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−死を呼ぶ邂逅(6)−

 張り詰めた空気が辺りを支配する中、武器を握る圭吾の手に自然と力がこもる。想像していた中で最も悪いケースの一つ、御影霞の来襲という事態が実現してしまっては、もはや一瞬たりとも気を緩めるわけにはいかなかった。
 遮蔽物の後ろに隠れたまま身じろぎ一つせず、相手がどう出てくるのか少しの間様子を見ていることにする圭吾。
 はぁ、と、あからさまに出したような溜息が聞こえた。
「黙ってやりすごすつもりかしら? 無駄よ。どこに隠れているのかくらい、私にはもうはっきりと分かっているんだからね」
 ハッタリなどではない様子。彼女は身体を圭吾の方に向けて、しっかりとした口調で言っている。こちらの正体はともかく、木の陰に隠れていることは、とうにばれてしまっているのだろう。
 仕方が無い。無用心に姿を見せたりはしないが、相手の言葉に対しての受け応えだけはすることにした。霞もこちらからの攻撃を警戒してすぐには近寄って来られないだろうし、それなら会話で少しでも時間を稼いでいたほうが良いかもしれないから。
「久しぶりだな……、御影」
「あら、その声は比田くんじゃないの」
 やはり彼女はこちらの正体までは分かっていなかったようだが、一つの予想としては思い浮かべていたようだ。こちらが正体を明かしても、驚いたりしている様子は全くなかった。
「それじゃあ、つい先ほどまで一緒にいた二人のうち、片方は春日さんだったのかしら」
「ああ」
 地面には三人分の足跡が残されている。それを見たなら、圭吾に連れが二人いたことくらい霞にだって分かるだろう。
 ガチャ、と銃を構えるような音が聞こえた。
「なるほどね。何かしらの理由で私の接近に気付いたあなたは、連れの二人を先に逃がしつつ、この場に一人だけ残って時間稼ぎするつもりだった。こんなところかしら」
「よく分かったな」
「状況が全てを物語っているもの。並んでいた真新しい足跡のうち二つは真っ直ぐに進んでいるのに、一つはここで突然分かれて、そこの木の後ろへと向かっている」
 なるほど、そういうことか。足跡のつかないアスファルトの道を歩けなかったことが悔やまれる。山の中だから仕方ないのだが。
「ねぇ、春日さんじゃない方のもう一人って誰だったの?」
「教える義理は無いな」
「ふーん。まあそれはいいわ。それじゃあ別のことを聞こうかしら」
 霞は銃を圭吾のほうへと向けたまま言った。
「もしも、あなたがアイツの居場所を知っているなら、是非とも教えてもらいたいんだけど」
「アイツって……湯川か?」
 以前、廃ビルの前で霞や湯川利久と向き合ったことがある圭吾は、松乃中等学校大火災を引き起こした犯人、湯川利久を、霞が心の底から憎んでいたことを知っている。復讐に燃えている彼女はきっと、今すぐにでも利久を殺してやりたいと思っているはずだ。
 霞は利久を探している。圭吾はそう確信していた。
「仮にそれを教えたとして、俺や春日たちを見逃す気なんて、お前にあるのか?」
 すると霞はクスクスと笑った。
「見逃してあげる訳ないじゃない。湯川の件とあなた達を殺すかどうかは全く別の話よ。私は松乃の生き残りは誰一人、許してあげるつもりは無いんだからね」
「結局は全員殺すということか」
「そういうこと」
「それじゃあ教えるわけにはいかないな」
 そもそも圭吾は利久の行方なんて知りもしなかったが、言ったところで無意味なので、あえてそれについては黙っていた。その代わりに、無駄だとは思いつつも、一応揺さぶりをかけてみる。
「御影。松乃の火災のとき、熱風と煙に包まれて意識を失っていたお前が、なぜ生還できたか知っているか?」
 銃器を向けられているため、木の後ろからは迂闊に顔を覗かせることもできないが、圭吾の言葉を聞いた霞の表情に変化が現れているのは確かだろう。彼女は当時の惨事に関する話にかなり敏感になっているだろうから。
「俺が助けたんだ。お前の上に圧し掛かっていた瓦礫を必死になって取り除き、力づくで引きずり出した。俺だけじゃない。土屋怜二も一緒だった。奴はお前を助けるために、炎に恐れず立ち向かっていった。そして、片手に酷い火傷を負った。それから、磐田猛もお前のために危険を省みず協力してくれた」
「……」
 黙り込む霞。一体何を考えているのか分からないが、何か思案している様子だった。
「分かるか? お前は真実を知らないで、自分を助けてくれた恩人の一人を無残に殺してしまったんだ」
 そう。磐田猛は燃え盛る廃ビルの中で霞に殺されたのだ。頭をナタで叩き割られて。
「もうこれ以上過ちは繰り返すな! お前は何か大きな勘違いをしている! 真実から目を逸らさず喝目するんだ!」
 圭吾は畳み掛けるように言い切った。
 霞は黙ったまま何も発言しようとしない。人の声が完全に途絶えたことで、少しの間辺りは静寂に包まれた。そしてしばらくして、クスクスと小さく不気味な笑い声が再び圭吾の耳に入ってきた。
「作り話はそれでおしまいかしら?」
「御影?」
「分かっているわよ。私から無事に逃れたい一心で、急遽そんな空想話を頭に描き上げたんでしょ。でもね、甘いわよ。私はそんなデタラメを信じてしまうようなお人よしではないから。あなた達をぶち殺そうという考えに、変化なんて起こらない」
 頭の中にしっかりと刷り込まれている恨めしい思いは、やはりそう簡単なことでは覆らないらしい。思っていた通りだったとはいえ、圭吾は残念に思わずにはいられなかった。
 自分達の手で生かした人間に殺意と牙を向けられてしまった以上、こちらもまた鋭く研いだ剣を、相手の喉元に向かって構えなくてはならない。あまりに理不尽すぎる。しかし、こうなってしまっては仕方が無い。
「分かってもらえないか……。残念だ」
 紅月は腰の鞘に挿したまま、右手に持ったデザートイーグルを持ち上げる。
「それなら、今度は俺の手でお前を殺すことにする!」
 圭吾はデザートイーグルを握り締めた右手だけを木の後ろから出し、霞に向かって発砲した。火薬が破裂する大きな音が辺りに響き渡る。
 相手が怯んだであろうその一瞬の隙に、圭吾は藪の後ろに身を隠しながら素早く場所を移動する。相手の銃の狙いから逃れるためだ。真っ向からの銃撃戦では、銃を使った経験の無い自分のほうが圧倒的に不利。そのため相手をかく乱させるためにも、こちらの居場所を分からなくさせる必要があった。
 圭吾はとある一本の老樹の後ろに滑り込み、茂みの隙間から相手の様子をうかがう。
 でたらめに撃った弾が当たっているはずもなく、相手は無傷のまま上半身を動かして周囲を見回している。
「やる気なのね。そうこなくっちゃ」
 見ると、霞が手に握っている銃は圭吾のものよりも大型だった。彼は知りもしないが、それはキャリコM950というサブマシンガンである。霞はそれを両手でしっかりと抱えるようにして、辺り一帯に向けて掃射し始めた。
「地獄へのトンネルを、あなたの身体じゅうにいっぱい開通させてあげるわ!」
 包帯ずくめの全身を激しく揺らしながら、彼女が大きく咆哮する。慌てて木の陰に退避した圭吾のすぐ側を、複数の銃弾が凄まじいスピードで通り過ぎていった。もちろん目に見えはしなかったが、凄まじい風圧を肌で感じた。
 霞のマシンガンの狙いが別の方へと向いた瞬間を狙って、圭吾も一発だけ撃ち返す。しかしそうするとすぐに居場所がばれてしまうので、自然の中に無数に生えている遮蔽物に身を隠しながら、再び場所を移動していく。ヒット&ウェイ戦法だ。だがしかし、相手もまた半身が障害物の後ろに隠れるような位置を取っているため、銃の素人である圭吾ではなかなか撃ち倒すことができない。腕力のおかげで発砲時の衝撃にも負けず銃身は常に安定していたが、それでも狙い通り正確に弾は飛んでいかなかった。銃を撃つという動作の基本を知らないためだ。
 接近戦では絶大な力を誇っていた圭吾。しかし銃撃戦となるとほとんど無力になってしまっていたと言える。
 このままではやられるのは時間の問題かもな。
 絶えず向かってくる弾丸の威圧を感じながら、圭吾はそんなことを思った。

【残り 六人】
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