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−鉄筋魔城の惨劇(5)−

 トランプを使った代表的なゲームとして、「ババ抜き」という遊びがある。
 二人以上なら何人でも遊べるこのゲーム、ルールはとてつもなく簡単。一枚のジョーカーを含む五十三枚のカードを、参加者達に均等に配ってからがゲーム開始。隣の人のカードを順に一枚ずつ引き、同じカードが揃えば手放すことが出来る。そうやって自分の手札を減らしていき、全てのカードを手放したときにゲーム終了。最後までカードを捨てきれなかった者がゲームの敗者となる。
 このとき、敗者が捨てきれず持っているカードは必ず、ペアの存在しないジョーカーとなる。要するにこのゲーム、いかにしてジョーカーを手放すかが、勝敗の鍵と言える。
 ところが、ババ抜きの発展系である「ジジ抜き」というゲームでは、ほんの少し様子が違う。
 ジジ抜きではジョーカーは使われず、代わりに五十二枚の数字カードの中から、ランダムで一枚をゲームから除くという形式をとる。つまり、一から十三の数字カードの中、とある数字のみが三枚しか存在しなくなる。そうなると、枚数が奇数となったその数字のみ、最後までゲームから消え去ることはなくなり、必然的にジョーカーの役割を果たすこととなる。
 ジジ抜きの面白いところは、参加者達の誰しもが、自分の手札にジョーカーが潜んでいても気づかないということ。普通の数字カードのふりをしたジョーカーに気づかなければ、敗北への道を突き進み続けることとなってしまうのだ。
 それはプログラム中でも同じこと。普通のカードに擬態したジョーカーに気づかなければ、たちまち手札の中で自然崩壊が始まってしまう。今まさに、廃ビルに集まったメンバー達は、それと同じ危機を迎えようとしていたが、誰もそのことには気づいていない。
 遥か上空で光り輝く太陽により、プログラム会場鬼鳴島全体が、今や明々と照らされている。数時間前まで雨が降っていたとは、とても思えない。
 全てを明るく照らすその光のシャワーは、当然、島内にいる我が身にも降り注ぎ、その存在をはっきりと浮かび上がらせてくれる。
 だが、地上に存在する全ての生命を司っているはずの、創造主太陽神の輝かしき恵みの光でさえも、暗黒の底に身を潜ませている我が心を、照らし出すことは出来ない。よって、我がいかな邪悪な思いを秘めていようとも、誰一人それに気づかない。まさに思うつぼだった。
 仲間の死を知らせる放送を耳にしたり、目と鼻の先で起こった銃撃戦など、度重なる事態を身近に感じ続けた一同が、精神を徐々に衰退させていく。そんな様子を、大半を闇に支配された心の中から、我が第三の目はいつも見ていた。
 皆がそろそろ精神的に限界を迎えようとしているのは、それぞれの心の中を覗き込まずとも一目瞭然だった。
 愉快だった。自分の目の前を行き来する者達が、徐々に弱っていく様子を見ているのも、偽善の仮面の裏に潜む我が本性に、全く気づかぬ愚か者達に向けて舌を出すのも。
 だがそれでも、募りに募った欲求は、いつまで経っても解消されなかった。目の前で繰り広げられるのは、ごく微かな心理的変化ばかりで、生命のやり取りというメインイベントは、一向に起こる気配を見せなかったからだ。
 あまり目立つ行動をとりたくは無かったが、どうやらこのままじっとしているわけにもいかないらしい、と、そんなことを考えているうちに、気がつけば、重い腰が持ち上がり、手足が勝手に動き出していた。手札に混じったジョーカーに、いつまでも気づかぬ愚か者、そんな奴らに絶大なる不吉を与えるべく。
 そして今、自らの足元を見下ろすと、我が手にかかった少女の成れの果てが、力なく転がっている。
 同族の者を手にかける。それは人間として生まれた以上、絶対に行なってはならぬ、最上級の禁忌。なのに自分は、まるで空気を吸うことと同じくらい当然のことのように、それをあっさりとやってのけてしまった。まるで自分に憑依した何かによって身体を操られていたとでもいうように、とまどいなどなく、ごくごく自然に。
 罪悪感などは全く感じなかった。いや、むしろ空腹状態だった胃の中が、ほんの少しだけ満たされたような、そんな気持ちの良さすら感じた。
 自然と顔がニヤけてしまう。だがいつまでもそのままでいるわけにもいかず、すぐさま元の緊迫した表情へと作り変える。
 危ない危ない。もしもこんな表情を誰かに見られたならば、たちまち不審感を与えてしまうところだ。自然に溢れてくる快楽の表情に、これからは気をつけねば。
 粘土のように手で表情を練り固めると、すぐに本当の顔は仮面の裏に隠れてしまった。誰がどう見ても、緊張に強張った様子にしか見えない。我ながら大した演技力だ。
 さて、もう少し自ら動くことにするか。運命の悪戯か、この鉄筋の城に集まったメンバーの中に、“あれ”を目にしたという人物が、偶然にも二人もいることだし、さらに幸いなことに、メンバー達の精神はもはや崩壊寸前。ほんの少しのきっかけを与えさえすれば、後は勝手に壊滅へと向かってくれるはず。何も全てに関わる必要は無いのだ。
 これから見られるであろう、恐怖に怯える者たちの歪んだ表情を思い浮かべると、練り固めたはずの表情が緩み、口元の両端が、また不気味につり上がってしまった。

【残り 二十七人】
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