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−真性自己愛者(4)−

「坂本くんったらバカね。せっかく見つけた獲物から逃げるなんて、そんなもったいない事を私がするわけないじゃない」
 首を切断されて上下に分かれた無残な死体を見下ろしつつ、御影霞は静かに言った。
 誰かに狙われているという危険をいち早く察知した彼女にとって、美に捕らわれすぎて冷静さを失っていた達郎の単純な行動など、容易に想像することが出来た。そのため、仕留めるのにもそれほど苦労を要したりもしなかった。しかしなぜか、今の彼女からは以前のような余裕さが感じられない。目に見えぬ何かに後を追われているかのように、表情に焦りの色を浮かばせているように思えるのだ。
 その原因はおそらく、以前磐田猛を殺害した廃ビルにて出会った湯川利久にある。
 二年前の松乃中等学校大火災に巻き込まれたことによって、死ぬこと以上の苦しみを一生抱くことになってしまった霞の前で、彼ははっきりと言ったのだ。「松乃中は俺が燃やした」と。それは全身に一生消えぬ傷を負っていた霞にとって、何よりも衝撃的で、最も許し難き一言であった。
 以来、彼女の復讐の対象は、『助けを求める自分から目を背けた生還者達』から、『火事の原因を作った男』へと、自動的に切り替わることになったのだが、どうも利久を殺すというのはかなり難しそうである。というのも、利久はプログラムの支給武器としては最高レベルの当たりと思われるマシンガンなんかで武装しているため、戦いでは勝ち目なんてほとんど無いのだ。真っ向から勝負を挑むのは、命を捨てたも同然である。
 この状況を切り抜けるための策といえばただ一つ。未だ生き残っている他の生徒達を殺害し続け、利久に負けないほどの強力な武器を回収していく、というもの。
 利久から逃れた霞は、これから先に控える決戦を見越しつつ、ほんの数時間程度の休息をとり、それからすぐに行動を開始したのだった。だが、生き残っている生徒といえば、今やゲーム開始時の半分以下にまで減少しており、島中を徘徊していてもなかなか遭遇する機会など無かった。ぐずぐずしている暇が無いという中、たった一人のクラスメートも見つけられないというのは、とても歯痒いものであった。
 早く、生き残っている生徒達を手にかけて、武器を奪っていかなければ。今こうしている間にも、湯川の方はさらに装備を強化していっているかもしれないというのに――。
 と、霞は焦り始めていた。まさにそんな時だった。住宅地を訪れていた霞の耳に、二種類の銃声が飛び込んできたのだ。すぐさまその音を頼りに移動を開始すると、片方の銃の持ち主はすぐに姿を現した。それが達郎だった。銃撃戦を繰り広げた後に逃亡した相手を追ってきた、といった様子に思えた。
 彼はこちらに気付くや否やすぐに塀の裏に隠れたので、「自分は見つかっていない」などと勝手に思い込んでいたようだが、そんなことはない。霞は銃を持つ人間が付近にいると知ってから、より慎重に周囲へと注意を払っていたのだ。いくら彼の方を向いていなかったとはいえ、見える場所に一瞬でも現れた人間を見逃すはずが無かった。
 あとはもう説明するまでもない。達郎は自分の後を追ってくると予測して、隠れられる場所を探しつつ走った。そしてゴミステーションの側に網を張っていたら、何も考えていないバカな虫が一匹、見事そこに飛び込んできた。ただそれだけのことだ。
 霞は足元に落ちているグロックを拾い上げた。ようやく手に入れたこの武器も、戦いではマシンガンには到底及ばないだろうが、ナタや麻酔銃なんかよりは数段使い勝手が良さそうだ。大切にしなければならない。
 ただ、一つだけ問題がある。達郎は霞の前に現れたとき、この銃以外には何も持っていなかった。マガジンには弾がまだ残されている様子だが、まさかこれで全てということは無いだろう。となると、銃の弾が詰まったままの達郎の荷物が、この付近に残されている可能性が高い。彼は誰かを追ってきたようだったし、きっとどこかに置き去りにされているのだろう。
 どうやら今は達郎の荷物を探すことを優先させた方が良さそうだ。十数発程度の弾丸など、すぐに撃ち切ってしまうだろうから、早いうちに出来るだけ多くの弾を確保しておく必要がある。
 霞は達郎が来た道を戻り、辺りを捜索することにした。
 こんな銃ではとても湯川に対抗することなんて出来ないが、役立つ場面なら色々とあるはず。持っておくに越したことはない。もちろんこれからもクラスメートを殺し、いずれはもっと強力な武器を手に入れる必要はあるが――。
 首を切られた達郎の死体から離れていく霞の背中からは、禍々しい邪気が放たれていた。

【残り 十七人】
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