムのみならず、全てのデータを書き換えろという壮大なミッションだったなら、さすがにきついだろうけど」
 勝ち誇ったように言う木田を見ていると、桂木はなんだか心強く思った。
「すまない。なんだか全てお前に任せてしまったみたいで」
「気にするな。本当は俺も最初は実行犯にだけはなりたくないと思っていたが、計画を持ちかけた時点で政府に逆らった人間の仲間入りは果たしていたし、今さら何をしたって変わりはないさ」
 木田の優しい言葉に、心から感謝した。
「さあ、ゆっくりしている暇は無いぞ。早速行動を開始する」

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