019
−白い悪魔(3)−

 コルトロウマンが銃口から火を噴き出し、そこから放たれた弾丸が雅晴の胸を貫くまではほんの一瞬。しかし翠の目にはそのときの光景がスローとなって映っていた。
 弾丸によって左胸部を貫かれた雅晴は、操り手を無くした人形のごとく力を失い、後ろの地面へと全身をゆっくり傾けていく。
 どさり、とその場に倒れこむと、弾丸が貫通したことによって開けられた背中の傷口から止めどなく血を流し出し、瞬く間に周囲に赤い血だまりを作り上げた。
「雅晴!」
 翠は倒れた恋人へと駆け寄った。そして血まみれとなったその身体を抱き上げて、何度も何度も名前を呼ぶ。しかし雅晴は頭をがくりと前に垂れ、返事を返しはしない。当然だ。雅晴は心臓を弾丸に貫かれて即死していたのだから。
 だが恋人の死を受け入れられずにいる翠は、垂れた雅晴の頭を持ち上げて、その顔をまじまじと見た。そこには生気などまったく感じられなかった。
 ふと自分の手を見ると、そこには雅晴を撃った銃が今もまだ握られている。
「ひっ!」
 銃口から煙を吐き続けているその姿に恐れをなしたように、短く悲鳴を上げながらリボルバー銃を取り落とした。 
 私が……私が雅晴を殺した?
 あまりの脱力感に、翠は血だまりの真ん中でひざまずき、うなだれた。
 私はだだ、自分を殺そうとしただけなのに、結局死んだのは、私でなく雅晴……。二年前のマキの件と同じく、相手のことを考えもせずに行動した結果、私はまた人を殺してしまった……。
 自らの愚かさを嘆き、そして悔いた。だが今さら何を思っても時間は戻りはしない。自分がまた人を死なせてしまったという事実が覆りはしないのだ。
 血だまりに浸かりながら地に両手をついた。
「私は……いったいどうすればいいの……」
 赤い水面に映し出された自らの姿に向けて問うように言った。
「そりゃあオマエ、恋人の後を追って死ぬべきだろ」
 思わぬ方向からそんな声が聞こえた。驚いた翠は声のした後方を振り向く。
 なぜ今まで気がつかなかったのだろう。自分のほんのすぐ後ろには黒河龍輔(男子六番)が立っているではないか。そして翠が取り落とした後に拾い上げたのだろう、彼の手には元は翠の支給武器だったリボルバー拳銃コルトロウマンが握られている。
 翠の目が龍輔と合った瞬間、幕切れはあっけなく訪れた。
 引き金に当てていた龍輔の指に力が入った。その瞬間、バンと破裂音が響きわたり、翠の額のど真ん中を何かが貫いていった。
 ――でも、きっとこれでよかったのだろう。これからは雅晴ともマキとも別れることなく、ずっと一緒にいられるのだから。あの世で、永遠に……。
 急速に意識が薄れていく中、翠は最後にそんなことを思った。



 額を貫かれた翠が死んでいるというのは一目瞭然。龍輔は恐れることなく、つかつかと亡骸へ歩み寄った。
「へっへっ、だめじゃねぇか烏丸。プログラム中に私情なんか引っ張り出してきちゃあ。そのうえでかい声まで上げやがって、目立つ上に隙だらけだったぜ」
 安らかに目を閉じている彼女の顔から視線を離し、元は翠のものだった銃、コルトロウマンへと目を向けた。
 思えば、翠と雅晴がもみあっている現場を目撃したということは、龍輔にとって幸運だった。
 自分に支給されたファイティングナイフも戦闘に役立たないわけではないが、やはりプログラムを有利に進めるためには銃の一丁くらいは欲しいところだ。翠が雅晴を撃ち、放心して銃を投げ出してくれたおかげで、自分はそれを手に入れることができたのだ。この巡り合わせには本当に感謝したい。
 しかし彼はこれだけでは納得しない。目の前には二人の人間の亡骸の他に、持ち主を失ったデイパックたちが仲良さげに並んでいる。このうち片方は雅晴のもの。つまり中にはまだ見ぬ彼の武器が入っているはずなのだ。それを知ってあえて手をつけないわけにはいかないだろう。
 龍輔は既にジッパーの開いていたデイパックを覗き込んだ。そこに入っていたのはビニールに入った白い粉と注射器。
「これは……」
 さらにデイパックの奥へと探りを入れていくと、詰め物の裏側に説明書と思わしき紙切れが隠されているのを見つけた。
 そこにはこう書かれていた。

『ホワイトデビル』


 風間雅晴(男子四番)―――『死亡』

 烏丸翠(女子五番)―――『死亡』


【残り 三十七人】
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