041
−鉄筋魔城の惨劇(1)−

 山中にたたずむ、灰色に薄汚れた五階建ての廃ビル。その中に今、七人の少年少女たちが篭城している。だが敵に発見されることを恐れている一同は、無駄に騒いだり物音を立てたりしないように気づかっているため、建物内はしんとしている。
 また、ここ数時間ほど、何処からも銃声や悲鳴など聞こえたりはせず、島じゅうがいたって静かだった。しかし敵はいつ迫ってくるか分からないため、油断だけは禁物である。
 ビル内にいるメンバーの内何人かは、現在建物周囲の監視に勤しんでいる。
 グループ全体の装備が乏しいので、敵が接近している際に、それにどれだけ早く気づけるかということが、生存の鍵を握っているといっても過言ではない。幸い、日が昇ってからは外よりも建物内のほうが暗いため、窓から外を窺っても、敵によって先に発見されるという心配は、いくらか軽減されているはず。
 監視は交代で行われることになっており、磐田猛(男子二番)は手の空いている今、建物全体を見て回っている。緊急時の脱出経路などを把握したいのだそうだ。
 同じ頃、戦闘に役立たずの双眼鏡(今は監視役の子に貸している)に代わる武器を欲していた春日千秋(女子三番)も手が空いていたので、何か役に立ちそうなものはないかと、置き去りの資材の山をかき漁っていた。しかし、同じく手空きだった羽村真緒(女子十四番)に「話がしたいから来て欲しい」と言われたので、資材の山から離れて真緒の後について行った。
 幼馴染の親友に連れられて千秋が訪れたのは、ビル最上階の広間。昔は何かに使われていた部屋なのだろうけど、今は部屋の隅に潰れたダンボール箱が積まれている以外には何もない。
 先に広間に踏み込んでいった真緒が、窓に寄りかかって外を眺め始めたので、千秋もそれに習って窓の外へと目をやった。
 ビルを取り囲むように鬱蒼と繁る森林が広がっている様が見えた。そして森林の果てには、今や無人となっているはずの住宅地。北東から南西へと真っ直ぐに伸びた海岸線。日の光を乱反射させ、宝石が散りばめられているかのような輝きを見せる大海原。曲線を描いたような地平線。
「きれい……」
 高台から見下ろしたその壮大な光景に見とれ、千秋は自然とそんな言葉を漏らしていた。
「本当。自分達は殺し合いゲームに参加している最中だなんて、忘れてしまいそうなほどに……」
 真緒が呟いた。その口調はとても穏やかだったが、目つきはどこか哀しげで、今にも泣き出しそうに思えた。しかし彼女は千秋に気を遣ってか涙をこらえ、毅然とした態度を装っていた。もっとも、それは単なる強がりに過ぎないと、千秋にはバレバレだったが。
「でも、真緒と再会できて本当に良かった。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないと思っていたから」
「私も、亜美に連れられてここに着いたときは不安だったけど、千秋が磐田君に連れられて現れたときは、本当に嬉しかった」
 二人が再会を果たして以来、この会話が何度交わされたか数え切れない。
 二年前の松乃中大火災で、千秋たちは親友の一人であった醍醐葉月を失い。そして、プログラム開始直前に、相沢智香までもを失った。残ったのは千秋と真緒の二人だけ。それだけに、お互いにとって、最後に残ったたった一人の親友は、絶対に手放してはならない存在だったのだ。
「で、話って何?」
 千秋が聞いた。すると真緒は眉の両端を下げて、少し戸惑ったような表情を見せて言った。



「あのさ千秋。智香って本当に死んだのかな?」
「えっ?」
「いや、おかしなことを言ってるのは自分でも分かってるよ。だけど、私には信じられないんだ。あの元気いっぱいの智香が、もうこの世にはいないだなんて」
 彼女が言いたいことはなんとなく分かった。プログラムに巻き込まれてしまったという事実自体、千秋もしばらくの間は夢ではないかと疑い続けていた。ましてや、親友の一人が首輪を爆破されて死ぬという非現実的な光景を、事実として受け入れることはしばらくできなかった。いや、受け入れたくなかっただけなのかもしれないが。
 千秋は、悪い夢なら覚めて欲しいと思い続けてきた。しかし、何人ものクラスメートの死や変貌ぶりを目の当たりにしてきた今なら、自分が見てきたものが夢なのか現実なのかぐらいすぐに分かる。紛れも無い現実だ。
 しかし、真緒はまだ信じられていないらしく、純情無垢の彼女らしいな、と千秋は思った。
「もしも、これが夢ではなくて現実だったなら、私は、智香を殺した、あの田中とかいう男の人を、絶対に許さない」
 真緒は他人に憎悪を抱くことなど無い、気の良い性格の持ち主であるはずだが、このときばかりは瞳の中で怒りを燃え上がらせていた。 
「死んだ智香のために酬いてやるんだって、そんな気持ちでいっぱいなんだ。だから私は、まだ死ぬわけにはいかない。それに……」
「それに?」
 真緒は一呼吸置いた。
「私、決めてたんだ。動物好きの親友が目指していた、動物のお医者さんになるっていう夢を、かわりに私が果たしてやるんだって」
 真緒が言う親友とは、もちろん二年前の火事で死んだ醍醐葉月のことである。
 千秋も昔、葉月の口から「医者になって、たくさんの動物達の命を救うことが夢だ」と何度も聞かされていた。だが彼女はそれを叶える前に、炎に全身を焼かれ、死んだ。千秋たち三人に見殺しにされてしまったせいで。
 以来、責任を感じた真緒は、葉月が生前に言っていた「動物の医者になる」という夢をかわりに継ぐと決めたのだ。葉月に対しての、真緒なりの償いだったらしい。
「そういうわけだから、私はまだ死ぬわけにはいかないの。だけど……」
 そこまで言って、真緒は口を噤み、表情を曇らせた。千秋は、真緒が何を考えて言葉を止めてしまったのか、なんとなく分かった。
「プログラムのルール……最後の一人になるまで殺し合わなくちゃならない……。償いのために生きようとするならば、あたしに死んでもらわなければならない。そういうことね」
 千秋の言葉に、真緒はゆっくりと頷いた。しかしその直後、真緒は千秋へと駆け寄って、そして、抱きついた。
「だけど、私にそんなことができるはずが無い! 私の大切だった人は皆死んで、残っているのは千秋だけ! 私、千秋と再会するまで、一人でいて本当に不安だった! もう二度と千秋と離れ離れになんてなりたくない! じゃあ、私はいったいどうすればいいの?」
 千秋の胸の中で泣き出す真緒。これまで堪えていたものを一斉に流し始め、小さな身体を小刻みに震わせるその姿は、人殺しなどできるはずも無いほどに弱々しく思えた。
 千秋は真緒を強く抱き返した。
「バカなこと言わないで。あたしたちはもうずっと一緒よ。もちろん、この島を出るときも。そう、何かあるはず、ここから逃げ出す方法が。だから諦めないで一緒にがんばろうよ」
 お互いを抱き合った体勢のまま、二人はしばらく動かなかった。再会したときも、お互いの存在を確かめ合うように抱き合っていた彼女達だったが、いくら抱いても抱き足りないといった、そんな感じだった。
 真緒の震えが止まるまで、どれだけの時間を要したかは分からない。
 お互いの体温を十分に感じた後に、二人はゆっくりと身体を離し、顔をじっと見つめ合った。
「ごめんね千秋……私が弱いせいで、いつも迷惑かけちゃって」
「そんなことないよ。あたしだって、真緒が側にいてくれなかったら、きっとおかしくなっちゃうよ」
 相手のために微笑んでみせる二人。プログラムに巻き込まれるという極限状態の中、二人の絆は壊れるどころか、むしろさらに深まっていた。
 あの男の言いなりになって殺し合いだなんて、誰がするもんか。あたしは真緒と、そして他の皆と一緒に、この島から出てやる。
 千秋はそう決心した。そんなとき、まるで千秋の決心を吹き飛ばそうとしているかのように、どこかから複数の銃声が聞こえた。

【残り 二十八人】
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