036
−狂乱の森の再会(1)−

 武田渉(男子十一番)は、不自由な左足を引きずりながらも、松葉杖を突いての歩行を懸命に続けて、少しずつではあるが山を下っていた。
 数時間前まで一緒に行動していた仲間達、宮本正義、岸本茂貴、長谷川誠は濁流に飲まれてしまい、それからはずっと一人ぼっちでの行動だった。しかし、彼はずっと信じていた。濁流に飲まれてしまった仲間達は、まだ死んではいない、きっといつか再会できるはずだ、と。
 そんな彼の思いが、午前六時の放送によって打ち砕かれてしまったのは、言うまでもない。
 スピーカーを通して聞こえた田中の声は、確かに、宮本正義、岸本茂貴、長谷川誠、そして目の前で川に転落した少女、久川菊江の名までも、死亡者として読み上げていた。
 はじめ渉はその放送を信じられなかったが、四人が水中に没したときの状況を思い出せば、むしろあの状態から生還できる方が不思議だと思うようになった。
 四人はそもそも自然の力に負けて濁流に飲まれたわけではない。正義たちは一人の生徒によって殺されたのだ。渉も離れた場所から、それをしっかりと目撃していた。
 川に浸かっていた彼らを、頭上の橋の上からライフルのような物で狙い撃ちにした殺戮者は、間違いなく御影霞(女子二十番)だった。全身に包帯を巻いたその姿はかなり独特だし、両眼とも視力2.0を誇る渉が見間違えるはずがない。
 正義たち四人を殺した御影霞。彼女には特に注意すべきだろう。
 渉はそんなことを思いながら、敵との遭遇を避けるために、できるだけ周囲に気を配りながら前に進んだ。
 しかし、ただでさえ片足が使えない状態での山歩きは、体力の消耗が激しいというのに、さらに周囲に危険はないかと精神を研ぎ澄ませなければならない現状は、渉の精神までもを急速に疲れさせ、徐々に気力を失わせていく。
 数時間前までは、仲間達が周囲へ注意を払い続けてくれていたし、渉は歩くことだけに専念できていたため、今ほど疲れを感じたりはしなかったのだが……やっぱり側に誰かがいてくれているのと、いないのでは、全く違うらしい。
 こんなときになって彼は思った。
 二年前の火事のときに片足を砕かれて以来、自分はたった一人の力で生きてきたのではなく、たくさんのクラスメート達に支えられて生きてきた。そんな渉にとっての恩人達が今、プログラムに巻き込まれたことによって、次々と命を落とそうとしている。そんな馬鹿げたことがあってたまるか。
 怒りに任せてじだんだ踏みたい衝動に駆られるが、軸となる左足が不能となっている今は、それすらできない。
 とにかく、このままクラスメートたちが死んでいくのを、指をくわえたまま黙って見ているわけにはいかない。霞のように狂気に支配されてしまっている者達を避けながら、話の通じる仲間達となんとか再会するのを目的に、がんばって動き回るべきだ。
 渉が思うに、再会できれば心強いと思われる人物は二人。自分と同じサッカー部に所属している、磐田猛(男子二番)と、土屋怜二(男子十二番)だ。二人とも渉とは付き合いが長いため、信頼できる人物だと断言できる。そのうえ、どちらも並外れた身体能力を誇っているので、プログラム中においても頼もしい存在であることこの上ない。
 問題は、この二人が今何処にいるのかが、全く分からないということ。
 先の放送によって、どちらもまだ無事であるということは分かったが、この広い島の中、何の手がかりも無しに、偶然出会えるという可能性は限りなく低い。
 会いたいと思っていた人物は、猛と怜二の二人だけではない。渉にはもう一人、会いたいというよりも、会わねばならない者がいるのだ。
 何があろうと、俺は“あの人”にもう一度会わなければならない。そして――。
 バンと火薬の弾ける音が聞こえ、驚いた渉は、そこで思想を中断させた。
 ふと音のした方を振り向くと、林の奥に、半身を茂みの中にうずめた状態で立っている少女が、こちらに向けて銃を構えているのが見えた。氷室歩(女子十六番)だった。
 どうやら余計な考えにふけるのは失敗だったようだ。知らぬ間に周囲への注意を怠ってしまったらしく、そのせいで敵の接近に気がつかなかったのだから。
 精神が崩壊してしまったのか、歩は不気味な半笑いを浮かべながら、ガサガサと派手に音をたてて茂みを掻き分けながら近づいてくる。その様子を見ては、誰もが危機感を覚えるだろうが、渉は逃げ出しはせず、話が通じるかもしれないという微かな望みにかけて、歩に話しかけようとした。
「待って氷室さん。俺には誰ともやり合う気はない。だから銃を下ろしてくれ」
 彼女もきっと怖がっているだけ。こちらに敵意が無ければ、もう銃を撃ってきたりはしないかもしれない、と考えてのことだった。しかし、その思いも空しく、相手に正気などもはや存在しておらず、渉の声が耳に届きはしなかった。
「あはははっ! 悪霊見っけ! 燃えちゃえ〜!」
 歩は渉に向けて構えた拳銃を、容赦なく発砲した。グリップをしっかりと握っていなかったため、歩の手の中で暴れた銃が上を向き、発射された弾丸は全く見当はずれな方向に飛んでいったが、その音に驚いて、渉は後ろに倒れてしりもちをついてしまった。
 このとき渉は確信した。正気を失ってしまっている歩に対しては、もはや何を言っても無駄だと。
 松葉杖で地面をしっかりと突き、倒れた身体を懸命に起き上がらせた。そして杖を支える手と、右足だけを懸命に動かし、銃を構えなおして再び発砲しようとしている歩から逃れようとした。
「あはっ、逃げるなぁ〜! 待てぇっ、燃えちゃえ燃えちゃえ〜!」
 背を向けて逃げ出した渉に、歩は追いかけながら発砲した。狙いがしっかりと定まっていなかったため、発射された二発の銃弾は、どちらも命中しはしなかった。だが絶体絶命の状況はまだ変わらない。松葉杖を突きながらの片足だけでの歩行では、追いかけてくる歩から逃げ切れるはずがない。すぐに二人の間の距離は縮まる。
 くそっ、こんなところで殺されてたまるか! 俺にはまだ、やらなきゃならないことがあるんだ!
 歩から逃れようと懸命に歩いていた渉だったが、一発の銃声が聞こえた途端になぜか転んでしまった。渉が突いていた松葉杖に、歩が撃ちまくった弾丸のうち一発が命中してしまい、真ん中から二つに折られてしまったのだ。
 こうなってしまっては、渉にはもはや逃げるどころか、立ち上がることすらままならない。フラフラとした走りで迫ってきた歩に、すぐに追いつかれてしまった。
「あはっ! 君もうおしまいだよっ! バイバ〜イ」
 悪霊退治に酔いしれているのか、歩は不気味ながらも満面な笑顔を浮かべて、グロックの狙いを合わせなおした。二人の距離、およそ三メートル。これだけ近ければ、もう狙いが外れてしまうということもないだろう。
 無念。まさかこんな訳も分からないような人間の手にかかって、最期を迎えることになるだなんて。
 渉は迫り来る死の恐怖におののき、ぐっと目を閉じた。

【残り 二十八人】
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