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−歪んだ視界(1)−

 兵庫県立梅林中等学校の三年六組がプログラムに選ばれたという話を耳にした時、醍醐一郎は自らの胸が大きく高鳴るのを感じた。2005年に発生した火災で彼はたった一人の娘を失ってしまったのだが、娘の元クラスメート達は現在、生きてその梅林中等学校へと通っている。
 醍醐は梅林中三年六組のメンバー達を心の底から憎んでいた。我が娘、葉月は炎で直接身体を焼かれながら苦しみ抜いて死んでいったというのに、生き残った生徒達はそれぞれ顔に満面の笑みを浮かべながら実に楽しそうに毎日を過ごしているではないか。それがあまりに不公平に思え、彼は許せなかったのである。
 それは傍からは単なる逆恨みにしか見えなかったかもしれない。しかし醍醐は自らの心情を正当化し、生徒達に正体がばれぬよう田中一郎と名前を偽ってまでしてプログラムの担当教官に名乗りをあげた。全ては憎しみの対象である松乃中大火災の生き残りたちにも、葉月が味わった死の苦しみを味わわせるため。
 基本的にプログラムの担当教官は運営側からの推薦によって決められることになっているが、立候補者が担当教官を務めた例は過去にいくつかあったので、醍醐の希望はいともあっさりと通された。じつにありがたいことだった。
 早速彼は梅林中三年六組――被災者特別クラスのメンバー達をできるだけ苦しませながら殺すため、綿密に計画を練り始めた。
 生徒達を拉致して島に監禁し、ただ殺し合わせるというだけではどうも淡白で、そして生ぬるく思える。そこで醍醐はとある案を思いついた。それは、自分と同じように松乃の火災の生き残りたちに対して大きな憎しみを抱いている人物をゲストとして呼び、そしてプログラムをより凄惨なものにさせる、というもの。
 すぐにゲストとしてうってつけの人物は見つかった。辛うじて命は失わずに済んだものの、身体中に残された火傷の跡に今も苦しまされながら病院内で日々を送っている御影霞。彼女なら醍醐のように被災者特別クラスの人間達を心の底から憎んでいてもおかしくはないし、もし本当に憎しみを抱いていたとしたら、こちらが望むような働きをしてくれるかもしれないと期待できる。
 早速、霞とはどんな可能性を秘めている人物なのか自らの目で見て確認するため、醍醐は彼女が入院している病院へと足を運んだ。
 病室のベッドの上に横たわる霞の姿を初めて見たとき、醍醐の中にあった好奇心はさらに大きく膨らむこととなった。身体中に包帯を巻きつけたミイラのような姿は、見ているだけで迫力が感じられたのだった。醍醐は嘗め回すように相手を観察しながら話しかけ、そして霞の心理を探り始めた。
「こんにちは。御影霞さんですねぇ?」
 話を始めてすぐ、相手の内に秘められている心の闇の存在は感じとれた。松乃中等学校大火災での生還者達に関する話をするたびに、霞は意味深な不快感を露にしたのだった。
 霞と会って話をしたのはこのときが初めてだったが、醍醐は自分と似た匂いを放つ彼女のことをすぐに気に入った。そして霞なら自分の恨みを代わりにはらしてくれると確信した。
 醍醐は早速プログラムの話を持ち掛ける。すると思ったとおり、霞はほとんど迷わずにその場で参加を決めたのだった。

 プログラムが開始される当日、霞は他の生徒達よりも一足先に会場入りすることとなった。
「まさかプログラム参加がきっかけで、再びこの制服に袖を通すことになろうとはね」
 などと呟きながら、軍用ヘリから荒れ果てたグラウンドへと降り立った霞の姿はじつに勇ましかった。松乃中学校の制服を身につけている以外は、先日病院で会った時の彼女と何ら変わり無いはずなのに。もしかすると復讐に燃える彼女の闘志が、外見にもなんらかの変化を及ぼしていたのかもしれない。
「いやぁ、よく来てくれた。御影さん」
 醍醐一郎、もとい田中一郎は両手を広げながら、少しオーバーに霞を出迎える。ちなみに霞は担当教官の名前が偽名だとは知らない。
「奴らはもう到着しているのかしら」
「いえ。ウンコちゃんたちは慰霊碑のある松乃中跡地を訪れてからこちらに向かうことになっておりますのでぇ。予定では本日午後六時以降に着くことになっています。まあ催眠ガスで眠らせて拉致しますのでぇ、目を覚ますであろう深夜ごろにならないと、プログラムは始められないでしょうけどぉ」
「ウンコちゃん?」
「ああ、失礼。梅林中三年六組の方々のことですよ。いちいち呼ぶのが面倒くさいんで、簡単にそう称しているんです」
「ウンコちゃんか……。なるほど、あなた良いセンスしているわ」
 クスクスクス。
 手で口を覆うようにしながら霞が静かに笑った。本人にそのつもりは無いのだろうが、少々不気味な独特の笑みだった。
「おや?」
 田中は霞の胸元へと目を向ける。別にいやらしいことを考えていたわけではない。ただ、包帯ずくめでお世辞にも美しいとは言い難い彼女には似つかわしくない、ある物のことが気になっただけだ。
「そのネックレス、何なのですか?」
 皮製の紐で首から吊るされた銀色の何かが、制服の赤いリボンの上で鈍く輝いている。どうやら太陽をモチーフに模られたシルバーのネックレスのようだ。よく見ると部分的に煤がこびり付いているように見える。


 霞は自らの胸元へと目を向けて、「ああ、これ?」と、それを握り締める。
「これは、言わば私のお守りですわね」
 彼女は言った。火災に巻き込まれ、病院へと運ばれた自分が唯一持っていた物が、このネックレスだった。瓦礫の下敷きになって身動きが取れなくなっていたときに、必死に伸ばした手が、誰かが落としていったそれを偶然掴んだのだ。まるで溺れた人が一本の藁を掴んだかのように。そしてそのまま意識を失って、気がつくと病院のベッドの上にいた、と。
 なるほど、所々煤けているように見えたのは、単なる気のせいではなかったようだ。ネックレスは燃え盛る校舎の中に存在していた瞬間が、確かにあったのだ。
「炎の象徴ともいえる太陽を手にした結果、私の命は救われた。だからこのネックレスが燃え盛る校舎の中から私を助けてくれたのだと、今も信じています。そして生命の象徴でもある太陽は私の憧れの対象でもある。だから肌身離さずこうして持ち歩くのですね」
 彼女は一通り話し終わると、ネックレスをワイシャツの内側に隠すようにしまった。わざわざ人目に晒すようなものではないと考えたようだ。
「で、プログラムが始まるまで、私はどこに待機していれば良いのかしら。まさか汗臭い兵隊達と同じ部屋で時が来るのを待ち続けなければならないわけではないわよね」
「大丈夫ですよぉ。レディをどう扱うべきかくらい、私共も分かっているつもりですからぁ。御影さんのためだけに、一室ご用意させてもらっております。あ、もし何か要望がありましたら、兵士どもに何なりと申し付けてくださぁい。コーヒーだろうが何だろうが、すぐに持って行かせますから」
「あら、そこまでしてもらっちゃって悪いわね」
 霞はどこかの屋敷のお嬢様のような上品な口調で喋りながら、何か大きな荷物が入っているらしい旅行用のドラムバッグをひょいと担ぎ、プログラム本部である分校の中に入っていく。
 田中はその後ろ姿を見ながら思った。

 こちらの用意は整った。さあ、松乃中等学校大火災の憎き生存者達よ、御影霞の手にかかって苦しみながら死ぬがいい。

【残り 六人】
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