021
−水場の死闘(1)−

 プログラム会場鬼鳴島の中心部よりもほんの少しだけ西にずれた位置、地図で言うとF−5にあたる場所。そこは全域で最も厚い緑によって空と隔てられてしまっている部分で、一見するとジャングル奥地の秘境かと見間違えてしまうほどの深い森の中であった。
 見たことも無いような植物たちが前後左右に立ちはだかり、歩行すらかなり困難であろうと思われるそこを人が通るなど、普通ならおおよそ考えられない。しかし今、この人里離れた辺境の地の中で、四人もの男が固まって北上していることは、紛れも無い事実である。
「シダが足に絡まった。畜生、なんて歩きにくいんだここは」
「静かに。あんまり声を出したら誰かに見つかる。今は黙ってとにかく前に進むことだけを考えろ」
 愚痴をこぼす仲間に向かってそう言ったのは、鋭い目つきが災いして、時々ガンを飛ばしていると誤解されている男、宮本正義(男子十八番)
「だけどよぉ、静かにしてても、これだけの人数が集まって行動してちゃあ、どちらにしろ目立つと思うぞ」
「そそそ、それにここって、くく暗くてなんか不気味だし、黙って進めって言われても、ふふ不安で……」
 正義の言葉に間髪入れずにそう返したのは、岸本茂貴(男子五番)長谷川誠(男子十六番)
 彼らのそんなやり取りは今に始まったことではなかったが、長時間にわたるその会話が、正義を余計に疲れさせていた。
 彼らは何故一緒に行動を始めたのだろうか。その理由は島内に配置されたロッカーの位置にあった。
 おそらく政府はスタート直後に出会った四人が殺し合うことを狙ったのだろう、彼ら四人のロッカーは一点を中心に向かい合う形で配置されていたのだ。
 そして政府の思惑通りか、一斉に扉を開いて外へと出た四人は対面し、そのあまりに急すぎる出来事に緊張が走った。誠なんかはパニックに陥って、急いでデイパックから武器を取り出して襲い掛かってきそうになったほどだ。彼の武器が戦いにはとても役立ちそうにない手錠だったことは本当に幸いだった。
 日々インターネットにうつつを抜かしてばかりいて、体力のない誠を押さえ込むのは、現役サッカー部員である正義にとっては簡単だった。
 もう一つ幸運だったのが、他の二人は誠のように乱心することなく、正気を保ってくれていたこと。おかげで落ち着いて話すことができ、自分には級友同士で殺し合う気など無いということを、すぐに理解してもらうことができた。そして誠が平常心を取り戻した後に話し合った結果、四人は一緒に行動することとなった。
 もちろん正義だって分かっていた。たった一人しか生き残れないというプログラム内で、他者と手を組み行動するということは、最終的には裏切りを引き起こす原因になるかもしれないということを。しかし正義は見捨てるわけにはいかなかった。メンバーの最後の一人、足に重症を負っていて、たった一人では歩くことすらままならない武田渉(男子十一番)のことを。
 もしも四人が別行動をとることを選んだならば、殺意に満ち溢れたこの過酷な島の中で、渉は何もできないまま殺されてしまうだろうと正義は分かっていたのだ。
 正義は、渉とは松乃中在学時は同じサッカー部員として共にプレイしていた仲だったので、彼のことについては十分知っている。争いごとを好まない渉は、試合には絶対に勝つというハングリー精神に欠けているところがあったが、他者に気配りが利く良い奴なのだと。
 二年前の大火災によって、ボールを蹴る際の軸となる大切な左足が砕かれてしまったということは、渉にとって大きな悲しみとなった。先にもいったとおり、彼はハングリー精神に欠けているところはあったが、それでも本当にサッカーが大好きだった。だから、その大好きなスポーツをもうできないと知ったとき、普段の明るい姿からは考えられないほど沈んだ表情をして落ち込んでいた。
 その後、梅林中に編入した後も足は回復せず、渉はサッカーをプレイできる身体には戻らなかった。しかし、やはりサッカーが好きでたまらなかった彼は、自分がプレイできなくても、チームメイトを応援できるだけでも良いと、梅林中サッカー部へと入部した。簡単な体力トレーニングや、チームメイトの応援しかできなかったけど、それでも渉は楽しそうだった。
 そんな健気な姿を見ているうちに、正義はあるとき思ったのだ。なんとかして渉の力になりたいと。そしてその思いは今も変わらない。正義が渉に付き添おうと決めたのは当然の判断だったといえよう。
 だが、足を痛めている渉に付き添ってやるのが自分だけというのは、悔しいがあまりにも不安過ぎる。そこで残る二人にも協力を求めた。
 その馬鹿げた願いになど応じてくれないかと思ったが、茂貴も誠も、単独行動は不安だったためか、二人とも意外にもあっさりOKしてくれた。
 こうして政府の思惑を見事に破り、彼ら四人は共に行動することになった。
 とりあえず、こんな山奥では渉も松葉杖を突きながらではまともに歩けないだろうし、早いところ平地にまで移動しようと意見が一致し、四人は下山を開始した。
 先頭に茂貴、後方に誠、その間に渉に付き添った正義。この体勢を保っての移動は正義が提案した。自分たちに支給されている武器の中で一番役立ちそうなのが、茂貴の銃、ファイブセブンだったということを考慮してのことだ。危険が多いと思われる前方を、銃を持つ茂貴に気配ってもらい、比較的襲われる心配が少ないと思われる後方を、装備の薄い誠に警戒してもらう。そしてその間で、山道での歩行が困難な渉に正義が肩をかす。
 この割り当てが正しかったかどうかは分からないが、少なくとも、一列に並んでの歩行は当然だったといえよう。森林内には細くも獣道らしきものが出来上がっており、生茂った雑草のど真ん中を歩くよりは、そこを通ったほうが歩きやすいだけでなく、草のこすれあうガサガサという音が幾分軽減されるからだ。もちろん、正義はそれも考えて、細い獣道を歩くためにこの体制になることを考えた。
 そうやって皆に指示を出す正義の行動には抜かりなどなかった。だが、彼は不安を感じるには十分な要素を抱いていた。前後を監視する二人の人間についてだった。
 後方のメガネ男、長谷川誠は先にもいったとおり、インターネットばかりして部屋にこもりがちな少年だ。痩せ過ぎて頬骨が突き出しているその顔つきや、細い手足を見るだけでも分かるように、体力などもちろん無く、戦闘において役立たないばかりか、むしろ足を引っ張られてしまう恐れがある。
 前方の、天然パーマが伸び過ぎ気味の男子、岸本茂貴は、好きなことは酒とギャンブルといった、早くもオヤジ化してしまったかのような人間だ。酒をあおりながら自宅で競馬中継を見るのが楽しみだという彼の将来の夢は、パチプロになるということ。
 体力的には問題なく、そのうえ持っている武器も強力なのだが、ギャンブルにのめり込みすぎているのか、今回の同行をサイコロの目で決めてしまったようないいかげんな性格の持ち主で、今後どういう形で災いをもたらすとも限らない。
 そんな不安要素を抱えながらの行動に、正義は疲れ始めていたのだ。
 この二人が猛や怜二だったなら、どれだけ心強いことだろうか。
 頭の中にサッカー部チームメイトの二人の姿が浮かんだ。
 たしかに正義がそんなことを考えてしまうのも無理はない。サッカー部キャプテンの磐田猛(男子二番)は自分なんかと比べものにならないほどに、判断力や統率力に優れていて、ゴールキーパーの土屋怜二(男子十二番)も身体能力に優れており、一緒にいたら心強いことこのうえない人物なのだから。
 だが今そんなことを考えていても事態の好転は望めない。とにかく今いる二人を信じて行動すること、これが大切なのだと自分に言い聞かせた。
「おい、大丈夫か渉? 休憩したほうが良いか?」
 すぐ側で渉が顔に疲れの色を見せているのに気づき、正義は気遣ってそう言った。だが渉の側も気を遣っているらしく、何度聞いても「大丈夫」の一点張りで、全く休もうとはしなかった。彼なりに皆の足を引っ張ってはならないと思っているのだろう。
 だが正義は引かない。
「大丈夫じゃないだろ。良いから俺達に気を遣うなよ」
「いや、本当に大丈夫だよ。さ、早いところ下山しよう」
 渉はなかなか強情に意見を曲げようとはしない。正義の口調がそろそろ強くなりそうになったとき、口を挟んできたのは意外にも茂貴だった。
「まあまあまあ、じゃあさ、休むかどうかはコイツで決めようぜ」
 そう言って彼がポケットから取り出したのはサイコロだった。
「コイツを振って、半――ようするに偶数が出たらいったん休憩する。奇数が出たらこのまま進む。それでどうだ?」
 四人で行動するかどうか決めるときも使っていたその手段に馬鹿げていると思っていた正義は口を挟もうとした。だがそれより早く渉が頷いたのを見た茂貴は、正義に構うことなくサイコロを放り投げた。
 宙に舞ったサイコロは徐々に勢いをなくし、やがて地面へと落ちてくる。湿った土の上で小さくバウンドしたそれは、ある数字を示す。
「四か。決まりだな」
 言うが早いか、茂貴は深い茂みの中で手ごろな場所を見つけて、そこに荷物を下ろした。
 すると意外なことに、これまで気を遣って休もうとしなかった渉もが、約束だからしょうがないと観念したのか、茂貴の後に続いていった。
 後方の誠も疲れていたらしく、安心したように休憩しに向かった。
 あっけにとられている正義を見て、茂貴はニヤリと笑んで近づいてきた。そして小声で言う。
「上手くいったぜ。じつはあれ、俺が作ったイカサマ用のサイコロなんだ。軽い素材で作ったサイコロの中に錘を入れて、ほぼ確実に四しか出ないようになっている。もちろん他にもシリーズで一から六まで作ってるぜ。な、人は無理に動かせないとき、こうやって巧みに操ることも大切なんだぜ」
 キシシと笑う相手に正義は何も言い返せなかった。そして渉たちの方へと戻っていく茂貴の後ろ姿を見て、彼なりに考えてたんだなと思い、自分に恥じた。
 既に休憩に入っている渉もやはり疲れていたのか、今は安堵の表情を浮かべている。
 正義は頭の中で茂貴に礼を言いながら、三人の側に寄り、ようやく腰を下ろした。
 
 惨劇の時はじりじりと迫ってきている。しかし誰一人そのことに気づいてはいない。
 学校に向かう途中のコンビニで、誠が立ち読みしていたコンピューター雑誌の中に掲載されている『星座占い』にて、偶然誕生日が近かった三人、正義、茂貴、誠の星座である蟹座の欄に『水難』という表記があったということにも。

【残り 三十七人】
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