049
−鉄筋魔城の惨劇(9)−

 二年前の十月某日、実に七十人以上にも登る学童達が紅蓮の炎に飲み込まれ、尊き人生に一斉に幕を閉じるという、まさに歴史上まれに見る大惨事、兵庫県立松乃中等学校大火災は起こった。そしてそのニュースは大東亜中を駆け巡り、かつてないほどに人々を震撼させた。
 事件直後、テレビやラジオの電源を入れても、飛び出してくるのは火災関連の話題ばかりで、新聞紙上を賑わせていたのも、『瓦礫の下から新たに焼死体発見』だとか、『化学実験準備室が火元である可能性高まる』など、そういった見出しのものばかりだった。
 和室の隅に置かれた年代物のテレビ画面には、現在も火災現場の生々しい様子が映し出されており、周りでは警官隊や消防隊が忙しそうに走り回っている。マイクを固く握ったリポーターは、それらを一望できる位置に立ち、カメラに向かって少し興奮気味に現場の状況説明をしている。
 連日続く悲惨な報道に、もはや嫌気が差していた少年は、側に置いてあったリモコンを掴み、画面内で喋り続けているリポーターに狙いを定めるように向けて、赤い電源ボタンに当てていた親指に力を入れた。途端、画面内に映し出されていた全てが消え去り、スピーカーから聞こえていた耳障りな声も止まり、部屋の中は静寂に包まれた。
 少年は、真っ暗となったテレビ画面を少しの間眺めていたが、すぐに手にしたままだったリモコンを放り出し、部屋の隅にうずくまるようにして座り込んだ。もう何をする気も起こらなかった。
「なに仏像みてぇに黙り込んでんだ? ほら、さっさと立ち上がって手伝え」
 突如部屋に入ってきた、地蔵のごとく丸坊主頭をした中年の男が、コタツの中の猫でも掴み上げるかのように、首根っこを乱暴に掴んできた。
 表面のごつごつした大きな手によって、無理やり引き上げられた少年は、一度は全身を地面に直立させはしたが、もはや脱力しきっているのか、首根っこを掴む男の腕の力が抜けるや否や、すぐまたその場に座り込んでしまう。そんな様子を見て、いよいよあきれてしまった丸坊主の中年男――少年の父親は、苛立つ気分を顔の表面上にじわじわと表し始めた。
「いい加減にしろ! いつまでもイジイジとしやがって」
 しかし、少年の方も黙ってはいなかった。
「いいかげんにするんは親父の方やろ! ワイが人間の死体なんかもう見とぉないって、十分に分かっとるくせに!」
 本来平和主義者であるこの少年は、自分の親に向かって反発するなど、今までほとんど無かったのだが、ここ数日続いている“式”のせいで精神的に参ってしまい、そのせいで、もはや自分の言動すらコントロールできなくなっていたらしい。しかし、息子の気持ちを知ってか知らずか、坊主頭の父親は聞く耳も持たず、
「しゃーないやろ、家の仕事なんやから。さあ時間も無いし、いつまでも文句たれてんとついて来んか」
 と言って、嫌がる少年を引っ張っていった。
 黒い喪服を無理やり身に纏わされた少年、杉田光輝は、うんざりとした表情のまま本堂へと踏み込んだ。そう、何を隠そう、彼の実家は寺院を営んでおり、父親はそこの住職なのである。父が丸坊主頭をしているのもそのためだ。
 本堂では既に式の準備が始まっていた。式とはいっても、決して結婚式のようなめでたい行事ではない。死者を弔うために行われる葬式のことである。
 光輝の家の寺では、ここ数日、毎日のように葬式が行われており、住職である父は、近年まれに見る忙しさに追われていた。それもこれも、先日起こった近所の中学校火災のせいである。何十人もの生徒達が同時に亡くなり、死んだ人数分の葬式が短い期間内で一斉に行われる。そうなってしまうと、もはや住職に休む暇など無い。
 あまりに忙しいスケジュールに参ってしまった父親は、自分の負担をほんの少しでも軽減させるべく、光輝に何かと手伝わせていた。雑用係を押し付けられた光輝は、些細なことで怒鳴り散らす父に反抗し続けることも出来ず、しぶしぶながら会場の準備に加わらねばならなかった。だが、彼が憂鬱となる理由は、なにもそういった雑用が面倒だからというわけではない。
 松乃中等学校生徒であった光輝は、もちろん数日前の大火災に巻き込まれはしたのだが、避難するのが早かったため、運良く怪我一つ負わず事無きを得た。しかしそれはあくまでも肉体的な話であり、精神面でのダメージはとてつもなく大きく、その弱りきった精神に圧し掛かってくる事実、同じ学校に通っていた生徒たちの何人もが、火災によって命を落としたという話には、もはや耐えられなくなっていた。
 同校の者の葬式を無視するわけにはいかないだろう、と父に言われ、既に光輝は毎日のように、連続して葬儀場に出席させられている。
 飾り気のない木の棺の中に眠る遺体を取り囲むように座り、木魚の音と念仏が支配する空間の中、ハンカチで目頭を抑えながら、ひっひっ、と嗚咽を漏らす遺族達。やがて、別れを惜しむように詰め寄る家族にも構わず、棺は火葬場へと運ばれていく。そんな悲しみのみに満ち溢れた場の様子を見るたびに、光輝の気分までもがどんよりと曇っていくのだった。
 死に悲しむ人々の姿を見るのは、もうまっぴらごめんだ。それに、死んでしまった同校の生徒達のことを思うと、胸が焼け焦げそうなほどに熱くなる。だからもう、何もかも忘れてしまうために、人の死を思い出させる葬式なんかに、二度と顔を出したくはなかった。だが、嫌がる光輝をあざ笑うかのように、焼け落ちた校舎の瓦礫の下からは、次々と生徒達の遺体が発見されて、葬儀の話は毎日のように舞い込んでくる。
 来る日も来る日も葬式尽くし。終わりの見えない悲痛な日々を送り続けているうちに、いつしか無限回廊にてぐるぐる回り続けているような気さえするようになった。
 葬儀のたびに、火災現場から運び出されていく級友達の黒こげ死体を思い出し、疲れ切って布団の中に潜り込むと、なぜか涙があふれ出す。そうやって眠れぬ夜を過ごしている内に、瞬く間に日が昇り、光輝を叩き起こしに来た父親が、明くる日もまた悲しみばかりに満ち溢れた空間へといざなおうとする。
「光輝! いつまで寝てやがる! さっさと本堂に来い!」
「光輝! また遺体が見つかったらしい! いつまでもダラダラしてねぇで、さっさと支度しろ!」
「光輝! 人手が足らないんだ! 棺桶運ぶの手伝え!」
 嫌や嫌や! ワイはもう葬式なんかに関わりとぉない! 人間の死に触れとぉないんや!
 光輝を引きずる父へと向けて、自分の気持ちを分かってもらおうと、何度も何度も訴えかけた。
 毎日毎日葬式ばかり。いったい、いつになれば平穏な日々が戻ってくるのだろうか。もはや溜息を出すことすら辛く感じられるほど疲れ果てていた。だが結局、葬式はその後十数日間、休むことなく毎日のように続いた。

 そして今、光輝はプログラムという新たな地獄へと導かれてしまい、もう二度と関わりたくなかった人間の死に、否応なしに再び触れなければならなくなってしまった。自らが死ぬことよりも、それは彼にとってはさらに苦しいことだったのかもしれない。
 プログラム開始以来、もう何度も身に感じてしまった級友の死によって、二年前の悲しみが呼び起こされて、胸が焼け焦げる思いだった。
 もう誰に死んでほしくない。だから、亜美を殺した犯人を陽光の下に引きずり出して、二度と殺戮を犯さぬよう拘束する。そうすれば、少なくともこの建物内にいるメンバーの中から、さらなる死人が出ることはないはず。
 そう考えた光輝は、先に上階へと上っていった猛たちと合流し、一刻も早く殺人者を探し出すため、階段を急ぎ足で駆け上がった。
 四階に着いたとき、光輝はあることに気がついた。階段から真っ直ぐ伸びる短い廊下の右側で、扉が一つ、ほんの僅かだが開いている。自分の記憶が正しいなら、その扉は完全に締め切られていたはず。
 もしや、その扉の向こうに、亜美を殺した犯人が隠れているのではないだろうか。と考えた光輝の胸が、どくんと大きく波打った。しかし、その心配は無用だったと、すぐに肩をなでおろすこととなった。恐る恐る扉へと近づいていくうちに、中から聞き覚えのあるすすり泣きが聞こえたのだ。
 光輝は真緒の呼び声を聞きつけ、階段を急いで下っていたとき、すれ違いに由美子が上階へと上がっていったのを思い出した。どうやら、この扉の向こうには、由美子が一人で隠れているらしい。おそらく、彼女もまた、目の前で続けざま起こる人の死に、怯えてしまっているのだろう。
 光輝は由美子をなだめてやろうと考え、僅かに開いていた扉のノブをひねり、ゆっくりと押した。
「小島? 大丈夫か?」
 空間内部へとそう呼びかけようとした瞬間だった。僅かに開いた扉とドア枠の隙間から飛び出してきた刃物が、ブレザーとワイシャツを楽々と貫通し、胸のど真ん中に深々と突き刺さった。
 胸が熱く焦げるような感覚。それは人間の死に触れることによって、これまで光輝が苦しみ続けてきた感覚を、はるかに凌駕したものだった。
 自分の服が瞬く間に真っ赤に染まっていく様子に驚いた光輝は、扉の隙間へと視線を上げた。すると、暗闇の中にぼんやりとだが、震える手で血に染まった刃物をしっかりと握り締め、怯えた目つきでこちらを見ている、小島由美子の姿があるのが確認できた。

【残り 二十六人】
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