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−狂走兄妹(13)−

「よーしよし。もういいぞ、桜」
 マシンガンの中身が散々放出されたころになって、利久は後ろから桜の頭に手を置いて優しく制した。頭蓋骨の中で暴れる弾丸によって雛乃の頭部はぐちゃぐちゃに潰され、もはや原形をとどめていない。前髪を止めていたヘアピンは真ん中で無残に折れ曲がり、血だまりの真ん中に落ちてしまっている。
 桜は言われたとおりマシンガンを撃つのを止めると、僅かに頭を動かして小さく頷きながら立ち上がった。感情というものの欠片すら見られない、無機質な表情は相変わらず。
「無残な死に様だな。ここまで酷いと、さすがに吐き気を覚えずにはいられない」
 獲物を見ると無意味になぶりたくなるこの悪い性質、なんとかしなければならないかもな。なんて呟きつつ、飛び散った脳髄の一部を足で踏み付ける利久。彼の言葉は実に軽いもので、そこに深い意味など何一つ込められていないのだった。
 人間を慕い、人間を愛し、人間を哀れむ。そんな人間として当たり前の感情が、いつのころからか彼の中から失われていたのである。
 俺がこんなふうになってしまったのは、全部あんたのせいだぜ。北見センセ。
 利久はかつて自らが世話になった松乃中等学校の教師の姿を、ふと頭に浮かばせた。キャスター付きの椅子に腰掛けて、こちらを振り向くのは穏やかな顔。思い返すほどに、ずっとそれに騙され続けていたお人好しだったころの自分のことが、本当に憎らしく思えてくる。
 どうして俺は表舞台で繰り広げられる偽りばかりを信じ、シナリオの裏でうごめいていた悪意と陰謀を、見抜くことが出来なかったのだろうか。
 深海の底のようにどす黒い記憶は、現在もなお利久を後悔させ続けている。しかし今は、そんな古い話なんかに捉われている場合ではなかった。
 今の利久にとって大切なのは、残り少なくなった生存者達を全て始末するということのみ。
「さて。とりあえずは中沢を仕留めた場所へと戻ることにするか」
 今回の戦いを経てグレネードランチャーという強力な武器を手にすることが出来たが、どうやら弾はここには無い様子。本来の持ち主であった福原千代が何発かは制服のポケットに入れて持ち歩いていたようだったが、ほとんどはデイパックの中に残されたままになっているらしい。それを回収しに行かなければ、せっかくの強力な武器もただの「お荷物」となってしまう。
 利久は来た道を戻り始める。すると桜はまた黙ったままその後について歩き出した。
 あくまでも命令に忠実な彼女。利久が睨んだとおりの働きを、戦いの中でも見事に見せつけてくれた。もちろん危なっかしいシーンは何度かあったが、それも実戦を重ねたことによって次には改善されているはずだ。驚異的な学習力を誇る桜なら大丈夫。
「グレネードの弾を回収してからは、そうだな……」
 肩にかけたデイパックの紐のねじれを直しながら考えていると、そろそろ幹久が戻ってくるのであった、と思い出した。
 利久が与えた『深夜零時までにクラスメートを三人殺せ』という課題を、制限時間内にこなせなかった、使えない桜の兄。
「よし。それじゃあ桜には次に、さらに難易度の高い課題に挑んでもらおうか」
 歩きながら後ろを振り返り、まっすぐ前を向く桜に微笑んで見せる。
「双子の兄、白石幹久をその手で殺せ。それが済んでからは、俺を除く全ての生存者を排除してもらおうか」
 悪意のこもった重い言葉を、利久は相変わらず易々と言ってのけた。

 レインコートを伝って落ちる雨の滴が、足元の水たまりにいくつかの波紋を生み出す。
 双子の妹はもう、十五年間共に過ごしてきた兄のことを全く覚えていないのだろうか。
 小さく波打つ水面には、しっかりと頷く桜の姿が、少し歪んで映し出されていた。

【残り 十二人】
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