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−狂走兄妹(11)−

 小刻みに震える力ない両手から、真紅の液体がぽたぽたと滴り落ちる。左右の目がはっきりと捉えたのは、自らが作り出した凄惨な光景だった。 
 松原雛乃がこれまで封印し続けてきた記憶とは、ほんの少し思い出すだけで戦慄してしまうほどの恐ろしいものだった。

 身体のサイズが小さいという以外、際立った特色も取柄も無い雛乃は、中学校に入学してからも、それ以前と何ら変わらない平々凡々とした生活が続くのだと思っていた。
 クラスの先頭に立つことも、誰かに激しく求愛されることも、特別なことなんて何も無い。ましてや、自分が何らかの事件に巻き込まれてしまうなんてことは考えられもしなかった。
 本格的に中学生活が始まる前からそんな夢の無い未来を思い描いていたとは、なんて寂しい少女なのだろうか、と他人に思われてしまっても仕方が無かっただろう。しかしそんな平々凡々とした日常こそが、実は雛乃が深層心理のレベルで無意識のうちに追い求めていた理想の生活なのであった。特別なことは何もなくても、ただ人並みに三年間を楽しみながら過ごすことが出来さえすれば、彼女はそれだけで満足できるのだった。
 しかし平均的な幸せに固執するが故に、逆に生活の水準がそれよりも下がってしまうことについては、彼女は恐れを抱いてしまっていた。例えばクラスのメンバーの中で自分だけが仲間はずれにされてしまうとか、不運な事故に巻き込まれて学校に来られなくなってしまうとか、そんな面白くない思いだけは、絶対に味わいたくはなかった。勉強の成績で下位争いの常連になってしまうなんて事態も当然、彼女にとっては耐え難いことなのである。
 雛乃は特別頭の良い人間ではないと自分でも分かっていたので、とにかく成績なんかも平均さえ保てればそれで良いと思っていた。だが入学後初めての定期テストが迫ったある日、彼女は不運にも身体の調子を崩してしまい、一週間も学校を休まなければならないという事態に陥ってしまった。
 試験前の一週間という大事な時期。出題されそうな重要点なんかを教師に詳しく説明してもらえる「お得な授業」が多い中、その全てに出席できなかったというのはかなりの痛手だった。健康を取り戻して学校に戻ったテスト前日にはもう、彼女は授業の流れに全くついていけなくなっていた。
 もともと初の定期試験というものに対して過剰な緊張感を抱いていた雛乃は、これによって完全に自信を喪失。もはや意気揚々と試験勉強に励む気すら失せてしまっていた。しかし、自らが求める学校生活レベルの最低水準を下回るようなことだけは絶対に避けて通りたいと思っていた雛乃は、もちろん何もしないままそれを実現させたくはなかった。そこで彼女は成績が下がるのを防ぐ為に、数学の公式やら英単語などがびっしりと書かれた紙をペンケースの中に忍ばせて、それを試験中に教員の目を盗みつつ解答用紙に書き写すという禁じ手に頼ることにしてしまった。カンニングだ。
 もちろん彼女だってそれは悪いことだと知っていたし、初めて犯す罪に対しては罪悪感を覚えずにはいられなかった。しかし「ごく普通の楽しい学校生活を送りたい」という思いは強く、結局彼女は些細なものとはいえ一種の犯罪へと手を伸ばしてしまったのである。
 だがその一件が、雛乃の学校生活をむちゃくちゃにすることとなってしまった。教師の目からは上手く逃れることができたが、生徒の中に彼女のカンニングに気付いた者がいたのだった。
 雛乃はある日、校舎西側の二階にある技術工作室へと呼び出された。乱暴にちぎられたメモ用紙の切れ端が下駄箱の中に入っていたのである。
『今日の放課後、技術工作室に一人で来い』
 なぜだか嫌な予感がしていた。こういうシチュエーションから考えられる後の展開といえば、男子から女子への愛の告白だと相場が決まっているだろうが、それにしては呼び出し状に使われていたメモ用紙は味気の無いものであったし、たった一言だけ記載されている文からは丁寧さが微塵にも感じられなかった。
 もし自分が愛の告白をしようと思って男子にこんな手紙を出すのだとしたら、『一人で来い』ではなく『一人で来てください』とでも書くだろう。
「おう、来たな」
 技術工作室に向かった雛乃を待ち受けていたのは、当時同じクラスだったシンゴという名の男子生徒だった。隙間の広い歯を見せてにんまりと笑う顔がなんとなくいやらしいので、普段からあまり良い印象は抱いていなかった。
 少し意外というか完全に予想外だった。シンゴとは今までに接触することすらほとんどなかったし、まさかこんな形で二人きりになってしまう日が来るとは思ったこともなかったから。
「松原さぁ。俺、見ちまったんだよなぁ」
 雛乃の姿を見るや否や、シンゴはうっすらと微笑しながら近寄ってきた。
「見た……って、いったい何を」
「とぼけたって無駄だぜ。なんとなくもう分かっているんだろ? 試験中にカンニングしていたことがバレたってなぁ」
 シンゴの言葉を耳にした途端、身体中が微かに震えた。
 このままではまずい。シンゴは人の弱みに付け込んで、面白半分に傷口を広げたがる厄介な存在だ。カンニングしていたところをこんな男に見られてしまっていたなんて。これから先、何をされるか分かったもんじゃない。
「カンニング? ば、馬鹿なこと言わないでよ。私はそんなことしてないわ」
 雛乃は必死にこの場を逃れようとする。焦っているせいで上手い言い訳など考えられなかったが、まあ大丈夫だろうと思っていた。向こうは「見た」と言っているだけで、雛乃がカンニングをしていたという決定的な証拠を握っているわけではない。だから、身体が震えて声も少し上擦ってしまっていたけど、まだどこかに辛うじて余裕が残されていた。
 だがそれも次の瞬間には簡単に吹き飛ばされてしまう。
「おやおや、あくまでも白を切るつもりか。それじゃあこれはいったい誰なんだろうなぁ」
 シンゴはズボンのポケットから携帯電話を取り出し、ディスプレイを前にして雛乃の方へと突き出してきた。驚いたことに、そこには手に持った紙切れに書かれている細かい文字を、懸命に答案用紙へと書き写している雛乃の姿が、斜め後ろの角度からはっきりと映し出されていた。
 なんてことだ。カンニングの現場は見られていただけでなく、携帯電話のカメラでバッチリ撮影されてしまっていたのだ。
「さぁて。この画像いったいどうしようかなぁ。とりあえず、クラスの奴らの携帯電話へと転送してやるか。あるいはプリントアウトして学校中に貼りまくってやっても面白いかもな」
「やめて!」
 そんなことをされてしまっては、何もかもがおしまいだ。教師や友達からの信用は失われ、ずっと白い目で見られ続ける。成績はもちろんガタ落ち。先の話になるが、間違いなく内申書にも響いてくるだろう。学校生活の水準を平均以下にまで下げることを人一倍恐れていた雛乃は、そんな惨めな思いだけは絶対にしたくなかった。
「そうか、広められるのがそんなに嫌か。それならこの画像を消去することも考えてやっても良いんだが」
「本当に?」
「ああ。ただし条件がある。これからしばらくの間、お前には俺の言うことをひたすら聞いてもらう。それが出来ないのなら、すぐにこの画像がばら撒かれることになるがな」
「……」
「そうだな。とりあえず今は金がほしいな。次の土曜までに二万用意してもらおうか。受け渡しは今日と同じく放課後に、この場所にて行うことにしよう」
 雛乃はただ従うしかなかった。手持ちの金では一万にすら満たなかったので、銀行に預けていた正月のお年玉の残りなどを下ろして工面。なんとか二万円を用意して、約束通り次の土曜に技術工作室でシンゴに手渡した。
 こうして地獄のような日々が幕を開けたのだった。
 相手の欲求が一つ果たされると、休む間もなく次の命令が下される。また金を用意しろ、だとか、自分が欲しい物を代わりに調達して来い、などと言われたこともあった。ゲームソフト、貴金属、漫画本、デジタルカメラなどの電子機器、と、シンゴが欲しがる物のジャンルはとても幅広かったが、大半が中学生の小遣いなんかでは簡単に買えないような高価なもので占められていた。そのため、雛乃の貯金はすぐに底を突き、ついには親の財布から札を抜き取り、万引きにまで手を染めなければならなくなってしまった。だが雛乃がいくら尽力しても、シンゴは一向に携帯電話の中の画像を消去しようとはしなかった。
 平穏な学校生活を手に入れるためとはいえ、終わりの見えない奉仕を続けることに、いつしか限界を感じるようになっていた。そんなある日、雛乃は珍しく放課後ではなく単なる休み時間の最中に、突然シンゴに呼び出された。
『画像をばら撒かれたくなかったら、今すぐいつもの場所に一人で来い』
 いつもの場所とはもちろん技術工作室のこと。毎度のことだが、シンゴから送られてきたメールには非通知設定が施されており、相手のアドレスは全く分からない。雛乃は初め、彼は隠密主義か何かを気取ってこんなことをしているのかと思っていた。しかしこの頃になると、一方的にしかメールのやり取りができないという状況を作り出すことによって、シンゴは雛乃よりも、精神的により優位な立場に居続けようとしているのではないかと思うようになっていた。そしてたぶん、その考えは間違ってはいなかった。
「な、なに……。こんな時間に呼び出して……」
 雛乃は完全に怯えきっていた。呼び出される時は、いつも決まってろくでもない命令をされてきた。このときも、きっとまた無理難題を押し付けられるのだろうと思っていたのだった。だが、今回はいつもと少し様子が違っていた。雛乃が部屋に入ってくるなり、シンゴは技術工作室の扉を内側から施錠してしまったのだ。
「お前、俺の言うことは何でも聞くんだよな」
 心なしか息を荒げている様子だった彼は、何を思ったのか突然服を脱ぎだした。そして上半身裸になると同時に、いきなり雛乃に襲い掛かってきた。
「誰でも良いから、一度こうやって女を無理矢理犯してやりたいと思っていたんだ」
 シンゴは雛乃を床の上に押し倒すと、校章の入った制服のボタンを乱暴に引きちぎる。
「いやっ! やめてっ!」
「うっせー、黙ってヤらせろや。静かにしねぇと今すぐ写真ばら撒くぞ」
 瞬く間にブレザー一枚は剥ぎ取られてしまう。
「嫌だっ! 嫌だっ!」
 雛乃は必死に抵抗しようとするが、力の差が大きすぎた。マウントポジションをとっている男一人を身体の上から退かせることもできない。ただシンゴを怒らせただけだった。
「てめぇ抵抗しやがって! ぶっ殺すぞ!」
 シンゴは拳を強く握り締めたかと思うと、それを勢いよく雛乃の顔へとめがけて振り下ろす。強い力で頬を殴られた弾みで口の中が切れ、唇の端から血が流れ出した。
「観念したか。お前には、俺に逆らう資格なんて無いんだ。平穏に中学生活を終えたければ、これからも俺の言うことを聞き続ける他ないのさ。まあ、俺もいつか飽きるかもしれないし、意外と早く開放されるかもしれないぜ。それがいつになるかは分からないがな」
 一発殴られて雛乃が大人しくなったのを良いことに、シンゴは再び服を脱がせにかかってくる。隙間の広い歯を外に出す彼特有のいやらしい笑顔が、このときはいつも以上に醜悪に思えて、そして悲しさと悔しさのあまり涙がこぼれ出て止まらなかった。
「さあもう少しだ」
 興奮した獣のような息遣いをしながら、シンゴは残り半分となったワイシャツのボタンを外そうとする。そんなとき、突然扉の外が騒がしくなった。
「雛乃、そこにいるの! ねぇ、いったい何があったの!」
 どうやら誰かが異変に気付いてくれたらしく、外から扉を強く叩いている。まさか二階の外れにあるこの部屋に、授業も無いのに人が訪れるとは思っていなかったのか、シンゴは大変驚いた様子だった。慌てて雛乃の上から飛び退くと、急いで服を着て部屋中を見回し始める。この馬鹿、性欲にまかせてこんなところで雛乃を襲ったものの、万が一の事態が起こったときに何処から逃げれば良いかを考えていなかったらしい。
 外からは女子数人の声と、ドンドンと激しく扉を叩く音が聞こえてくる。技術工作室の中ではシンゴが窓から外へと逃げようとしているが、ここは二階だ。そう簡単に降りられるはずもなく、窓枠をまたいだまま四苦八苦している。
 雛乃は半裸のままゆっくりと立ち上がった。そして、すぐ側の棚の引き出しからバールを一本取り出すと、高くそれを振り上げた。
 このまま彼を逃がしてしまっては、また地獄のような日々が延々と繰り返されてしまう。自らが望む平穏な日常を取り戻すためには、この男を葬らなければならない。
 襲われたショックのあまり冷静さを失っていた雛乃は、衝動的に浮かんだそんな思いに突き動かされてしまったのだった。
 窓枠の上に乗っていたシンゴの首根っこを引っ張ると、バランスを崩して彼は技術工作室の床の上に転げ落ちた。そしてこちらを見上げるよりも早く、その頭に向かって硬いバールを振り下ろす。手に柑橘類の果実か何かが潰れるような感触が伝わった。それとほぼ同時に、技術工作室の扉が勢いよく開かれた。誰かが職員室から鍵を取ってきたのだろう。
「大丈夫、雛乃!」
 部屋に三人の女子が雪崩れ込んできた。先頭に中沢彩音。その後ろに福原千代と熊代フミが続く。
 同じクラスの仲間であった彼女達は、部屋の中を見て一瞬にして身を固めてしまった。当然だろう。雛乃の服は乱れに乱れてほとんど半裸の状態になっており、その足元では男が一人血まみれになって倒れていたのだから。こんな光景を見ていつもと変わらぬ態度をとれる人間なんて、いるはずがない。
「こ、これはいったいどういうことなの……」
 彩音の声は震えていた。そりゃあそうだ。雛乃の足元に倒れている男の頭は、バールで殴られて縦一文字に深く凹んでおり、どう見ても生きているとは思えないような状態なのだ。いや、実際このときシンゴはもう、とっくに息を引き取っていたのだった。
 雛乃はもはや言い訳する気力すら失っていた。十三歳という若さで殺人者となってしまったショックはあまりに大きすぎた。
 きっと彩音も千代もフミも、みんな白い目でこちらを見ているだろう。私の人生はもうむちゃくちゃだ。理想だったごくありふれた三年間の学生生活とも、本日でさようなら。
 二度とこの学び舎に足を踏み入れることはできないと、雛乃は自分のこれからを瞬時に悟った。もはや、元の日常に戻ることを完全に諦めてしまっていたのだった。
 視界の中、三人の少女達の喉が大きく上下するのが見えた。そして何を思ったのか突然、一番後ろにいたフミが技術工作室の扉を締め切り、そして内側から鍵をかけた。彩音と千代はこちらへと近寄ってきて、何かを決意したかのような強い眼差しで雛乃の顔を見据えてくる。
 彩音が言った。
「雛乃。この男、なんとかして事故死したように見せかけよう」
「えっ」
 思いがけぬその言葉に驚かずにはいられなかった。
「ちょ、ちょっと。何をする気なの?」
 慌てふためく雛乃。友人達は部屋の隅に向かったかと思うと、ストーブの隣に置いてあった灯油入りのポリタンクを三人がかりで持ち上げて、シンゴの死体の側まで運んできたのである。
「私たち、ここにやってきたのは単なる偶然なんかじゃないの」
 ポリタンクを床の上に置くと、千代が言った。
「最近何かに怯えているようだった雛乃のことを、私たちはずっと心配していたのよ。だから送られてきたばかりのメールを見るなり表情を暗くして教室から出て行く雛乃を見て、黙って放っておくことなんて出来なかった」
「そう。きっと何か良くないことが起こっているんだと思っていたから。だから悪いと思いつつも、私たちは静かに雛乃の後をつけてきたのよ。さすがにこの部屋の中まで一緒に入ることはできなかったけどね」
「でもそんな時、私たちが考えもしなかった事態が起こったの」
 三人は事情を説明しながらポリタンクを傾け始めた。中から流れ出す灯油によって、物言わぬ死体となったシンゴの全身はまんべんなく濡らされていく。油の臭いはすぐに部屋中に広がっていった。
「雛乃、気付いてる? 今この下の階では火事が起こっているの」
「えっ」
 雛乃はまた驚かされた。自分の身に起こったことを整理するだけで頭の中はいっぱいだったので、そんなことには全く気付いていなかった。シンゴが開いたのと反対側の窓へと目を向けると、確かに黒煙が下から立ち上ってきているのが見える。
「一階にあった放送室が早くに燃えちゃったせいで、はっきりとした情報は流れてこなかったけど、どうやら火元はこの真下にある理科実験室らしいのよ。だから一向に部屋から出てこない雛乃のことが心配になって、ついに私たちは扉を叩いてしまったの。そしたら中から雛乃の叫び声が聞こえるじゃない。私、もう居ても立ってもいられなかった」
 空になったポリタンクを、彩音が元の位置へと放り投げる。
「嫌な予感がするからといって、あらかじめ技術工作室の鍵を持ってきていたのは正解だったわ。おかげで難なくこの部屋へと踏み入ることが出来た」
「さあ、さっさと服を着てここから出よう。火はもう消火器なんかでは消せないくらいにまで大きく成長してしまっているけど、まだ火災が発生してからそれほど時間も経っていないし、逃げる時間は十分にある」
 雛乃の乱れた服を調えて、その上からボタンの取れたブレザーを羽織らせる三人。
「でも、私はこの手で人を……」
「何を言っているの! どうせコイツが雛乃に酷いことをしたんでしょう! 見れば分かる」
「そうよ。こんな奴の為に、雛乃の人生が犠牲になる必要なんか無い」
「じきにここにやってくる炎が、灯油のかかった死体を炭になるまで焼き尽くしてくれるはず。そうなれば、もはや死因なんて分からないよ。こんなタイミングで火事が起こってくれたという偶然に感謝しなきゃね。雛乃、今日あったことは全部忘れて、とにかく外へと逃げ出そう」
 皆に手を引かれた雛乃は、そのまま東階段から無事に外へと出ることが出来た。火元の真上にいた仲間達が火災にすぐ気付いてくれたおかげで、逃げ遅れずに済んだのだった。
 その後、西階段はすぐに炎に飲み込まれて、その側にあった技術工作室も完全に焼け落ちた。後日そこからシンゴの死体は回収されたが、彩音たちの思惑通り、他殺体であるとばれてしまうことはなかった。今回の事件による多数の死者の中に紛れて、「焼死」か、あるいは建物の倒壊による「圧死」として処分されてしまったようだ。
 こうして雛乃が起こした『同級生殺害事件』は、親友達の助けがあったおかげで、人知れず闇の中へと消えていった。しかし、いくら世間にばれなかったとはいえ、自分が人を殺したという事実は変えようのない事実。しばらくの間、深い罪の意識に苛まれ続けることとなる。
 雛乃はとにかく、その地獄のような苦しみから逃れたいと思い続けた。そして、その忌まわしき記憶を少しずつ、時間をかけて心の奥底へと封印していった。その結果、事件発生から数ヶ月経った頃には、だいぶ以前の元気を取り戻せていた。
 彩音たちの起こした行動は決して正しいものではなかったが、雛乃はとにかく感謝していた。あの衝撃的な現場の状況を目の当たりにしながらも、彼女達は自分を助けてくれたのだ。
「かけがえの無い友達を助けてあげるのは当然のことでしょ」
 三人はそんなことを言ってくれた。
 こんな自分でも、かけがえの無い友人だと思ってもらえるなんて……、私はなんて幸せ者なのだろう。
 心から許しあえる友人達と笑い合って過ごせる日々。追い求めてきた些細な幸せを実感したその瞬間、涙を流さずにはいられなかった。

 しかしその些細な幸せはそう長くは続かなかった。奥深くに封印されていたはずの殺人の記憶は時々表へと這い出てきて、何度も雛乃を苦しませたのだ。そしていつからか自分が殺人を犯してしまったということよりも、殺人の隠蔽工作という重い罪を仲間達に背負わせてしまったことに対して深い罪悪感を覚えるようになってしまっていた。その苦しみはこれまで味わってきた何よりも辛く、精神的に参っていた雛乃が自殺願望を抱くようになる理由としては十分すぎた。だが自分を助けてくれた親友達には心の衰退を知られたく無いという思いがあり、これまでずっと表面的には平静を装い続けてきた。それもまた苦しいものだった。
 そんな雛乃の目の前で、かつて自分を助けてくれた親友達が次々と命を落としていっている。彩音、フミ、そしてつい今しがた千代が死んだところだ。
 どことなく無機質な感じさえ漂わせている白髪の少女の手によって、彼女達は訳も分からないまま命を奪われてしまったのだ。


「……許せない」
 千代の背後にいたせいで、流れ弾に身体の数箇所かを貫かれてしまったというのに、雛乃はまるで何事もなかったかのように立ち上がった。自分の大切な友達を殺されたことに対する怒りが、身体の痛みを一時的に忘れさせていたのだった。
「もう、どんな理由があろうと許しはしない! 私は……、あなたを今すぐ殺す!」
 キッと桜を睨みつけた。そして足元に転がっていた千代の武器へと手を伸ばす。マガジンの詰め替え作業を行っている最中だった桜に向けて、雛乃は容赦なくグレネードランチャーを発砲した。

【残り 十三人】
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