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−鉄筋魔城の惨劇(14)−

 つい数時間前までは、さんさんと照りつける陽光が眩しいとさえ思っていたのに、今はどんよりとした雨雲に天空を支配されてしまったせいか、島全体がとても薄暗い。まるで無理矢理に殺し合いを課せられた生徒達の心情を、そのまま表しているかのように。
 汚れた雑巾のような色をした空を、男は窓際の壁に寄りかかってカーテンの隙間からじっと見つめていた。すると、部屋の奥で何やら作業していた女が手を止めてこちらを振り向き、雨は降り始めたかと聞いてくる。
 男はただ、いいや、とだけ返した。普通ならこの会話はそこで終わるはず。なのにこの女は妙に突っかかってくる性格をしており、どうしてそんな棘のある言い方しかできないの、だとか、もう少し柔らかく話しなさいよね、だのいちいちうるさい。だから、はいはい、と適当にでも返しておく。こうでもしなければ、非建設的な言い合いがいつまでも止まりそうになかったから。
 すると女は呆れたような顔をしてそっぽを向き、自分の作業へと戻っていく。今までろくに話したこともなかったから知らなかったが、どうやら二人は性格的に反りが合わないらしい。まったく、とんでもないヤツと組んでしまったものだ。
 といっても、そんなくだらない理由でこの女と別れてしまってはただの馬鹿だ。おそらく向こうも全く同じことを思っているはず。お互いが持つ能力には利用するだけの価値があるため、プログラムという危機的状況下では、それを大いに活用しない手はない。なので、性格的に合わないというだけの理由で、離れ離れになるわけにはいかない。同じ場の空気を吸わなければならないのは少々酷ではあるが、それもしかたあるまい。
 とりあえず雨が降り出すまではもう少し時間がかかるだろうと分かると、男は僅かに開いていたカーテンを完全に閉め切って、外から誰かに見られるかもしれないという万が一の可能性をゼロにした。
 外界から隔離された空間の中では、特にすることもなく暇を持て余していたので、窓辺に寝転がせてあった“紅月”を持ち上げて、何気なく弄ばせた。ずっしりとした重量が手に伝わると、懐かしいといった気分になってくる。これはもう自分が育った環境のせいだと断言できる。
 紅月を弄んでいたとき、そばに置いてあったレーダーの画面に何故か目が行った。政府から生徒へとランダムで支給されていた武器の一つであるこのレーダーとは、会場内にいる生徒達の居場所が簡易的にだが分かるという、なかなか優れたものである。といっても、デジタル画面に表示されている数十の赤いドットが誰を表しているのか、そこまでは分からないが。
 男はレーダーの画面を見たとき、ある一点に注目した。ここから一キロもない所に集まっている四つの反応。たしかこの場所には、少し前までは赤いドットが七つ集まっていたはず。短期間の内に反応が三つも消えてしまったのは、いったいどういうことなのだろうか。
 男は少し考えていたが、回答の用意されていない問題に頭を捻るのは愚かだと思い、思考を途中で中断させた。そして紅月を携えたままの状態で立ち上がり、部屋の出入り口へと歩みだした。すると作業に没頭していた女が驚いたように振り向き、
「何処に行く気よ」
 と聞く。何処に行くのかいちいち説明するのも面倒だが、かといって黙って出て行くわけにもいかないので、少ししゃくだが素直に答えることにする。
「七つ集まっていた反応のうち三つが消えた。気になるから様子を見てくる」
 すると女はまたお決まりの呆れた表情をする。
「アンタ馬鹿? 反応が消えたということは、その子たちは殺されたってことでしょ。危険よ、そんな場所に行くの」
「危険はない」
「何を根拠にそう言えるの? 集まっているからには好戦的な者達ではないだろうとでも思ってるの? あるいは自分は何処に行こうと死にはしないって過信でもしてるの? それとも――」
「黙れ」
 どすの利いた声でそう言うと、まくしたてるように話していた女が、吐き出そうとしていた言葉を喉に詰まらせ、急にぐっと押し黙った。
「手を組んでいる以上は、俺が何処に行こうとしているのかは教えよう。だが、密かに抱く思想までもを明かすつもりはない。分かれ」
 女から返事が返ってくる様子はない。これ以上は何を言っても無駄だと理解したようだ。
 直立姿勢のまま黙ってしまった女の前を横切り、そのまま部屋から出て行こうとした。だが、あと一歩で廊下に出るというところで、
「帰りのときでいいから、ついでにあの場所の様子も見てきてくれない」
 と、女が背後で呟いた。
 廊下へと踏み出そうとした足を引き戻し、再び室内の床に下ろした男は女の方を振り向く。
「降るのか?」
「降るよ」
「いつ?」
「もうじき」
「なぜ分かる?」
「ここが播磨灘に浮かぶ孤島だという説明はしたわね」
「ああ」
「昨日テレビで見た週間予報では、今日の午後から兵庫一帯の降水率が九十パーセントとなってたわ。だからよ」
 そこで淡々としたやりとりがひとしきり終わる。男は「暇があれば見てきてやる」とだけ言い、今度こそ部屋から出て行こうとした。もっとも、雨が降り始める頃まで帰ってこれないほどに、たかが数百メートルの往復ごときに苦労するのかは疑問だが。
「レーダーは?」
「必要ない。今のところ四つの反応のある場所までの直線上付近には誰もいないようだし、よほど時間をかけない限りは、身が危険にさらされることはないはずだ。そもそも、そのレーダーはお前の物。それで自分の身をしっかりと守るんだな」
 振り返りもせず男は答えた。出口へと向かう途中、背後から「死ぬなよ」と聞こえたが、それにも特別に返事はしなかった。

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