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−心は繋いで(1)−

 扉を開くと、そこには変わらず羽村真緒(女子十四番)と、蓮木風花(女子十三番)の姿があった。病室に残っていた彼女達は、特に雑談するでもなく、何やらそれぞれ個別に思いにふけっていた様子だった。
「あ、お帰り」
 ベッドの上で上半身だけを起こしていた真緒が、病室へと踏み込んできた男女二人の方を振り向き、途端に顔をほころばせた。部屋の暗さのせいなのか、彼女の顔色は少し青白くなっているように見えるが、身体の調子は気にするほど悪くなさそうに思える。
「もう用は済んだの?」
 こちらの顔を覗き込んできた親友に対して、春日千秋(女子三番)は「うん」と笑顔で返す。
「比田くんとはすぐに会えたし、何とか話もまとまったよ」
 千秋は真緒の隣のベッドに腰を下ろしながら、側にある床頭台へと目を向けた。どうやら千秋が作った料理は残さず平らげてくれたらしく、盆の上に乗っている碗はどれも空になっていた。料理人としても、真緒の親友としても、これ以上に嬉しいことは他に無い。
「ねえ、比田くんとの話って何だったの?」
 真緒は休み無く、いきなり本題に入ってきた。突然部屋から飛び出してしまった千秋のことを、ずっと気にしていたのだろう。
 千秋と一緒に戻ってきた比田圭吾(男子十七番)はというと、真緒の疑問の声は聞こえているはずなのに、我関せずといった感じで窓際にもたれかかったまま、一向に口を開こうとしない。なので、決定事項についての説明は、必然的に千秋がしなければならなかった。そもそも真緒は千秋に向かって聞いているのだから、横から圭吾が口を挟んできたらおかしいのだけど。
「あたしね、蓮木さんが考案した計画を成功させるため、力になりたいんだ」
「計画って、この島から脱出するための、あの?」
「そう。だから、比田くんについて行くことにしたの」
「えっ……」
 なんとなく予想はしていたが、千秋の言葉を聞いた直後、真緒は表情を固めて絶句してしまった。だって、爆弾作りの材料を調達しようとしている圭吾について行くというのは、イコール、危険な外の世界に千秋もが再び足を踏み入れるということなのだから。それは親友という立場の人間にとって、「ふーん」と軽く聞き流せるような話ではないのだ。
「冗談はよしてよ千秋! 外は危険なんだから」
 案の定、真緒は千秋が出て行くことに賛成できないらしい。なんとか引きとめようとする彼女の表情は、なにやら切羽詰っているようにも見える。
「心配しないで。今回は比田くんがレーダーを持って行くんだし、危険な目にもたぶん遭わない」
「たぶんって……。そんなこと言われても、安心なんかできないよ」
 千秋はなんとか説得を試みようとするが、真緒は断固として反対し続ける。さらには「行かないで。私、千秋とまた離れ離れになんてなりたくない」と、ついこちらの決心が鈍ってしまいそうになる言葉を投げつけてくる始末。でも、この程度のことで折れるわけにはいかない。
「だいたい、どうして千秋も一緒について行かなければならないの?」
 理由を聞かなければ絶対に納得できない。真緒はそう言いたげだ。だから千秋はそれに応えるべく、素直に自分の気持ちを話すことにした。
「こんな非常時に、何もしないで、ただ奇跡が訪れるのを待つだけなんて、そんな自分は嫌なの。真緒と一緒に生きて帰る為に、あたしだって何かしたいのよ」
 前に圭吾を納得させる為に言ったことと同じ内容。とてつもなく臭い言葉の羅列なので、普段ならあまり口にしたくないだろうが、なぜか今なら気にすることなく言うことが出来る。
「長年付き合った仲だから、あたしの気持ち、分かってくれるよね?」
 再び黙り込んでしまった真緒の目をしっかりと見つめる。すると、真剣な眼差しの真偽を確認するべく、相手もまた目を逸らさずに見つめ返してきた。
「……変わってないね」
「えっ?」
 溜息混じりに呟いた真緒は、少し目を伏して諦めたような顔をした。
「千秋って昔からそう。くだらないことに正義感を持って、何でもかんでも自分で背負い込もうとする」
「そうかな?」
「そうだよ。だって私は、そういう部分をひっくるめて、千秋のことが好きなんだから」
 真緒は言ってくれるが、千秋自身にそんな自覚など全く無い。だいたい二年前だって、親友の一人が命の危険に晒されていたというのに、手をこまねいてばかりで何も出来なかったではないか。圭吾について行くと決めたのは、そんな腑甲斐ない自分とおさらばするためでもあったのだ。
 千秋はそのことを言ってみた。だが、
「あれは仕方ないよ。千秋はよくやってくれたと思う。ただ、力が及ばなかっただけのこと」
 と、真緒はあくまでも賞賛を止めようとはしない。
「分かったよ、千秋」
 突然、真緒は力強く顔を引き締めた。ある種の決意の色が伺えるその表情は、とても真剣だった。
「行ってもいいよ。ただし、絶対に無事に戻ってくるという条件付で」
「えっ? ……あ、ありがとう、真緒」
 まさか、こんなにもあっさりと真緒が許してくれるなんて、思いもしていなかった。だから礼を言う声も上擦ってしまった。もしかすると、千秋が圭吾を追って病室を出ていった時点で、真緒はこうなることを予想していたのかもしれない。長年の付き合ってきた親友が考えることなんて、お見通しというわけか。
「絶対に戻ってくる。だから、寂しがらないで待っていてちょうだい」
 抱き締め合い、お互いの存在を身体でしっかりと確認すると、なぜだか勇気が沸いて出てくる。離れていたって寂しくは無い。だって、自分達はいつだって心と心で繋がっているのだから。その繋がりが断ち切られない限り、二人は必ずもう一度会うことが出来る。そう思えてくるのだった。
「話は終わったね。それじゃあ早速だけど、比田くんと春日さんの二人には出発してもらうわ」
 親友同士のやり取りを横でじっと見ていた風花が、頃合を見計らって割り込んできた。
「早速って、もう行くの?」
「仕方ないよ。今は一分一秒だって無駄に出来ない状態なんだから。どうせ動くなら早いほうがいい」
「あら、よく分かっているじゃない」
 真緒に説明する千秋を見て、風花はにっこりと微笑む。
「先にも言った通り、レーダーは二人に持って行ってもらうわ。なにせあなたたちに何かがあれば、その時点でもう計画の実現は絶望的だしね。絶対に誰とも遭遇しそうに無い、安全なルートを通ること。分かっているわね」
「もちろん」
「それで、悪いけど私たちが持っている唯一の銃は、ここに置いていってもらう」
 以前圭吾が安藤幸平から奪ったデザートイーグル。それは、この病院内に残る真緒と風花の身を守る為に必要なのだと、とっくに理解している。反対などするはずがない。
「材料調達のために向かってもらう場所は――、それはもう比田くんに説明してあるから省かせてもらうわ。知りたいなら後で彼から聞いておいて」
「分かった」
 千秋は力強く返事した。するとこれまで一言も発することなく場の流れを静観していた圭吾が、ゆっくりと窓際から離れ始めた。
「無駄話は終わったな。それでは、急ぐぞ」
 腰に刀の鞘をぶら下げている彼は、風花から手の平サイズのレーダーを受け取り、そのまま病室の出入り口へと向って行く。千秋は置き去りにされぬよう、部屋の隅に転がしたままだった、かつて磐田猛から受け取った鉄パイプを拾い、急いで後を追いかけた。
「真緒」
 途中、一度だけ振り返って、ベッドの上で大人しくしている親友を見た。
「絶対に、二人一緒に生きて帰ろう」
 真緒は何も言わなかったが、微笑みながら頷いてくれた。だから千秋は心残り無く、真緒のもとから立ち去ることが出来た。
 絶対に戻ってくるからね。
 扉を閉めて姿が見えなくなってからも、心の中で何度も何度も呟いた。二人の心は繋がっているから、その声もきっと届いているはずだった。

「時間が無いから走るぞ」
 一階のICU集中治療室の窓を開けて外に出ると、前よりもさらに勢いを増している雨に身体を撃たれる。びしょ濡れになって重くなってしまったブレザーは、動くのを邪魔するだけなので、病院の中に脱ぎ捨ててきた。身を包んでいるのは薄いワイシャツ一枚だけとなっている今、豪雨の激しさが全身でより鮮明に感じられる。
「私たち、どこに向かえばいいの?」
 レーダーの表示を確認しながら病院前の駐車場を走り抜ける背中を追いつつ問いかける。
「ここから西に行ったところにある農家の集落だ」
「どれくらいで着くと思う?」
「前にお前達がいた廃ビルに行くよりも距離は短いが、山道は少々険しそうだからな。行きはせめて一時間以内に抑えたい」
 荷物を抱えながらの帰りには、それよりも時間がかかるはず。彼の言葉の内にはそういう意味も含まれていると、千秋は素早く読み取った。
 いったい何時ごろ、この場所に戻ってこれるのか、結局見当もつかない。はたして何時間後に真緒と再会できるのか。千秋は少しだけ不安に思いながら後方を振り向くが、森林の分厚い木の葉の層に阻まれて、病院の建物はもう見えなくなっていた。

【残り 十七人】
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