037
−狂乱の森の再会(2)−

 土屋怜二(男子十二番)は、住宅地のはずれから山へと入り、斜面をゆっくりと登っていた。
 山の中は狭い間隔で立ち並ぶ木々のせいで、住宅地の中と比べてとても視界が悪い。殺意を抱いた敵がどこかに潜んでいる可能性もあり、大変危険だ。だが、彼はそれでも山へと入り、登っていかねばならなかった。数時間前に死んだ宮本正義との約束を果たすために。
 正義とした約束とは、足を怪我し、たった一人では歩くことすらままならない状態の武田渉を見つけ出し、力になってやる、ということだ。
 同じサッカー部員として長き時間を共に過ごしてきた怜二は、渉の足の怪我の深刻さをよく分かっている。正義が言ったとおり、渉一人では、この狂気に満ちた島の中で生き抜くことは、まず不可能だ。それだけに、事は急がなければならない。あまりぐずぐずしていると、その間に渉が何者かの手にかかってしまうかもしれないのだから。
 怜二は正義たちが流れ着いた地点から、ずっと川沿いに歩いてきた。渉とは一緒にいたという正義の話から察するに、彼らが濁流に飲まれたとき、おそらく渉はその近くにいたのだと考えられるからだ。ならば、この川の上流へと向かって歩いていけば、どこかで再会できるかもしれない。
 もちろん、山歩きの際に川や沢などの側を歩くのは、転落などの危険があると聞いたことがあるので、川とは常に五メートル以上の距離を保って歩いていた。(これを守らなかったがために、久川菊江が川に転落したのだということは、怜二は知りもしない)
 また、歩きながら周囲への注意を怠ったりはしない。敵の接近にいち早く気づくためでもあるが、それだけではない。
 一人では自由に歩きまわれないという渉ならば、下手に動かずに、どこかに隠れてじっと身を潜めているということも考えられる。もしそうだったなら、木陰や茂み等への注意を怠っているうちに、隠れている渉の存在に気づかず、素通りしてしまう恐れもある。そんなマヌケなことだけは、絶対に避けねばならない。
 渉は自分が犠牲になってでも、他人への思いやりを優先させるような、良くも悪くも出来過ぎた人物だ。そもそも、彼が火事のときに逃げ遅れて足を怪我してしまったのも、その行き過ぎた思いやりが招いた悲劇にすぎない。
 怜二は知っている。渉が火事場から逃げ遅れてしまったのは、襲い来る炎に恐怖しパニックに陥ってしまったクラスメートたちを、出口へと誘導し続けていたせいだったと。もし、彼が他人の命を守ることよりも、まず自分の身の安全を確保していたなら、足に怪我を負うことなど無かったはずだ。
 おそらく、「まずは他人」という自分の信念に嘘をつけず、危険を冒してまでその通りに行動してしまった彼のことを、心の中でバカ正直すぎると罵る者もいることだろう。しかし、少なくとも怜二は、そんなバカ正直すぎる渉のことが、友達として嫌いではなかった。だからこそ、彼を探し出すのに真剣だった。
 渉……お前は今何処にいるんだ……?
 渉を探し始めてから、とっくに二時間以上もの時が経過してしまっている。六時の放送で渉の無事が確認できたとはいえ、だいぶ山を登ってきているというのに、未だに彼を見つけられないという現状には焦らずはいられなかった。
 ヤバイ奴に見つかったりはしてないだろうな、渉のやつ。
 そんなことを考えていると、頭の中にふと一人の少女の姿が浮かんだ。包帯ずくめの外見から、独特の雰囲気を漂わせている御影霞。
 怜二の元に流れ着いた正義は、死に際にこのようなことも言っていた。自分達をこんな目に遭わせたのは御影霞だ。だから、お前も奴には気をつけろ、と。
 正義が言ったとおり、四人を水中に沈めた彼女はおそらく、これからもクラスメート達を殺す気でいるのだろう。理由は――全身を覆っているあの火傷が関係しているのかもしれない。
 それを知ってから、怜二は頭の隅である考えに悩みはじめていた。
 二年前の火災のとき、自分がとった行動は、もしかして間違っていたのだろうか……。
 そんなとき、どこかから銃声が聞こえたので、怜二は反射的に屈み、茂みの影に身を潜めた。だが見える範囲には誰もおらず、狙われていたのは自分ではなかったと分かると、立ち上がり、すぐに状況確認をしようと耳をすました。
 再び銃声が聞こえた。それも単発ではなく、乱射しているのか連続して何発も。そして無邪気に笑う女の声と、なんとか説得を試みようとしているらしい、男の必死そうな声も聞こえた。
 誰か襲われているのか?
 怜二はすぐさま銃声のした方へと走り出した。聞こえた声のボリュームから察するに、現場はそれほど遠くはないはずだ。
 声の主だと思われる者たちの姿は、すぐに目に飛び込んできた。松葉杖を折られて、地面に尻をついたまま身動きが取れなくなっている渉と、それに向けて今にも発砲しようとしている氷室歩だった。
 ようやく渉を見つけ出した怜二。しかし喜んでいる暇など全くなかった。二人の様子を見た途端、渉を助け出すには一刻の猶予も許されない状況だと分かったからだ。
 怜二は自分が撃たれるかもしれないという危険を省みず、二人の前へと駆け出していた。
「渉!」
 歩に銃口を向けられ、恐怖に目を閉じてしまっていた渉だったが、怜二の声が聞こえた途端、はっと目を見開いた。
「怜二!」
 渉のその声が発せられると同時に、怜二は渉の脇の下に身体を滑り込ませ、その身体を抱え上げて走り出していた。もちろん、正気を失っているのが一目瞭然だった歩の前に飛び出すのは危険だと分かっていたが、もはや悠長にタイミングを見計らう余裕すらなかったのだ。



 背後で銃声が聞こえた。だが怜二に抱えられた渉の身体の位置が急に動いたため、歩が撃ち放った銃弾はギリギリのところで外れた。まさに間一髪、怜二が飛び出すのがあと一秒でも遅れていたならば、今頃渉はあの世行きだった。
 しかしまだ安心はできない。歩の銃には、銃弾がまだ何発か残されているらしいので、彼女から見えない位置にまで完全に逃れなければ、背後からまた狙い撃ちにされてしまう。
「悪霊めぇ〜、もう一匹いたんだなぁ〜。あはっ、でも逃がさないよ〜だ!」
 案の定、歩はそこで諦めはせず追いかけてきた。幻覚を見ている彼女の走り方はフラフラで、普段の怜二なら追いかけっこで負けるはずなどない。しかし今は武田渉という一人の人間を抱えての逃走なため、簡単に振り切れはしなかった。
 そうこうしているうちに、歩が背後から発砲してくる。その狙いはやはりひどく、弾はとんでもない方向へと飛んでいるが、このまま距離を詰められてしまったら、今度こそ一巻の終わりだ。
「悪い渉! ちょっとの間目を瞑れ! あと耳も塞ぐんだ!」
 怜二はそう叫ぶや否や、渉の身体を支えていない方の手をポケットに突っ込み、何かを取り出した。栄養ドリンクのビンほどの大きさをした金属製の物体だった。
 先端のピンを口で咥えて引き抜き、急いで後方へと放り投げた。そして全力疾走しながら、渉を抱えていない方の手を頭の高さまで上げ、急いで右耳を押さえた。
 三秒後、怜二たちと歩との間で、その奇妙な物体が耳を劈くような炸裂音をあげながら破裂し、目を焼き焦がさんばかりの眩い閃光を放った。
「うぎゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 二人の背後で、歩が両目を押さえながら絶叫し、そして地にひれ伏してもがき苦しみだした。怜二の支給武器、炸裂閃光弾(スタングレネード)の威力は予想以上に強力で、その凄まじき威力を近距離から体感してしまった歩は、一時的に視力と聴力の両方を失われてしまったのだ。
「上手くいったみたいだ! もう目を開けても大丈夫だぞ渉! このまま逃げ切るぞ!」
 怜二は後ろを振り向いて、苦しみのた打ち回っている歩の姿を確認すると、僅かに安堵の表情を浮かべてそう言った。
 とっさに目を閉じ、両手で耳を塞いでいた渉は無事だったらしく、怜二の声にはっきりと頷いて返す。そして、
「怜二聞いてくれ! 俺、死ぬ前にどうしても会わなくちゃならない人がいるんだ! だけど、一人で歩けない俺だけではどうにもならない。だからどうか、力になってくれないか」
 渉は怜二に抱えられたままの状態でそう言った。だが怜二は走りながら、
「悪りぃ、よく聞こえねぇ! どうやら今の一撃で俺の左耳までもイカレちまったみたいだ! だから、話はもうちょっと後にしてくれ! とりあえず今はこの場から離れることが先決だ!」
 と言って、右耳を塞いでいた手をゆっくりと離した。
 左腕で渉を抱えていたせいで塞げなかった左の耳からキンキンと耳鳴りが響き、頭にひどい痛みを感じた。

【残り 二十八人】
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