016
−導かれた戦鬼−

 いつのころからだろうか。私が『復讐』という邪念を抱くようになったのは。
 ここは病院の一室。
 壁や天井、床の色をはじめ、枕元の小さな棚も、果ては自らが横たわっているベッドや布団の色まで、目に見えているもの全てが真っ白だ。考え方によっては清潔感のある空間とも見えるが、私にはただ色気のない無機質な空間としか思えない。寂しく、とても退屈な場所だ。
 私がこの病室に放り込まれたのは二年前。
 中学校の火災によって全身の八割方に火傷を負ってしまった私は、病院に担ぎ込まれた時には既に瀕死の状態だった。医師曰く、生きていたのが不思議だったというほど。
 ちなみに、私自身にはその時の記憶は無い。高温の熱風に身を包まれた瞬間に意識を失ってしまった私が次に目を開けた時は、既に手当てが済んだ後だったため、その間の事は話に聞いたことしか分からないのだ。
 とにかく、医師達の迅速な処置によって、なんとか一命を取り留めた私だったが、それはあくまでも“一命を取り留めた”に過ぎない。
 醜く焼け爛れてしまったその姿は、そう簡単に元に戻す事はできないのだ。
 皮膚が欠損してしまっている部分が医師の手によって順に治療されていく。しかし焼け爛れてしまっている皮膚の面積があまりにも広すぎるため、その終わりが何時訪れるのか患者自身には見当もつかない。
 年頃の女である私にとって、それらは全て絶望的な話だった。
 私は病室の布団の中で、一人で毎日泣き続けていた。
 鏡を見ても、そこに映るのは十代の可憐な少女ではなく、醜く顔を歪ませた悪魔のような生物の姿のみ。
 変わり果てた自らの姿を隠すために、私は全身に白い包帯を巻き、いつか元の姿に戻れる日が訪れるのを信じ、ひたすら待ち続けた。
 しかし、何週間、何ヶ月、果ては二年もの月日が経っても、肌が以前の様子に戻る兆しなんて一向に見られない。
 もう元の姿に戻れないかもしれない。もう昔の生活には戻れないのかもしれない。そんなことを思い、私は徐々に自暴自棄になっていった。すると、私の心の奥底に根付いていた微かな感情が、少しずつ大きく膨らんでいった。それはまるで、私の中にわずかにあった生きる希望を喰らって成長しているかのようだった。
 膨らんでいった感情。それは業火の中で助けを求めた私の声に反応すら示さなかった松乃中生たちへの怒り。
 もちろん、あの炎の中で他人を助ける余裕など誰にもなかったと、私だって理解していた。だけど、私の声に誰一人振り向きすらしてくれなかったのは、あまりにも酷すぎるのではないだろうか。
 始めの頃は本当に微かにしか存在していなかった感情だったが、今では私の肉体をぶち破って外に飛び出しそうなほど巨大に成長してしまっていた。もはやそのコントロールも不能な状態だ。
 そんなときだった。私の病室にあの男が現れたのは。
「御影霞さんですねぇ?」
 引き戸を勢い良く開くと同時に、ネチネチとした口調で私に問いかけてきたのは、右の頬に切り傷跡のあるアフロヘアーの男。
 私が黙って頷いて見せると、アフロの男はニタリと笑み、そして私の身体をまじまじと眺め始めた。
 醜く変わり果てた姿に好奇の目を向ける男に対して、私が抱いた感情は不快以外の何物でもなかった。
「いやいやぁ、話に聞いていた以上にすごいことになってますねぇ。たいそう辛い思いをしたことでしょう」
「うるさい! あなたはいったい誰なんですか! 何をしに私のところに現れたんですか!」
 男の言葉にさらに気を悪くした私は、病院じゅうに響き渡るほどの大声で叫んだ。しかし男は驚いた様子もなく、不気味な笑みを保ち続けた。
「ははは、まあ怒らないでください。私はただ、御影さんに耳寄りな話があるとお伝えしに来ただけなんですから」
 わざとらしく咳払いをして間を作る男。どうやらここからが話の本題らしい。
「ところで御影さん。あなた、松乃中大火災の生き残り達に復讐したいと思ってはいませんか?」
 男の突然の話に、私はびくりと肩を震わせてしまった。それを見た男は声を出して笑い始めた。
「やはりそうでしたか。それならばこの話にはさぞ喜ばれるでしょうねぇ。兵庫県立梅林中等学校三年六組。松乃中火災被災者特別クラスであり、現在あなたが所属しているそのクラスが、今回プログラムに選ばれちゃったんですよねぇ」
 男の言葉を耳にしたとき、正直驚かずにいられなかった。
 プログラムとは、最後の一人になるまで生徒同士で殺し合うという殺戮ゲーム、共和国戦闘実験第六十八番プログラムのこと。それに選ばれる確率は、宝くじ一等当選よりも低いと聞くが、まさか自分のクラスがそれに選ばれてしまうとは。
「それでですねぇ、あなたの現在のクラスメート四十四人は、否応がなしに参加を強要されるんですが、御影さんは入院患者。さすがの政府も重傷者であるあなたに参加を義務付けることはできませぇん。しかし、御影さんはプログラムに参加できる“権利者”ではありまぁす。本人が同意さえしてくだされば、私達も気兼ねなくあなたをプログラム会場へと連れて行くことができまぁす。そこで私からの質問でぇす。御影霞さん、あなたはプログラムに参加する意思はありますかぁ?」
 選択を迫られる私。
 プログラム参加を拒否し、この身体が完全に癒える日をじっと待ち続けるか。それとも、プログラムに参加し、殺意に満ち溢れる世界へと身を投じ、その生涯に潔くピリオドを打つか。
 通常、誰もが先の回答を選択するであろう。しかし、私はそれができなかった。
「それではぁ、こちらの書類にサインを」
 アフロヘヤーの男が差し出してきた書類―プログラム参加同意書に、私は自らの姓名を記入した。

 兵庫県立松乃中等学校大火災。私はその生還者たち全員を許しはしない。
 奴らは私を助けてくれなかった。
 奴らは私に振り向きすらしてくれなかった。
 奴らは私を見殺しにしようとした。
 だから私も奴らを殺すことにした。

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