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−キラーマシン(1)−

 ゲーム開始から一日以上、睡眠をとるどころかほとんど休むことも無く、起伏の激しい山の中を中心に歩き続けてきた。おかげで足はもう左右ともガタガタだ。ももの筋肉がひきつって、さらに小さく痙攣さえしているのが歩きながらでも分かる。
 歩くのがこんなにも苦しいと感じたのは、生まれて初めてかもしれない。サッカー部の強化合宿で、かつて十キロメートルマラソンというのがメニューに組まれていたことがあったが、それをやり遂げた後でも、今ほど疲労してはいなかったように思う。それだけ今回の休み無しでの山歩きが過酷だったということだろうか。クラスメート同士での殺し合いを目の当たりにして、精神的に大きなダメージを負ってしまっていたということも、苦しさに拍車がかかる要因になっていたのかもしれない。
 どんなに疲れても、自分の探し人と会えるまで足を止めようとしなかった土屋怜二(男子十二番)だが、さすがにそろそろ限界を感じてしまっていた。このまま無理に移動を続けていると、目的を果たす以前に自分がくたばってしまいそうだ。
 息があがって肩が上下に揺れているせいなのか、怜二の両眼に映る景色も常に小さく振動し続けている。
 どこかに身を潜ませながら一度休みを取ったほうが良さそうだ、とふいに思った。機械のバッテリーと同様に、人間の体力にだって限りがある。そのため長時間動き回るのなら、充電するためのインターバルを途中に挟むことが非常に大切。熱くなったモーターも冷却しなければ、内部でコイルが焼き切れてしまう。
 怜二は辺りを見回して、どこか休憩するに適した場所は無いかと探した。
 夜明けが近づいてきているのか、ほとんど真っ暗だった森林の中が、だんだんと淡い緑に染まってきている。目を凝らさなければ立っている位置も分からなかった木々の輪郭が、今ではくっきりとその姿を景色の中に浮かばせている。そんな中、太い木の幹などの植物の陰になって人目につきにくくなっている空間が、ふと怜二の目に止まった。身を隠しながら休むには、付近ではそこが最適のように思えた。
 怜二はさっそく、湿地帯に生息する背の低いシダを踏みつけながら向かい、薄暗い空間内へと身を滑り込ませた。木と茎の太い雑草に囲まれて少々狭いように感じたが、男一人が座るくらいのスペースは十分にあった。
 丸一日以上激しく降り続いていた雨の勢いが、次第に弱まってきている。木の枝を中心に広がる葉の傘の下でじっとしていれば、濡れることはもうほとんどない。
 髪が含む水分を振り落としながら、木の根の上に腰を下ろして幹にもたれかかる。そして「ふぅっ」と一息ついた。久しぶりの休息だ。だが、そうしている僅かな時間すら今は惜しい。三十分、いや、十五分経ったら再び行動を開始しようと怜二は取り決め、時間が来たらすぐに出発するよう自分自身に強く言い聞かせた。
 はたして、短い休みでどれだけ体力を取り戻せるだろうか。怜二は回復力に関しては多少の自信を持っていたが、さすがに十分やそこらでは疲労感を完全に拭い去るのは難しいだろう。
 伸ばし続けてきた膝の関節を急角度に曲げてみると、鋭い痛みが襲い掛かってくる。そして全身を包む脱力感。精神の疲れは前々から感じていたが、肉体の疲労も思っていた以上に酷かったらしい。
 また、ひとたび休憩を始めると、今度は睡魔に襲われだした。本来ならそのまま布団に入って目を閉じてしまいたいところだが、今は眠ってしまうわけには行かない。頬を強く叩いて、強制的に瞼が閉じるのを何とか食い止めようとする怜二。気力を振り絞った甲斐あってか、なんとか眠気をやり過ごすことはできた。しかし安心は出来ない。疲れが最高潮に達している今の状態では、いつまた睡魔が襲い掛かってくるか分からないのだ。休んでいても気を抜くことは許されない。
「ちくしょう」
 怜二は小さく舌打ちした。体の疲労、それから思い通りに事が進まないという現状のせいで、彼の中に積もり積もったイライラがさらに大きく膨らんでいた。
 せっかく一度は御影霞(女子二十番)を見つけたというのに、追いかける方向が間違っていたのか、結局は見失ってしまったのだ。あのとき、進むべき方角を誤ってしまった自分が本当に憎らしい。ちゃんと彼女の跡を追えていたなら、おそらく霞と戦闘を繰り広げていたのであろう里見亜澄も、死なずに済んでいたかもしれない。
 犠牲者はどんどんと増えていくばかりだ。これ以上の無駄な死を食い止めるために、怜二は一刻も早く霞と会って彼女を止めなければならない。
 幸いと言えるかどうかは分からないが、プログラム開始から一日以上経った今は禁止エリアとなって侵入できなくなっている区域が多く、生徒達の行動範囲はかなり絞られてきている。つまり霞と遭遇できる確率は、かなり高まってきているはずなのだ。
 怜二はそう前向きに考えて、希望を捨てずにこれからも捜索を続けることを強く決心した。しかし移動可能なエリアの縮小は、霞以外の生徒に見つかる確率も高くなってきていることを意味するため、本当のところ喜んでばかりはいられない。怜二の信用のおける人物――例えば、松乃の火災時に自分の命を危険に晒しながらも霞を救出することに協力してくれた比田圭吾(男子十七番)とかなら、むしろ合流したいくらいだが。そんな都合の良いことばかり考えて気を抜くのはやめたほうがいい。常に敵との遭遇という危険な場面を想定しつつ、多少の緊張感を持って行動するべきだ。
 首から上を傾けて中空を見つめる。その瞬間、怜二は何やらただならぬ気配を感じた。
 誰かいるのか?
 木の幹にもたれかけていた背筋をぴんと伸ばし、急いで草葉の隙間から周囲を覗き見る。茂みが揺れるような音や、誰かの声が聞こえたわけではない。ただなんとなく、正体不明の嫌な空気が肌を撫でるような感覚が全身を駆け巡ったような気がしたのである。単なる気のせいだったのかもしれないが、人間には太古の昔から受け継がれてきた六つ目の感覚器官が存在しているとよく言うし、直感や勘なんかも馬鹿にはできない。
 小さな音も聞き逃しはしまいと、静かに耳を澄ませる。すると遠くのほうで誰かが歩いているような足音が、微かにだが確かに聞こえてきた。困ったことに、その音はだんだんとこちらに近づいてきているように感じる。
 怜二は身を潜ませていた空間から素早く抜け出て、身体を低くしながらその場から離れることにした。いや、もしかすると向かってきているのは霞かもしれないので、とりあえず足音が進む軌道上から逃れ、少し離れた位置で隠れながら、相手の正体を確かめることにした。危険が伴うが、人を探している以上こうすることは仕方が無い。
 音を立てないように気をつけながら、別の茂みの陰に移動する。朝が近づいてだんだんと周囲が明るくなってきているが、この深い森の中で茂みに隠れた人間を見つけることは容易ではないはず。怜二はそう自分に言い聞かせて高揚する気分を落ち着かせ、息を殺して相手が姿を現すのを待ち続けた。
 足音はゆっくりと、だが着実にこちらへと近づいてくる。時折、茂みが揺れるガサガサという音がしたが、向こうもそれなりに注意を払っているのか、音は最小限にしか聞こえてこなかった。
 時はすぐに訪れた。怜二の頬を伝っていた水滴が顎の先から落ちた瞬間、木の裏から人が姿を現したのだ。こちらとの間隔はおよそ二十メートルといったところか。目を凝らせば相手の顔も十分見ることができるような距離だ。しかし、怜二は目の前に姿を現した人物の正体がまだ分からなかった。なぜなら相手は頭から膝下辺りまでほぼ全身に黒衣を纏い、顔もフードの陰になってほとんど見えなかったのである。ただ、背丈から霞でないことは明らかだった。霞の身長は女子の標準ほどであるが、目の前の人物の背はかなり低い。つまり、比田圭吾でないことも明らか。
 黒衣に身を包んだ謎の人物は右手にマシンガンを持ち、左の肩にかかったデイパックの口からは、さらに別の銃器を覗かせている。もし相手がやる気の人物であるなら、近づくことは非常に危険だ。何一つ武器を持たない丸腰の怜二では、戦闘になったら勝ち目が無い。
 ここは静かにやり過ごすべきだな。
 怜二は茂みの中に隠れたまま、相手がどこかに消えてくれるのを待つことにした。しかし、マシンガンを手にした人物はうろうろと付近を歩き回りながら、だんだんと怜二に迫ってくる。
 まさか、こちらの隠れている場所がばれているのではないか、と思ったが、もし怜二の居場所に気付いているなら、もっと真っ直ぐに歩いて近づいてきているはずだ。
 すると怜二は気がついた。黒衣の人物は左手にも何やら機械のようなものを持っており、常にそれに注意を払っている様子なのだ。
 もしかしたらレーダーか、あるいはそれに似た、とにかく人を探すための道具なのかもしれないが、その正体を正確に知る術は怜二に無い。だがもしそういった探索系の機器なのだとしたら非常にまずい。いくら茂みに隠れていようと、いずれ見つかってしまうだろう。
 怜二は再び移動を開始することにした。相手の様子から察するに、左手の謎の機器を用いても、瞬時に他の生徒の居場所を割り出すことは不可能らしい。身を低くして茂みなどに隠れながら少しずつ移動していけば、逃げ切ることは不可能ではないはずだ。
 まるで赤ちゃんがハイハイするかのごとく、両手足を地面につきながらゆっくり動く。こういうとき、デイパックも何も持っていなくて良かったと思う。身軽でなければ敵から逃げることもままならなかったかもしれない。
 小さく深呼吸をする。その時だった。横から伸びてきていた枝の一本に肩が触れてしまったのか、側の茂みが微かに音をたてたのだ。
 しまった。
 後悔した時にはもう遅かった。振り向いた怜二の視線の先で、黒衣を纏った人物がマシンガンを構えながらこちらへと物凄い勢いで走り出していた。

【残り 六人】
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