029
−悪魔との契約者(1)−

 どこからか十数発の連続した銃声が聞こえたので、森の中を歩いていた一人の男は足を止めて、ふと遠くの空を見上げた。
 へぇ、誰か景気良くやってやがるな。
 そんなことを思い、どこか爬虫類に似た攻撃的な顔に笑みを浮かべたのは黒河龍輔(男子六番)。恋人の死に泣き崩れていた烏丸翠を、容赦なく背後から撃ち殺した悪魔のような男だ。
 龍輔は兵庫県立梅林中等学校の中では、最も恐れられていた不良だった。
 生活態度は悪く、学校をサボるなんてことは毎日のように行い、きちんと登校してきた日も、他の生徒に危害を加えるなど、とにかく学校にとっては目の上のたんこぶのような存在だった。
 特に問題視されていたのは彼がするイジメについて。
 気の弱い六条寛吉とかに暴力を加えたり、時には金を脅し取ったりもしていた龍輔。エスカレートしていく非行は、ある日ついに田村由唯(女子十一番)など数名の女子にまで危害が及び、いつしかそれは学校全体の問題にまで発展していた。
 生活指導がしっかりと行き届いていた平和な梅林中学校にとって、数少ない悪の中で最も存在感のある彼の存在は大きかった。
 両の耳に二つずつ着けられているシルバーピアスは、ピアス装着は厳禁という校則を嘲笑う龍輔の悪の象徴でもある。そして知らない者も多い、彼の右肩に彫られたドラゴンのタトゥーも同じ意味を持つ。
 そんな彼を前にしては、もはや「正義」などという言葉は無力に等しい。もちろんそれはプログラム内においても同じ。悪の道を突き進むことを選んだ龍輔を前にして、正義の旗を掲げることを選んだ生徒達の多くは震えることしかできないだろう。ごく一部の強者を除いては。
 龍輔は今、プログラムで生き残るという自信を持ち始めつつあった。その理由の一つとなったのが、彼の右手にしっかりと持たれているリボルバー拳銃の存在であった。元々は烏丸翠の物であったコルト・ロウマンだ。
 そもそも龍輔に支給された武器はファイティングナイフ一本だけであり、いくら普段からナイフを使い慣れている(理由は聞くな)彼といえど、これだけでプログラムを戦い抜くということは難しいだろう。
 そんなわけで、他の参加者に支給された武器がいかなる物か見当も付かなかった彼は、プログラム開始当初は少なからず不安を抱えなければならなかったのだ。
 そんな中で手に入れた拳銃だ。プログラム内で支給されている物の中では、おそらく当たりの部類に入るであろうそれを手に入れた途端に、彼の自信が上昇気流に乗り始めたということは想像に難しくはない。
 だが彼がこの時に手に入れた武器はこれだけではない。
 風間雅晴のデイパックの中に入っていた白い粉。数年前から世間に出回り始めた新種のドラッグ『ホワイトデビル』。愛用者ひしめく裏世界では高額で売買されているそれをも、龍輔は手に入れていたのだ。
 知り合いに“運び屋”をしたことがあるという人物がいる龍輔は、この薬物について少しだけ知識があった。といっても、想像を絶するほどの快感を得ることができるということ以外には、「痛覚が薄らぐ」だとか「筋力が増強される」という話を聞いたことがあるだけに過ぎなかったが。
 だが彼は、それだけでもこのプログラム内では十分に使い道があるかもしれないと考え、溶かして液状にしたものを注射器内に溜めて、いつでも取り出せるようにと懐にしのばせていた。
 ところが、龍輔の期待の大部分が注がれていたのは、この薬物ではなく一丁の銃の方であった。
 生半可な知識しか持ち合わせていなかった彼は知らなかったのだ。この薬物がどれほど凄まじい効果を発揮するのかを。
 空が東の方から少しずつ明るくなってきた。時刻はもう午前五時半にさしかかろうとしているところ。担当教官の田中の話によれば、あと三十分もすれば島内に放送が入るらしい。そこでこれまでに死んだ人間の名前と、禁止エリアの時間と場所とやらが発表されるのだとか。
 いったい何人死んだんだろうな。数が多いに越したことはないんだが。
 龍輔はそんなことを思いながら、薄暗い森林内をゆっくりと進む。
 しばらく歩いてふと足を止める。突き刺さるような鋭い視線が自分へと向けられているように感じたからだ。
 近くに誰かいやがるな……。
 右手の銃をしっかりと構え直し、細心の注意を払って辺りを見回した。だが物陰にでも隠れているのか、相手の姿は全く見えない。
 本能が危険信号を発し始める。いつどこから来る分からない攻撃に備え、龍輔は四方八方に意識を向けながらじっと構えた。
 思った通りだった。龍輔の正面より右に四十五度の方角の茂みがガサリと動いた途端、銀色の鉄の棒らしき物が飛び出し、ものすごいスピードで龍輔へと向かってきたのだ。
 攻撃に備えて意識を集中させていたおかげで、襲い来る敵の攻撃をなんとかギリギリで避けることが出来た。
 大ヒット映画のアクションシーン並みの、半身を仰け反らせての見事な回避。監督が見たらさぞかし驚くことだろう。
 標的を射抜くのに失敗した銀色の凶器は、森林の奥へと飛んでいき、龍輔の立ち位置から十メートル以上離れたところに立っていた木に深々と突き刺さった。その正体は二枚の羽根をつけた矢だった。
 龍輔はすぐさま体制を立て直し、矢の飛んできた方向へと銃を構えた。そして続けざまに三発撃つが、手応えを感じない。相手のいる方向は分かったが、その正確な位置まで把握できていない状態では、やはり命中させることは難しい。
「おい誰だ! 隠れてねぇで出てきやがれ!」
 しかし相手は正体を現すどころか、返事すらしない。そのかわりだと言うのか、茂みの中から再び銀の矢が飛び出し、龍輔に襲い掛かってきた。
 相手の狙いはすばらしく正確で、これももし龍輔の反応が遅ければ、脇腹に深く突き刺さったであろうという所を飛んでいった。
 畜生。いったいどこに隠れてやがるんだ。
 相手の正確な位置を把握できず、このまま戦うのは不利だと判断した龍輔は、ひとまずこの場から離れるべきだと判断して駆け出した。
 相手の武器は弓矢系の物。対して自分の武器は銃。正面から対峙したならば龍輔の方に分があるはず。だからなにも今急いで不利な状況下で戦わなくても、事態が好転してから相手に挑めばよい。そう考えての行動だった。
 踏みしめる地面はでこぼこで、伸び放題の雑草が行く手を阻んでいるという走りにくい状況の中、龍輔はとにかく前へ前へと駆けた。
 だが急襲者は彼の逃亡を許してはくれなかった。走り出した龍輔の姿を確認すると、相手もまた深い茂みの向こう側を走り始め、ぴったりと付いてきているではないか。
 くそ! 何なんだアイツは!
 素晴らしきスピードで追いかけてくる相手の方へと龍輔は目を向けた。すると、茂みの隙間から一瞬だけ、その姿が見えた。
 陸上部の俊足のエース山崎和歌子(女子二十二番)が、走りながらこちらへとボウガンを構えていた。

【残り 三十二人】
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