055
−忘却の紅い記憶(1)−

 鬼鳴島じゅうに放たれた中学生たちが織り成す殺戮劇の進行状況は、首輪に内蔵されている数々の機能を介して、プログラム本部にリアルタイムで事細かに伝えられる。
 多くのコンピューターたちが所狭しとひしめいている分校内の一室では、尊き生命同士がぶつかり合う生々しい音声が響き渡っており、高みから観戦している担当教官、及び兵士たちのほとんどはそれを聞き、楽しさからか顔に笑みすら浮かべている。
 小島由美子が磐田猛によって殺害されたのもつい先程の事で、モニターから生命反応が一つ消えた途端、管理ルーム内では歓声が沸きあがり、ほとんど祭状態だった。おそらく、冷静沈着でありながら身体能力も抜群な磐田猛に“賭けていた”者も多かったからだと思われる。もっとも、連続して襲い掛かってきた事態のせいか、さすがの彼もそろそろ冷静さを欠き始めているようだが。
 しかし、管理側の人間の中にも、祭騒ぎに便乗できないでいる者がいた。
 ここ二時間の間、エリアE−6にて行動していた生徒達の生態反応ばかりがモニターから消えていくのを見ていて、桂木幸太郎は冷や汗を流し続けていた。なぜならば、E−6とはまさに、春日千秋が現在も潜み続けている場所だからだ。
 梅林中三年六組の担任桑原和夫の口から、生徒たちに対する想いを聞いて以来、桂木の中で千秋たちを助けたいといった想いはさらに強く固まっていた。だからこそ、彼女たちのすぐ側で人が死に続けているのを見ていて、心配せずにはいられなかったのだった。
 千秋達の様子ばかりを集中して監視し続けてきた桂木は、廃ビル内部で何が起こっていたのか、漠然とだが分かっている。もちろん、藤木亜美を殺し、その死体を逆さに吊るした人物が誰なのかも。しかし、当然ながらそれらの情報を彼女たちに教えてやる事は出来ない。
 自らに課せられた任務に反してでも、殺し合いを止めさせるべく会場内へと飛び出していきたいといった衝動にも、何度か駆られそうになったりしたが、やはり実行に移す事はできなかった。プログラム妨害は最上級の禁忌であり、もしもそれを実行したならば、罪の重さに比例したそれ相応の罰――死刑宣告が下されると分かっているから。
 といっても、飛び出した事で千秋たちが救われるのならば、たかが自分一人の命など、惜しむことなく差し出すくらいの覚悟はある。問題なのは、桂木が暴走したくらいで生徒達の命が救われるほど、プログラムの作りはヤワではないということ。
 さすがの彼も、上手くいく見込みの無い考えを実行に移せるほどの無鉄砲ではなく、千秋達のすぐ側にまで危険が迫っている事を知っていながらも、指を咥えてただ黙って見ている事しかできない。
 何もしてやれないことに歯がゆさを覚え、自分のことを情けなく思った。
 ふと肩に何かが触れる感覚に、桂木は後ろを振り返った。そこに立っていたのは、桂木の肩に手をのせた軍服姿の男。そのときになってようやく気が付いた。いつの間にか時刻は午後十二時、プログラム監視の交代時間になっていたのだと。
「お疲れさん。あとは代わりにやっておくから、次の交代時間までゆっくり休んどきな」
 頭からヘッドホンを外しながらいそいそと席から立ち上がる桂木に、交代に来た兵士はにこやかな顔をして言った。彼もまた、プログラムを間近から観戦できるという事が楽しくて仕方がないといった様子だった。
 桂木は何も言わずに頭を下げ、足元で絡み合っているコードを慎重にまたいでから、そそくさと席から離れようとした。不気味に笑む兵士の慈悲の欠片すら無き姿をこれ以上見ていると、気分がさらに悪くなりそうだったから。だが再び、誰かに肩を掴まれる感覚に、桂木の身体は引き止められた。
「ちょっと話がある。ついてこい」
 木田聡だった。彼は桂木を引きずるように管理ルームの出入り口へと向かい、そのまま廊下へと踏み出す。
 そんな突然の事に、無理矢理に肩を引っ張られた桂木は訳が分からず、ついつい慌てふためいてしまった。
「お、おい。何処に行く気だ?」
 少しうわずった様子の声を上げるが、木田はまるで聞いてないのか黙ったまま。
 桂木の身体を引っ張りながらずかずかと前を歩く彼はわき目も振らずに、木造の廊下を真っ直ぐ突き進む。同僚を引きずって歩くその姿はかなり滑稽で、すれ違う他の兵たちに何度も振り向かれもしたが、彼は全く気にする様子も無かった。
 二人はすぐに、ある教室の前にたどり着いた。そこは今回のプログラム管理には全く使用されていない、ただの空き部屋。出入り口には黒い汚れの染み付いた古ぼけた木製の引き扉が立ちはだかっているが、長い年月の間に枠が変形してしまっているのか、妙にがたついている。
 木田はがたがたと音のする扉を開き、自身と桂木の身体を室内へと滑り込ませる。そして人目から逃れようとしているかのように、振り向きざまに扉をしっかりと閉め切ってしまう。すると、隅に何台かの勉強机と椅子が積まれている以外には何も無い教室は、外からの物音が遮断され一瞬にして静まり返ってしまった。
「どういうつもりだ? こんな何も無い部屋に連れてきて」
 桂木は少し様子のおかしい木田の顔を覗き込んだ。すると、桂木と向き合う形で立つ木田もまた真剣な眼差しで、こちらの顔を見据えてくる。なにか重大な話でもあるのだろうか。
「なあ桂木。お前、本当にこのプログラムを黙って傍観し続けるつもりか?」
「えっ?」
 予想だにしなかった相手の質問に、ついうろたえてしまった。
 桂木の反応を見た木田は、何やら考えに確信を持ったらしく、小さく頷き、
「やっぱりな。最初に思ったとおり、今回のプログラムには、お前となんらかの関係がある人物が参加させられている。そうだろ?」
 と続けた。木田の言動はあまりにも正確に的を捉えており、それに対する言い訳をとっさに考え付くことは出来ない。眼鏡の下で真剣な眼を光らせている木田を前にして、桂木は黙り込んでしまった。
 なんなんだこいつは? まるで俺の考えていることを読み取ったかのように、何故そんなことが分かるんだ?
 桂木は疑いの眼差しで相手の顔を見た。
「何を驚いている? 心配そうな表情をしながら一心不乱に特定の生徒ばかりを監視し続けている姿を見れば、お前が何を考えているかなんて容易に想像できるだろう」
 木田は腕を組みながらそう言った。どうやら桂木の隣の席に座っていた彼は、こちらの様子を気にし続けていたらしい。
「いつから気づいてた?」
「お前の様子がおかしいと思い始めたのはもちろん、『プログラムを止められないかな』とかいった発言を聞いた頃からだ。それからプログラム監視を続けながら、横目でお前の様子を窺い続けているうちに、なんとなく今の考えにまとまっていった。それだけのことさ。なあ桂木、そろそろいいだろ。今回のプログラム参加者とお前の間にどんな関わりがあるのか、話してくれないか?」
 一歩前に踏み出した木田の足元で、板張りの床がギギッと音をたてて軋む。
 桂木は悩んだ。自分が抱いている思想は少なからず反政府的な領域に踏み込んでおり、もしもこれが明るみに出たならば、我が身までも危機にさらされるだろうと分かっているから。
 しかし、考えていることの半分程度は既に木田に知られてしまっているようなので、今さら隠そうとしてもあまり意味は無いかもしれない。
 話すべきか話さないべきかしばらく悩み続けた末、桂木はついに決断を下した。話すことにした。包み隠すことなく何もかも。
 国家に対して妄信的な考えしか持たない連中の中で、木田は数少ない信用できる人物だ。だからこそ、彼には本当のことを話しておくべきなのかもしれないと考えたのだった。
「他に漏らさないと約束できるな」
「ああ」
 話す前に少しでも気を落ち着かせようと、桂木は一度大きく息を吸った。
「察しの通り、今回のプログラム参加者の中には、俺と関わりのある人物が存在する。女子三番、春日千秋――松乃屋に度々足を運ぶ俺に、彼女は温かな料理と笑顔を決まって与えてくれる――ただそれだけのつまらない関係だ。だけど俺にとっては彼女の存在はとても大きい。絶対に死なせたくないと思っている」
「自分の命と引き換えにしてでも?」
「ああ、そんなことで彼女を助けることが出来るなら、この命、惜しむことなく差し出せるつもりだ」
「そうか」
 木田は少し複雑な表情を浮かべた。そして黙り込んで何やら深く考え事をしているようだったが、少しして再び話し出す。
「俺を信じて話してくれてありがとうな。お前の考えは大体分かった。そして協力してやる価値があるかどうかも」
「協力?」
 意味深な木田の発言に、桂木はついつい聞き返してしまう。もちろん、次の瞬間に木田の口から信じられないような言葉が飛び出すとは、このときは予想すらしていなかった。
「手を貸してやるよ。お前が大切に想うその娘を助け出すために」
 その言動には心底驚かされた。木田の言う「協力」という言葉は、どう考えても春日千秋を助け出したいといった思想に対するものだ。だがそれは同時に、国を守る軍人でありながらも政府に抗うということをも意味しており、先にも考えていた通り決して許されることではない。
「分からない。なぜこんな馬鹿げた思いに手を貸そうとする?」
 いくら付き合いの長い者の力になってやりたいのだとしても、それ相応の重大な理由が無い限り、命を賭けるにはリスクが大きすぎる。
 木田の考えを理解できなかった桂木がこう問うのは当然のことだった。
「自分が大切に思う子が死ぬことの苦しさは、痛いほどに分かっているからさ」
「えっ?」
 頭の中でなにやらただならぬ予感が走る。
「すまない桂木、哀れみの目で見られるのが嫌でずっとウソをついていた。俺の息子は高校になんて進学していない――それ以前に死んでしまったんだよ。五年前に起こった兵庫県立中学校竹倉学園大火災に巻き込まれて――」

【残り 二十四人】
←戻る メニュー 進む→
トップに戻る



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送