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−灼熱の信頼(3)−

 羽村真緒(女子十四番)は呆然としながら言った。まさか、比田くん達にそんなことがあったなんて、と。
 ベッドの側には輸血用血液パックや、それを吊るすためのスチール製の支柱などが既に用意されている。自分の血を採血した後、迅速に輸血を始められるようにと、蓮木風花(女子十三番)が二段式の運搬車を使って一度に運んできたのである。そして彼女が病室に戻ってきてそれらを降ろしているときに、真緒は気になっていたことを聞いたのだった。
 前に風花が言った「人を助けたことで今も苦しみ続けている人物達」とは、いったい誰なのか。
 別に隠しておきたいことではなかったのか、風花はあっさりとそれについて話してくれた。そして、圭吾を含めた男達三人が協力して一人の少女を助けたということを、つい先ほど初めて知った。
「皮肉なものよね。松乃の火災は生徒達からいろんなものを奪っていったけれど、その一件があったおかげで男達の間に新たな信頼が築かれたなんてね」
 風花はいつの間にか輸血の準備を中断して、丸椅子の上に腰を下ろしてしまっている。彼女には真緒に血を分け与える為に、自分の血を抜くという仕事も残っているのだが、それは器具の準備が整ってからゆっくり時間をかけて行うのだそうだ。多量の血液を一気に抜くと、低血圧ショックを起こしてしまう恐れがあるからだ。


「で、気がついた?」
「えっ。気がついたって――」
「話を聞いて、何かを思い出したりはしなかった? あなたには今の話から連想されるような記憶があるはずだけど」
「あっ」
 ただ話を聞くことのみに集中していた真緒だったが、言われて初めてあることに気がついた。
「似てる……」
 そう。親友である醍醐葉月を助けようと奮闘した自分たちのかつての記憶と、圭吾たち三人の過去は、恐ろしいほどに酷似しているのだ。唯一違うのは、瓦礫の下敷きになっていた人物を助け出せたか、そうでないか。
「もしかして、苦しみ続けている人たちって、比田くん達三人のことなの?」
 三人のうち一人、磐田猛はもう亡くなっているので、今や正確には二人だが、訂正する必要は無いだろう。
「その通りよ」
 風花はあっさりと頷いた。しかしだ。人の命を助けたことで何故苦しまなければならないのか、真緒にはどうも理解し難い。
「比田くん達に助け出された少女は、それからどんな生活を送ることになったと思う?」
「どんな、って」
 真緒は出血多量のせいでふらつく頭を懸命に働かせて考える。
「相当な重傷を負っていただろうから、病院で治療を受けた後は、しばらくの間リハビリ生活――」
「間違ってはいないけど、私が言いたいのはそういうことじゃないわ。彼女はね全身に大火傷を負って、二目と見られない姿になってしまっていたのよ」
「もしかして」
 真緒は自分の頭の中にふと浮かんだ考えに驚愕した。
「比田くん達が助け出した人って、御影さん」
「ええ、その通りよ」
 頭のふらつきがさらに酷くなった気がして、危うくその場に倒れてしまいそうだった。風花が身体を支えてくれなければ、ベッドから落ちてしまっていたかもしれない。
「驚いた?」
「そりゃあ驚くよ。そんな話、初めて聞いたもの」
「ごめんなさい。体調が悪い時に聞かせる話ではなかったわね」
「気にしないで」
 今はこちらの体調のことなんてどうでもいい。それよりも、霞の命の恩人である圭吾たちが苦しまなければならなかった理由について話を聞かせてほしかった。
「とにかく、救出後すぐに病院へと搬送されたおかげで御影さんは一命を取りとめた。だけど意識が戻ってから彼女は驚愕したでしょうね。顔も手も足も、身体中の何処もかしこもが焼け爛れて、以前の面影を残していなかったのだから。考えてみて。目が覚めたときに自分が物凄く醜い姿へと変わっていたとしたら、どれだけのショックを受けると思う?」
 どれだけって、そりゃあこれ以上無いというほどの大きなショックを受けるだろう。当然、人前には出たくなくなるだろうし、場合によっては死にたいとすら思ってしまうかもしれない。
「あっ」
 考えているうちに、風花が何を言いたがっているのか分かった気がした。
「理解してくれたかしら。彼女はね、生き永らえたことで、また一つ、新たな苦しみを味わわなければならなくなってしまったのよ。それで男たちは、『御影さんは火事の時にそのまま死なせてあげた方が良かったのではないだろうか』と悩みはじめてしまったわけ」
「でも、御影さんは瓦礫の下敷きになっていた時に助けを求めていたんだし、それに応じた三人が罪を感じる必要は無いんじゃないかな」
「確かにそれは一理ある。けれど、正義感の強い彼らはそんなふうに割り切れなかった。自分達が助けなければ、彼女の苦しみはあの時で終わっていたはず。そう考えてしまったのよ」
 病気に苦しむペットを安楽死させてやるべきかどうか、という話に通じるものがあるかもしれない。
「そしてついに決定的なことが起こった。運悪くプログラムに選ばれてしまった今回、彼女はクラスメートを容赦なく殺し始めた。何人殺めたのかは分からないけど、少なくとも命の恩人の一人をも手にかけてしまっている」
 磐田猛のことだ。
「比田くんたちが御影さんを救出しようとしていたとき、彼女はほとんど意識が無かったらしいし、きっと自分を助けてくれた人たちのことなんて知らなかったのでしょうね」
「まさか、二年前の火災が動機に関係している?」
「たぶんだけどね。少なくとも比田くんはそう判断しているわ。もちろん人の命を救うこと自体が間違っているわけではないけど、二年前にあのまま死なせておけば、彼女に余計な苦しみを与えることも無かったし、今回、磐田くんのような無駄な死者を出さずに済んだかもしれない、と、あなた達が眠っている間に彼自身が言っていた」
 醍醐葉月を助けられなかった自分たちの過去。御影霞を助けた圭吾たちの過去。似ているようで全く正反対の結末を迎えている二つの事例の当事者達は皆、自分達は間違ったことをした、などと思っている。あの火災の中、消えゆきそうになっている命には、結局何をしてやるべきだったのだろうか。
 真緒はもはや何が正しいのか分からなくなっていた。果ては、『人の命とは、何の為に存在しているのだろうか』などと、哲学めいたことまでも考え出してしまう始末。これは相当重傷だ。
「もしかしたら、比田くんは事の決着をつけるため、いつか御影さんに自ら引導を渡すつもりでいるのかもしれない」
 恐ろしいことに、風花が言ったそんなことも彼なら考えかねないと思ってしまった。

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