020
−白い悪魔(4)−

 烏丸、風間、両名とも死亡。
 そのことは本部で待機しているプログラム担当官たちにもすぐに伝わっていた。
 モニターから二人の出席番号を表す数字が消えたのを確認すると、担当教官田中一郎の手元の名簿の中で打ち消し線の数が増える。プログラム開始からわずか二時間半たらずで、その数既に八にも上る。
 進展が訪れるごとにほくそ笑む田中とは対照的に、補充要員としてこの鬼鳴島へと連れてこられた桂木幸太郎は、いつ千秋のもとに危険が及ぶかと思うと気が気でなかった。事実、彼女は既に一度クラスメートに襲われているのだ。
 決着まで最長三日間かかるプログラムにおいては、兵たちは二つのグループに分かれ、十二時間ずつの半日交代で職務をまっとうすることになっている。
 桂木に割り当てられたのは午前十二時から正午まで。第一シフトを消化しきるまではまだ長い。
 それにしてもなんという体の疲れだろう。これからこの島で多くの中学生達が死んでいくのだと考えているうちに、かなり神経を磨り減らしてしまっているようだ。やはりこの“戦闘実験”とかいうやつは、半ば無理やりに管理に参加させられた自分とは反りが合わないらしい。
 本当ならば次の交代後と言わずに、今すぐにでも仮眠したいところだが、よく知る少女の安否が気になって休むこともできそうにない。
 できることなら千秋だけと言わず、罪無き少年少女たち全員の解放を望みたいところだが、プログラムを司る腐った法律が治めているような、こんな腐りきった国を相手にして、その思いが通用しはしない。自分には、自然と進行していくプログラムの流れを、この場でじっと見ていることしかできない。それがとても悔しかった。
「どうした、浮かない顔して」
 座席に腰を下ろして資料の整理をしていると、モニターの前に陣取ってキーボードを叩いていた同僚が話しかけてきた。歳は自分と同じくらいで、目が悪いらしく茶ぶちのメガネをかけている木田という男だった。
「桂木、プログラムの管理は初めてだっけ? そりゃあまあ気も滅入るだろうな、こんな状況を実感しちゃあ」
 木田は一時の小休憩に入ったらしく、座席の背もたれに体重を預け、先ほどまでキーボードを叩いていた両手を腕組みし、隣に座るこちらへと頭を向けた。
「お前は平気なのか?」
 そう聞くと木田は困ったように一つため息をつき、
「もちろん最初の頃は不満に感じてたが、恐ろしいことにもう慣れっこになっちまったよ。沢山の人間の死を見ているうちに、異常性への違和感が薄らいできて、それが当たり前なのだと思うようになってしまう。今回初めて作戦に就いたお前には理解しがたいかもしれんが、ここにいる兵のうち幾人かは俺と同じで、今やもう慣れてしまっているだろう」
 と言った。
「本当、馬鹿げてるよなぁ。俺にだって息子はいるのに、それがもう高校に入っててプログラムに選ばれる心配はもうないからって、こうやって安心して他人の子供が死ぬのを見てるんだぜ。だけど――」
 木田は話を切って周りを見回し始めた。他の兵たちは皆、生徒の首輪に内蔵されている盗聴器からの音声をヘッドホンで聞いていたり、同僚同士で雑談していたりで、こちらに注意を向けている者は誰一人としていない。それを確認して安心したように木田は小声で話す。
「だけど俺以上に馬鹿げている人間なんて大勢いる。ここにいる人間の多くは俺とは違い、ただの真性愛国者達だ。奴ら、お国が決めたことは正しいと言うばかりか、中学生同士の殺し合いを楽しんでるんだよ。信じられるか? あげく誰が優勝するかを賭け合ったりと、命を懸けた理不尽な戦いを娯楽と化しちまってるんだぜ。まったくこの国は人間までどうかしちまってる」
 木田の言うことはもっともだった。五十年以上も前の戦時中に「お国バンザーイ」とか言っていたのと、今の国に心酔しきっている者達はなんら変わりない。他国との境目で扉を半分閉じてしまっているようなこの国は、五十年も前からほとんど進歩していないのだ。いや、おかしな方向へと成長しているというのが正しいかもしれない。
「なあ木田。プログラムって止められないのかな?」
 桂木がそう言うと、これまでボンヤリとした表情だった木田は、急に表情を強張らせた。
「なに言ってるんだよ。そんなこと出来るわけないだろ。そもそも聞いたこともねぇよ、管理側の人間がプログラムを止めるなんて。もし御堂一尉にそんなこと聞かれてみろ、中学生よりも先に俺達の首が飛んじまう」
「だよな……」
「……なんだお前? 今大会に誰か知り合いでもいるのか?」
 木田が聞くが、落胆しきっている桂木にはそれに答える元気もない。
「まあお前が何を考えてるのかは知らんが、やめとけやめとけ。触らぬ神に祟りなし、だ。俺達はプログラムを円滑に進めるために、ただ黙って監視し続けていればいい。これが全てだ」
 木田はそこまで言って再び仕事の体勢に戻ろうとした。しかしそのとき、担当教官の田中がこちらへと近づいてきていることに気づき、モニターへ向けようとしていた目をそちらへと移した。
「どうだね君ぃ。なにか展開はありましたかぁ?」
 桂木と木田の間に立ち、興味津々そうに田中が聞いた。
「いえ、とりあえず先の死亡者以降は何も」
「そうかぁ。それじゃあまた何か進展があったら伝えてくれよぉ」
 木田とそんなやり取りをした後、田中は横長のソファーへと戻ろうとした。ところが、木田の隣にいる桂木の姿を見て、何を思ったのか急にその足を止めた。
「えーと、君は確か助っ人として来てくれた桂木くんだったかなぁ?」
 桂木がその声に振り向いたのは、田中の声にワンテンポ遅れてからだった。
「……はい、そうですけど」
「いやいや悪いねぇ、忙しい中に突然来てもらってぇ。本当に感謝していますよぉ」
「はぁ……」
 返す言葉一つ一つに元気が感じられない。しかし田中はそれに気づいていないらしく、にこやかに無神経な話を続ける。
「まぁせっかく来たんですから、プログラムの流れを楽しんでいってくださいよぉ。なかなか面白いものですよぉ、優勝者予想なんかしてみるのも。もっとも、トトカルチョの受付はもう締め切られちゃってますけどねぇ」
 田中が桂木の側へと割り込んみ、顔を覗き込む。
「それでは桂木くん、管理しぃーっかりお願いしますねぇ」
 そう言って今度こそソファーへと戻っていった。
 このままプログラムが終わるのを見届ければ良いのか。それとも……。
 桂木は田中の言葉を気にするよりも、自分はこれからどうすれば良いかを考えるのに必死で、もはや周りのことを気にしている余裕など無かった。だから、背後でソファーに腰を下ろしている田中と御堂一尉の間で行き交っている会話内容に気づきもしなかった。
「ところで御堂。今回のプログラムで配布されているはずの“あれ”は誰の手に渡ったんだぁ?」
「新種ドラッグのホワイトデビルのことですか? 今のところはまだ判明していない模様ですが」
「そうかぁ、残念だなぁ。その効果、戦闘上においてはどれほどの威力を発揮するのか、この目で是非見てみたいんだがなぁ。まあどっちにしろ本部にいたんじゃあ見れないかぁ」
「しかしあの薬、摂取してしまったら本当にマズイらしいじゃないですか。大丈夫なんですか、あんなものを支給武器に混ぜてしまって」
「そもそもは快楽を得ることが本来の目的で、“戦闘人間化”は単に偶然発生してしまった副作用にすぎないからなぁ。まあ調子に乗って摂取する量を間違えさえしなければ大丈夫でしょう」
「“痛覚が薄らぐ”だけならともかく、“筋力増強”の効果は魅力的ですからね」
「願おうじゃないかぁ。使用者が悪魔との完全契約を結んでしまって、あっけない幕切れを迎えないように」
 田中が両手を合わせて天にお願いする仕草をする。それを見て御堂はおかしさに耐え切れず笑い始めた。

【残り 三十七人】
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