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「もうすでに誰か殺したようね」
 大量の返り血を浴び、全身を赤く染めている須王の姿を見て、美澪は言った。
「ああ、奥村の奴をちょっとな」
 須王は血がべっとりとこびり付いているチェーンソーを自慢げに見せる。
「おまえの武器それか? 何だそりゃ? 笑っちまうな」
 美澪が持っているエアウオーターガンを見て笑みを浮かべる須王。しかし、美澪は自信ありげな態度を変えはしなかった。


 ふふふ…。分かってないわね。武器の善し悪しを見た目で判断しちゃダメよ。あなたはこの水鉄砲によって、どんな被害を受けるか分かっていないから、そんなことが言えるのよ。今に見てなさい。すぐにこの水鉄砲の恐ろしさを、その身体に叩き込んで教えてあげるわ。
「そうね。渡されたディパック開けたときなんかガッカリだったわよ。こんな物でこの殺し合いゲームで、生き残れるはずないって思…」
 美澪は話を言い終わるよりも早く、持っていたエアウオーターガンの発射口を須王の方に向け、引き金を絞った。
 あまりに突然の出来事で、さすがの須王も反応が遅れてしまい、勢いよく発射された水は彼の顔右半分に命中した。と思っていたら、なんとその液体は水などではなかったのだ。実は、液体の正体は、美澪が他人を脅す目的で普段から持ち歩いている希硫酸だった。
 顔面に希硫酸を浴びた須王の顔右半分は焼けただれた。同時に右目もその被害を受けたのだろうか、力強き瞳があった須王の右目は色を失った。
 やったわ!
 美澪は心の中でガッツポーズをとった。
 相手がどれほどの危険人物であろうとも、片方の目の視力を失わせてしまえば、戦況は大幅に自分へと傾くはずだと考えた。
「あっはっはっは! ただのエアウオーターガンだと思って油断したわね!」
 美澪はおかしくて仕方がなく、大声で笑った。なんせ皆に恐れられるほど悪行を繰り返していたあの須王ともあろう男が、希硫酸を浴びて、顔を醜く変形させてしまったのだから。こんな愉快なことは無い。
 勝った。
 美澪は片目を失明した相手との戦いに、百パーセントの勝利を確信した。そしてスカートのポケットに手を伸ばし、そこからある物を取り出した。普段から持ち歩いている折り畳み式のナイフだ。
 後はこいつでとどめをさしてしまえばいい……。
 美澪は口の端をつり上げ、不気味に微笑む。
「……こんな事で勝ったとでも思っているのか?」
 顔の半分が焼け爛れたままの顔で、須王は相変わらず低いトーンで話し出した。その様子を見て、美澪は奇妙に思った。硫酸を顔に浴び、片目の視力を失ったのにもかかわらず、彼は驚きもせず、うろたえている様子を見せることすら無かったのだ。
「俺の右目の視力を奪う事が出来たとか思ってるのかもしれないが、そんなことはない。実は右目が見えないのは生まれつき。生まれてこのかた十五年間、俺はずっと左目の視力だけを頼りに生きてきたのさ」
 さすがにこの話には美澪も驚きを隠す事は出来なかった。須王はもともと目が見えなかったなんて、考えた事も無かったからだ。
「それにしても、お前の水鉄砲のおかげで、右目に装着していた黒のカラーコンタクトがどっかいっちまったじゃねえか。まあ、戦況がお前の方に傾いた訳ではないって事だ」
 たしかに、彼が本当に片方の視力だけで十五年もの間生きてきたのならば、美澪の攻撃によってもたらされた不安要素など皆無に等しいだろう。
 しかし、美澪は往生際が悪かった。
「ふんっ、何言ってるの! それなら、今度は左目の視力を奪ってやる!」
 強がりを言いながら再び須王に向けてエアウオーターガンを発射した。もちろん、今度の狙いは彼の顔面の右側。だが須王はいとも簡単に首を傾けてそれを避けてしまった。
「バカが。二度も同じ手をくらうわけ無いだろ」
 須王はチェーンソーのスイッチに手を伸ばした。直後、勢いよく回転する機械の音が、林の中に響き渡った。そして須王は美澪の方へゆっくりと、一歩一歩近づき始めた。
「さあ覚悟しな。お前は今から俺に殺されるんだからな」
「いいえ! 死ぬのはアンタよ!」
 美澪は再びエアウオーターガンを、ニ度三度と発射しながら、少し荒げた声で言い返した。須王はそれらすべてを、いとも簡単にかわしながら話す。
「お前も俺と同じように、このゲームが始まるよりも前に、人を殺した事があるんだろ?」
「そうよ! それがどうしたって言うのよ?」
「だが、俺とお前では人を殺す理由に決定的違いがある。お前はどんな理由があろうとも、とにかく理由があって人を殺してきたんだろ?」
 確かにそうだ。自分の悪行を隠すための口封じや、金を奪うために、人を殺めたことはある。
「だが俺の場合は違う。俺の場合はただ“人を殺したいから”殺してるんだ。殺人そのものを目的としていないお前とは違って、俺は純粋に殺しを楽しんでいるのさ。今も、俺はお前を殺したくて仕方がない」
 その言葉を最後に須王は歩くのをやめ、一気に美澪の方へと走り出した。美澪はエアウオーターガンをその場に投げ捨て、折りたたまれていたナイフを開き、須王に飛び掛った。
 美澪はこのとき突然、生まれてから一度すら感じたことの無い、恐怖という感情に襲われた。
 今まで自分に勝る者などいないと思っていた。だが、目の前にいる男は、私よりも……。
 折りたたみナイフとチェーンソーでは、リーチの差から考えても勝敗は明らかだった。美澪の折りたたみナイフを持った右手が、須王の身体に届くよりもずっと前に、須王の持つチェーンソーは美澪の左胸に届いていた。それと同時に、彼女の胸から背中にかけて、その鋭き刃が貫通した。それはまるで、背中からチェーンソーの刃が生えたかのような光景であった。
 遠のいていく意識の中、美澪は須王の顔を見た。
 美澪の胸から噴出した大量の血しぶきを浴びたその男は、顔に悪魔の笑みを浮かべながら立っていた。右半分が焼け爛れた顔に笑みを浮かべたその姿は、まるで化け物のように恐ろしく見えた。だが、そんな事はもう美澪には関係が無かった。もう二度と、その姿を見る事は無いのだから……。
 こうして優勝候補の一人だとすら言われていた霧鮫美澪は、序盤戦で早くも姿を消したのだった。


 
『霧鮫 美澪(女子4番)・・・死亡』


【残り 39人】



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