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−死を呼ぶ邂逅(7)−

 キャリコM950の装弾数は、コンバットモデルというマガジン延長モデルを除くと最大で五十発。他の短機関銃のそれを遥かに上回る数字だ。
 そういった意味では、霞のマシンガンは他と比べてもかなり優れた部類に入る種であったといえる。連続して撃ち出される九ミリ弾はなかなか絶えず、隙が生まれることなんて全く無かった。だがそれはあくまでも乱射中のことである。
 樹の後ろに退避して、チャンスが到来するのをじっと待ち続けていた圭吾は気付いた。いくら連射の効く銃であっても、いつかは弾切れを起こし、そして銃弾の詰め替え作業を行わなくてはならなくなる。そのときに必ず隙が出来るはずだ、と。実際、五十発の弾丸を一度撃ち終えてしまったつい先ほど、霞はマガジンの取替えに数秒の間を要していた。
 叩くならその瞬間か……。
 すぐ脇を通り過ぎていく弾の雨をしのぎながら、確実に相手を打ち倒すための策を案じた。
 圭吾の周囲で、弾を受けた植物の葉がビシビシと音を立てながら、地面の上へと散っていく。空中でくるくると舞を踊ったそれらの多くは、ゆっくりと足元に集まってきていた。霞が銃の狙いを圭吾の隠れている辺りに定めてきているのだ。
 こちらが身を隠している場所がどこなのか、彼女は既に分かっているのかもしれない。だとするなら、攻撃を仕掛けるタイミングを見計るためだけに、悠長に時間を費やしてしまうのはあまりよろしくない。霞はひとたび本気になれば、敵が反撃してくるかもしれないという可能性なんかに全然怯まず、一気にこちらへと攻め込んでくるだろう。
 彼女のマシンガンが次に弾切れを起こした瞬間に、勝負を決めなくてはならないようだ。
 圭吾は決戦の終着が訪れるのを間近に感じつつ、デザートイーグルに新たな弾を詰め込み始める。重い爆弾を運搬するために、余計な荷物はほとんど山代総合病院に放置してきてしまっていたが、銃の弾だけはいずれ必要になるかもしれないと考えて、デイパックごとちゃんと持ってきているのであった。
 グリップの尻からマガジンを抜き出し、手作業で弾を一つずつ順に装填。デザートイーグルの装弾数は七発と決して多くは無いが、短時間で決着がつくなら問題は無い。そう考えた上で、彼はデザートイーグルへの装弾はあえて六発にとどめることにした。上限ギリギリにまで弾を詰め込むと、マガジン内のスプリングが強く押し下げられているせいで弾がスムーズに送られず、給弾不良――いわゆる「ジャム」状態を起こすことがあるのだと、少し前に風花に教えられていたのだ。短期戦に持ち込んでおきながら、もしもそんな事態が実際に発生してしまったら、もはや一巻のおしまいだ。
 眩く点滅するマズルフラッシュが、未だ直射日光の恩恵を受けられていない森林内を、一時的に明るく照らす。圭吾はその光の中に身を置きながら、飛び出すタイミングが訪れるのを待った。
 鉛の雨は目に見えているものを容赦なく破壊していく。小さな草木を茎ごともぎ取り、胴体の太い大木の幹に潜り込んで芯を傷つける。相手が人間であろうとも、この絶大な威力を誇る殺人弾たちは、いとも簡単に肉体の機能を失わせてみせるだろう。そんなことを思うと、いくら圭吾であろうとも、さすがに恐れを感じないわけにはいかなかった。
 障害物から身体がはみ出さないよう、大きな身体をできる限り縮めようと努める圭吾。そんなとき、マズルフラッシュの点滅と銃声の両方が突然途切れた。ホールドオープン――霞のマシンガンがようやく弾を撃ち尽くしたのだ。
 相手が再びマガジンを詰め替えて次の攻撃に移るまで、それほど長い時間はかからない。短いチャンスを無駄にしないため、圭吾は僅かに存在していた恐れを心の奥に無理やりに封印し、樹の裏から勢いよく飛び出して駆け出す。そして拳を真っ直ぐ前に突き出し、銃身を左に九十度傾けた横撃ちの体勢をとる。右手の握力を駆使してしっかりとグリップをホールドし、デザートイーグルのトリガーを連続して素早く引いた。
 ダンダンダンッ、と重い銃撃音が左右の鼓膜を太鼓の如く激しく叩く。強い反動が上腕二等筋にまで伝わってくるが、力ずくで銃口の向きを変えさせない。まっすぐ標的の方を狙ったままだ。しかし相手も無防備に身体をさらけ出しているようなマヌケではない。弾を補充している間はちゃんと敵の攻撃を避けられる場所に退避しているため、いくら圭吾が狙を絞りつつ発砲したところで、霞に被弾させるに至ることは無かった。
 だがそれははじめから分かりきっていたことであり、全く問題は無い。そもそも最初の数発は、圭吾が敵陣に攻め入るまで相手の動きを封じるためだけのものなのだ。無事に相手の懐に飛び込むことが出来さえすれば、残された弾が一発だけであろうとも、霞を仕留めることは十分に可能だ。
 案の定、圭吾が銃を撃ち続けている間は、相手は一度も不用意に樹の後ろから顔を覗かせることは無く、ただ黙々とマガジンの付け替えを行っているようだった。その間にも二人の間の距離は急激に縮まっている。
 いける。
 全速力で走りつつ圭吾が思った瞬間だった。右手で握っているデザートイーグルが、ガチンと妙な音を鳴らした。見ると、排莢のタイミングが合わなかったのか、排莢口が空薬莢を噛んでしまっている。ようするに銃が弾の装填不良を起こしてしまっているのである。
「くそっ、こんなときにジャムったか!」
 銃身を傾けた状態での横撃ちは、色々とトラブルを起こしやすい。そんなことを知りもしない圭吾は、予期せぬ事態にただただ焦るばかり。相手の姿はもう目の前に見えている。
 銃撃音が途絶えた途端、霞は身を乗り出してマシンガンの銃口をこちらへと向けようとする。既にマガジンの付け替えは終えているようだった。
 このままでは自分は格好の的だ。
 圭吾はとっさに使い物にならなくなったデザートイーグルを、霞の顔面へと目掛けて思いっきり投げた。思いがけぬ敵の攻撃にさすがの霞も驚いた様子で、眉間へと迫ってくる黒く重い鉄の塊を避けようと、必死になって身を倒す。圭吾はその隙に、腰に挿していた紅月へと手を伸ばし、そして相手の懐へと飛び込みながら、鞘の中から刃を抜き出すと同時に素早く薙いだ。いわゆる「抜き打ち」という技だ。
 相手の身体を真二つに斬れるほど距離を詰めれてはいなかったが、それでも紅月の切っ先はマシンガンのボディをなんとか捉えた。鋭い刃はバレル部分を強く叩き、銃全体に大きな反動を与える。
 霞は予測していなかったその勢いに対処することはできなかったようだ。トリガーガードの中から人差し指が抜けてしまった直後、掌はグリップを離してしまう。マシンガンはそのまま地面の上を転がって、すぐ近くの藪の中へと入っていってしまった。
 霞が武器を手放した。これは圭吾にとって最大のチャンスであった。一文字に薙いだ刃を今度は頭上から相手の頭部を目掛けて振り下ろす。ちょうど十文字を描くような軌道となっていた。
 紅月の刃は正確に霞の頭のてっぺんへと向かっていく。もはや彼女に逃れる手段など無い。刀を防ぐための防具も、敵を倒すための武器も、一瞬のうちに取り出すことは出来ないだろうから。
 圭吾は勝利を確信していた。だが、紅月は霞の頭を割る直前に動きを止めてしまった。
「そんな、ばかな」
 力を込めて腕を動かそうとしても、刀の先が微動するだけで相手の頭を割りはしなかった。包帯ずくめの白い両手が、圭吾の強靭な腕をガッチリと掴み、紅月の動きを完全に抑えていたのだった。
「油断していたわね」
 霞は向き合った状態のままこちらと視線を合わせてきて、そして、不気味に微笑んだ。
「力勝負なら自分のほうに分があると思っていたのでしょう。でもね、世の中って思いのままにはならないものなのよ」
 まるでこの世の全てを知り尽くしているかのような言い草。圭吾はとても不快に思った。
「女が俺に力で優れるはずがない……。いったい何をしたのか、話せ?」
「嫌だと言ったら?」
「いいから話せ」
「なるほどね。私に拒否権は無いってことか」
 自分勝手な人、と、霞は圭吾と組み合ったまま溜息をつく。
「あまり我が強い男は、女の子に嫌われちゃうわよ」
「誤魔化すな」
「あらあら、頭に血を上らせちゃったかしら。まあいいわ。そこまで知りたいのなら教えてあげましょう」
 霞は掴んでいた圭吾の腕を力ずくで持ち上げ、幅の広い胸部に前蹴りを一発叩き込んだ。これまた女の身体から繰り出されたものとは思えないほど強烈な一撃で、圭吾はたまらず後方へと吹っ飛んでしまった。丈の長い草の群れの中で転がりながらも、紅月だけは絶対に手から離そうとしない。
「よくもっ」
 すぐさま立ち上がって再び相手と向き合う。見ると、圭吾が体勢を整え直す前に素早くデイパックの中から取り出したのだろうか、霞は注射器らしき物を手に持っていた。いきなり攻撃を仕掛けてくるような様子は無い。
「いったい何をする気だ」
「まあ見ていなさい」
 刀の間合いから完全に外れてしまっている霞は余裕の表情を浮かべている。クスクスと笑いながら注射器の針を左腕にあてがう姿は、なんとも不気味であった。
「更なる屈辱を与えてあげるわ」
 親指でピストンをシリンダーの中に押し込んだかと思いきや、彼女は空になった注射器を人差し指と親指の間に挟んで捻り潰した。小さな破片が包帯を貫通して皮膚を傷つけたのだろう。血液にまみれた指先が赤く染まっていくのが見える。しかし霞は苦痛そうな表情は全く見せない。
「これであなたはもうおしまいね」
「……何が起こっているのか、さっぱり理解できないな」
 はっきり言って、刀の間合いに踏み込んで相手の身体を斬りつけるだけの間なんて、いくらでもあった。しかし、圭吾は前に踏み出すことが出来なかった。どういうわけか相手には隙というものが全く見られなかったのである。
 飛び込んでいったところで、また先ほどのように動きを封じられるだけ。そんな展開が頭の中に浮かんでくるのであった。なにやら尋常で無い出来事が起こっていると、頭の中で警告ランプが赤々と点滅する。
「先に言っておこうかしら」
 霞の身体がゆらりと揺らいだ。刀を握るてのひらから汗が噴き出す。
「さようなら」
 すると唐突に、霞は物凄い勢いで駆け出した。こちらに向かってくる。
 圭吾は刀を前に構えて迎えうとうとする。どういうわけか、相手は武器を手にしていない。だが、とてつもない威圧を感じてしまう。
 油断は禁物だ、と真剣な眼差しで敵の姿を見据え、間合いに入るタイミングを見計らって刀を振った。あくまでも相手は人間だと考えたうえでの攻撃だった。それがまずかった。
 槍のように伸びてきた白い手が圭吾の腕を掴み、刃の動きを再び止める。先ほどの展開とほとんど同じ。
 別に学習能力が圭吾に無かったわけではない。むしろ彼はこの展開を十分に想定したうえで注意を払い、攻撃したつもりであった。ただ、迫り来る霞のスピードが計算外だっただけ。彼女の動きはもはや人間のものではなかった。レベルが違う。
「ね。分かったでしょ。あなたもう死んじゃうの」
 すぐ目の前で霞がニッコリと笑っている。生来人間が持っているはずの大切な何かが欠落してしまっているかのような、人ならざる笑み。太い血管が顔の表面上に浮き上がってきているのが、包帯越しでもはっきりと分かった。
 悪魔……。血走った目を見ているうちに、なぜかこんな単語が自然と頭に浮かんできた。
 霞がゆっくりと口を動かす。
「私ね、契約したの。悪魔と」
 まるで圭吾の心の中を読み取っているかのような台詞だった。背筋が凍るような感覚にとらわれる。
「絶大なスピードと力を手に入れた。その結果、クラス一の戦闘能力を持つであろうあなたでさえも、私に太刀打ちできなくなった」
 圭吾は掴まれた腕を必死に動かそうとする。しかし先ほどよりも拘束する力が強くなっているのか、紅月の刃は微動だにしない。まるで鋼鉄の手枷をかけられているようだった。
「元より他人の痛みなんて分からない人間だった私。そして今、自分の身が受ける痛みすらも感じなくなった」
 霞の口が大きく裂ける。
「私はもう何も感じない。目の前に生ある者が存在すれば、殺すのみ」
 ふいに圭吾の身体が宙に浮いた。足払いをかけられて、そのまま地面にたたきつけられようとしているのだった。
「チィッ!」
 身をよじって受け身の態勢をとる。瞬時の判断が功を制してか、大きなダメージを負うことはなかった。だが危険はまだ過ぎ去ってはいない。見上げると、霞の掌が首元へと迫ってきているのが確認できた。喉笛を捻り潰すつもりなのだろう。
 両肘を地面についた状態でとっさに下半身を浮かせ、圭吾は力の限り足を振り回した。キュロットスカートの裾口辺りを見事捉えることに成功した。膝を曲げられた霞は体勢を崩して、そのまま地面の上に手をつく。その隙に圭吾は転がって敵から離れる。
 危なかった。抵抗していなかったら、今頃とっくに殺されていた。
 息があがり、圭吾の肩が激しく上下する。構えた刀の先で、霞がゆっくりと立ち上がった。
「驚いたわ。まさかあの状態から逃れられるなんて」
 掌に張り付いた草を払いながら、もう一度歩み寄ってくる。もはや悠長に話をするつもりは無いらしい。
「生身の人間が、二度も薬を投与した私と、ここまで渡り合えるとは思っていなかった。褒めてあげたいくらいだわ」
 でもね、と霞が顔つきを変える。
「もう遊んでいる暇は無いの」
 彼女の全身から放たれる殺意が、急激に色濃くなっていった。
 どうする? どうすればこの化け物に勝つことができる?
 圭吾は自分自身に問いかける。長年いろんな人物と真剣勝負を繰り返してきたが、ここまでの強敵と出会ったことはなかった。だからこういうときにどう戦えばいいのか分からない。スピードはおろか力まで、相手は自分を遥かに凌駕している。
 結論。勝てるわけがない。
 いくら相手が素手であっても、化け物に刀が通用するとは思えなかった。
 霞は既に圭吾を射程距離に捉えている。先ほど見せた素早さから察すると、彼女はもういつでも相手を殺せる状態にあると考えられる。
「早く死んでよ」
 霞は少し身を屈めて、圭吾の懐に飛び込む準備を整える。
「あなたが死んだら、すぐに春日さんたちを追いかけて、あっさりと殺してあげるんだから」
 言うや否や、彼女は強く地面を蹴って前に飛び出していた。やはり人間のものとは思えないほどのスピードで圭吾の喉元へと手を伸ばす。触れられれば最期、骨ごと首を潰されるであろうと容易に想像できる。隆々とした筋肉が、彼女の人間離れした握力を物語っていた。
 ところが突然、霞は素早く身を引いた。眩い光を放つ金属の刃が、包帯ずくめの全身を切り裂こうと振り下ろされていたのだ。反応が一瞬遅れたのか、霞の額に切れ目が走り、血液が一筋の流れを作った。
 赤い血だ。当たり前か。何もかもが変貌してしまっているが、彼女はやはり人間なのだから。
「既にこちらの動きを見切ったというのか?」
 霞は怪訝そうに圭吾に問いかける。人間離れした動きに圭吾がなぜついてこられたのか、不思議に思っているようだった。
 圭吾は言った。
「お前の動きはもう何度も見ている。襲い掛かってくるスピードもタイミングも、もはや大体は予測できる。力の差は埋めようが無いが、組み合いにさえならなければその点についてはもう全く関係ない。となると、元より戦闘技術で優っていた俺の方が有利に事を進められる。それだけだ」
 両手で構えられた紅月の刃が、霞の喉もと目掛けて真っ直ぐ向く。まるで刀そのものが人間の生き血を欲しがっているかのように。
「それにだ。御影、お前のおかげで俺は気付いた」
「……何にかしら」
「強くなる目的とは何か」
 真剣な眼差し同士が真正面からぶつかり合う。
「俺はたぶん、あいつらを守りたいんだ」
「あいつら? まさか春日さんたちのことかしら」
 クスクスクスクス……。
 霞の口から押し殺そうとした笑い声がはっきりと漏れてきている。
「まさか、あのクールな比田くんが、女の子のために戦うなんて言うとは思わなかった」
「あいつらはこんな所で死なせるには惜しい。そう思っただけだ」
 大きく前に一歩踏み出す。彼はもはや霞に対して恐れなど全く感じていない。
「一年は意外に長く感じた。祖父が死んでから、俺はずっと強くなる目的を探し続けてきた。そして今、やっとそれが見つかった」
 圭吾は大きく口を開き、そしてはっきりと言った。
「俺はまだまだ強くなれる」

【残り 六人】
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