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−雨上がりの断罪(3)−

 寝そべった身体をそよ風が優しく撫でてくる。
 耳元で揺れる髪がくすぐったくて、少女はふいに目を覚ました。
 まどろみの中から抜けきれていない朦朧とした意識の中で、腕を伸ばして窓を少し閉める。カーテンのゆらめきで窓辺の花瓶が倒れそうに思えたのだ。だが意識が鮮明になっていくにつれて、それは単なる思い過ごしにすぎないと分かった。花瓶はカーテンから離れた位置に置かれていて、どのように風が吹こうとも倒れることはありえない。
 白い壁面、白いベッドとシーツ、部屋を区分する白いカーテン。見渡せば見渡すほどここは病院としか思えない。しかしこんなところに入った記憶は無い。
 外は真っ暗。今は夜のようだ。
『……続いてのニュースです。兵庫県立の梅林中等学校を対象に行われていた共和国戦闘実験第六十八番プログラムですが、今日の午前中に終了しました』
 ボリュームを落としたテレビの音声が微かに聞こえてくる。
 プログラム。兵庫県立梅林中等学校。聞き覚えのある言葉を頭の中で反唱するごとに、霞みがかっていた記憶がはっきりと蘇ってくる。
 ああ、そうだ……プログラムが終わったんだ……。
 力無く天井を見上げている少女に構うこと無く、テレビの報道は続いている。
『会場となったのは播磨湾沖の鬼鳴島。丸一日と八時間に渡る戦いの末、生き残ったのは女の子でした』
 そして一人の生徒の名前が読み上げられる。紛れも無く、今ここでベッドの上に寝転んでいる少女の名だった。
 そう、生き残ったのはたった一人だけ。
 プログラムの終盤に御影霞が亡くなって、後悔や憎悪に塗れた悲劇はもう起こらないであろうと、当時生き延びていた三人の男女は思ったはずだった。しかし唯一生き残っていた男子生徒は突然自殺。それにつられてか、元々容態の良くなかった少女一人もやがて眠るように意識を失い、そのまま目を醒まさなかった。
 聞き覚えの無い声が、唐突にテレビから流れてくる。上体を無理して持ち上げると、疲労困憊の様子の少女がモニター越しにインタビューに答えているのが見えた。目付きが悪く薄汚れていて、一瞬それが自分だと分からなかった。
 映像の中の少女は両脇を兵士に支えられながら、今にも消え入りそうな意識をギリギリのところで保ちつつ、レポーターの問いかけに答えている。
 普段よりトーンが低いせいもあるのか、スピーカーを通して聞いた自らの声に違和感を覚えた。
 四つ五つ答えたところで、モニター内の少女は救急車の中に押し込まれるようにして入り、そのまま場から去っていってしまった。
 この直後からの記憶は無い。たぶん、病院に向かう途中で意識を保つことに限界が訪れてしまったのだろう。
 VTRが切り替わり、テレビには番組スタジオの様子が映されている。キャスター達や、その日ゲストとして招かれていたスポーツ選手が、それぞれ勝手な感想と見解を述べていた。その予定調和であまりに薄い内容には呆れて物も言えない。彼らにとって年に五十回も開かれるプログラムの話題なんて、さほど大した興味の対象ですらないということか。
 番組はプログラム本部の火災に関しても少しだけ触れていた。プログラム中に起こった事故で数人の兵士に被害が及んだ、という含みを持たせた内容で、何人が死んだか等は一切公表しなかった。本来は本部の火災なんて世間には隠蔽したいところだが、死者が多すぎたために事実を全てを誤魔化すことは難しい。そんな中でとった政府の苦肉の策が今回の報道であったに違いない。明らかに情報が省かれているが、内容に嘘は決してなかった。
 スポーツニュースコーナーが始まったところでベッドの脇にあったリモコンを掴み、テレビを消した。
 溜息をつきながら自らの身体へと目を向けると、治療が施された箇所に包帯が巻かれ、腕からは透明な管が伸びているのが確認できた。
 力無く上体をベッドの上に再び倒し、ぼんやりと呟く。
「生き延びたのか……」
 本来喜ぶべきであろうが、何故だか心が晴れなかった。むしろ虚しさのようなマイナスの感覚ばかりに満たされていた。
 やがて消灯時間が訪れ、室内の照明全てが落とされた。
 月明かりが差し込む薄暗い部屋の中は、窓を閉めても少し肌寒いくらいだった。彼女は頭まで布団の中に潜り、目をつむって朝が来るのをひたすら待った。


【残り 一人/ゲーム終了・以上梅林中三年六組プログラム実施本部からの報告より】
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