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 プログラム開始から二日目の、午後十五時四十六分。一発の銃声がプログラム会場の島じゅうを駆け巡った。しかし、島に滞在しているすべての人間は、その銃声を耳にしても、さほど動揺もしなかった。プログラムが開始してから、誰もが慣れてしまうほどに、銃声はすでに幾度となく島の上を走っていたからだ。
 ところが、この銃声はこれまでに生まれた無機質なものとは違った。一人の男の凝縮された想いが込められた、とても悲しき銃声だったのだ。
 禁止エリアへと変化する直前の住宅地。銃声は一件の民家の中で発生したものだった。
 
桜井稔(男子9番)は自ら進んで目を閉じ、時が来るのを待っていた。親友の手によって、その短き人生の幕を閉じられるのを。
 走馬灯の一種なのだろうか、稔の脳内に昔の思い出が次々と浮かび上がってきた。そのどれもが親友達と過ごしてきた幸せな日々の光景だった。
 思い出のスライドショーを観賞している内に、感情が高まっていくのを感じた。どれだけ死を覚悟しようとも、大切な思い出たちとさようならをするのは、やはり悲しかったのだ。
 閉じられた稔の瞼を押しのけながら、涙が溢れ出し、たちまち頬を伝って流れ出した。
 しかし、今さら昔を振り返ろうとも、もう二度とかつての生活は戻ってはこない。彼に残されたこの先はただ一つ、死あるのみであった。
 それにしても、身体を突き破る銃弾とは、どれほどの苦痛を味わわせてくれるのだろうか。
 ほんの一瞬だけ身震いしてしまった稔は、ぐっと歯を食いしばった。
 ところがだ、いつまで経っても身体のどこからも痛みを感じはしなかった。
 銃声は確かに近距離から聴こえた。それは紛れもなく、親友が我が身へと銃を撃ち放ったときに発せられたものだ。それならば、今頃銃弾によって傷つけられた箇所から、耐え難いほどの痛みを感じてもよいはずだろう。
 頭の中にそんな疑問が浮かび上がり、二度と開かれることはないだろうと思われた我が目を、再び開くこととなった。
 涙の膜越しに見えるぼやけた光景の中に、親友の姿は確かにあった。そしてやはり銃口はこちらへと向いており、その先端からは硝煙が吐き出されている。
 次に、銃で撃たれたはずの我が全身をくまなく見回し、どこか負傷してはいないかを確認しようとした。ところがだ。身体の何処へと目を向けようとも、銃で撃たれた傷など全く見受けられなかった。
 いったいどういうことだ?
 稔は何気なく、ふと背後の壁へと目を向けた。その瞬間、全ての謎が解けた。そこにあったのは、親友の手の中から撃ち出された銃弾によって作り出された、壁に開いた一つの弾痕であった。
 まさか、彼はわざと銃の狙いを外したというのだろうか?
 突如、自らの首元に圧力を感じた。すぐに視線をそちらへと向けると、稔へと銃口を向けていたはずの親友、
杉山浩二(男子11番)の手が首元へと伸びていた。
 どうしたんだよ浩二!
 稔が声を出そうとするも、彼のもう片方の手によって口を塞がれ、言葉を遮られてしまった。
 浩二の突然の行動に慌てふためく稔。しかし成す術なく、彼の行動をただ見ていることしかできなかった。
 左手で稔の口を塞ぎながら、右手で自身のポケットの中を弄る浩二。するとそこから、何やら小さな機械の部品のような物を引っ張り出し、稔の首元へと押し付けた。その途端のことだった。首元を締め付けんばかりに取り巻いていた首輪が、パチンと音を立てながら崩れ落ちたのだ。
 えっ?
 何が起こったのか分からず、ただただ驚くことしかできなかった。
 ふと視線を床の上へと向けると、そこには、真っ二つに分裂してしまった首輪が転がっていた。それはもはや、拘束具としての役割など成せる状態ではなかった。
 視線を再び浩二の方へと向け直すと、彼は涙を流しながらも笑んでいた。そしてポケットから一枚の紙切れを取り出し、それを差し出してきた。そこには「絶対に声を出すな」とだけ、ペンで乱雑に走り書きされていた。
 とにかく指示通り、黙ったまま頷いて返すと、浩二は稔の口を塞いでいた左手を、ゆっくりと引き剥がした。
「すまない、稔」
 彼はそう言ったのを最後に、ばっときびすを返して駆け出し、窓から外へと飛び出してしまった。それが稔が見た杉山浩二の最後の姿だった。
 たった一人民家の中に残された稔は、唖然としながらその背中を見送った。はたして、これはいったいどういうことなのだろうか。
 その時、足元に落ちている一枚の紙切れの存在に気がついた。
 何気なく手を伸ばし、その紙切れを拾い上げると、そこには杉山浩二によって書かれた文章が、長々と紙の上で走り回っていた。かなり急いで書いた文章なのだろうか、やはりその文字列も乱雑だった。しかし最初の一行を読んだ途端、稔は驚愕の表情を浮かべた。

―共和国戦闘実験第68番プログラムからの脱出計画の全貌

 だ、脱出計画?
 稔が驚くのも無理はなかった。脱出計画などウソだったのだと、つい先ほど浩二の口から聞いたばかりだったからだ。
 はたして、この矛盾の正体とはいかなるものなのだろうか。
 その疑問を解くためにと、稔は紙切れいっぱいに書かれた文章を読み始めた。そこにはこう書かれていた。

 毎年全国から五十ものクラスを選出し、強制的に殺し合いをさせるというプログラム。数多くの中学生達の命が意味もなく消し去られてしまうその後に、果たして何が残るのだろうかと俺は疑問に思う。
 理不尽な殺し合いの果てに生み出されるのは、悲しみしか無いのではないだろうか。
 俺は断固反対する。こんな馬鹿げた政策の存在など。だからここに誓う。政府の人間の思惑通りになど動かず、俺は俺なりの考えで動き、別の方法で生きてかえるのだと。もちろん俺一人だけではなく、他のクラスメート達と一緒にだ。
 ところが政府の人間もただの馬鹿ではない。生徒がプログラムから脱出するという事態を避けるためにと、きちんと対応策を何重にも練り上げている。まったく余計なことをしやがって。
 沿岸には監視船が停泊しているし、担当官たちの拠点では、コンピューターが生徒達の動きを全て把握している。
 逃げ出そうとすれば、首輪に埋め込まれている爆弾が破裂し、たちまちあの世行きだ。
 これだけ厳重に拘束してしまえば、一度戦地へと送り込まれてしまった中学生達など、政府の人間達にとっちゃあ、所詮は籠の中の鳥。逃げだそうといくら策を練ろうとも、その鉄柵を簡単にはこじ開けさせてはくれない。
 しかし俺は知っている。このプログラムから逃げ出す方法を。以下の文章にて、その全貌を明らかにして見せよう。
 とりあえず、一番邪魔な首輪の存在を消し去ってしまいたい。だがこの首輪は無理矢理外そうとすれば爆発してしまうため、下手な行動は身を滅ぼすこととなってしまうだけだ。首輪を外すことができるのは、その構造を知る者のみに限られる。驚くかもしれないが、実は俺はその構造を知っている。理由は後に説明するとして、今はとりあえず計画そのものの話を進めるとしよう。
 首輪の構造すら知っていれば、それを外すこと自体はそう難しいことではない。実のところ、パソコンの中に組み込まれている部品のいくつかと、ラジオの部品を組み合わせて、それをマイクの口から差し込むだけで、首輪を停止させ、さらには分解させることが可能なんだ。そして首輪は機能を停止する直前に、メインコンピューターへと生徒が死んだと信号を送ってしまうため、その者の生存がばれることはない。あとはとっととトンズラするだけだ。
 ああっと、説明が遅れたが、実は俺達の首に取り付けられていた首輪には集音マイクが内蔵されていて、生徒達の会話はすべて、政府の人間達に筒抜けになっていたんだ。俺が最後にお前を撃つふりをして、わざわざ銃声を鳴らしたのも、お前の死を不自然に思わせないための演技だったわけだ。
 しかしこれだけでも脱出計画は完全ではない。知っての通り、沿岸では監視船が停泊しているため、泳いで島から出ることもできない。この問題の解決策はたった一つしかない。首輪が外れた後も、プログラムが終了するまでしばらくその場で待機し、政府の人間達全てがこの島を去った後に、ようやく行動を開始すれば問題はないはずだ。心配することはない。お前がいるそのエリアは、もうすぐ禁止エリアへと変わってしまうから、まだ首輪を身につけている生徒達に見つかる恐れもないはずだ。
 さらに言えば、政府は衛星で上空からの監視をも行っているらしいが、お前が隠れているのは建物の屋根の下だから、それに見つかる心配もないはずだ。わざわざ山を越えてまで、お前をここに連れてきたのは、そういう理由の為だったのさ。
 ちょっと説明が曖昧な部分もあったかと思うが、俺の脱出計画を簡単に説明するとこんな感じだ。
 余談だが、五年前話題となった沖島脱走事件に関しても、これと同様の手段が行われたのではないかと言われているらしい。
 あと、最後になってしまったが、俺がどうしてこれだけの情報を得ていたかを教えてやろう。
 実はこの国には、反政府組織トロイという秘密結社のような集まりがあってな、その方達がプログラムに関する情報を集め、その対策を色々と研究しているんだ。安心したことに、組織の存在自体は明るみに出ていないから、政府の人間達もその討伐に動き出したりはしていないらしい。
 それでな、これまた驚くだろうが、俺の親父がトロイの幹部の一角を担っていて、プログラムに関する情報が入り次第、その話はリアルタイムで俺にまで伝わってきてたんだ。残念なことに、組織の末端でしかなかった姫沢の親父には、その最新情報が伝わるのが遅れていたらしいが。
 まあそんなわけで、俺の説明はこれで終わりだ。本来ならお前と一緒に脱出したいところだが、俺は生き残っている生徒達を、できるだけ多く脱出させてやりたい。だから俺は行く。ここからお前は一人で行動しなければならないが、俺の言う通りに動けば何とかなるはずだ。
 約束だ。必ず生きて帰れ。
(永遠の親友、桜井稔へ)


 
気が付くと、稔はまたしても涙を流していた。いくら拭き取っても再び溢れ出す涙は止まりはしなかった。
 どこかから一発の銃声が聞こえてきた。嫌な想像が頭を過ぎったが、まさか、そんなことは無いと頭を振る。
 しかしそれからしばらく後のことだった。放送で連ねられた死者の名前の列に、桜井稔の名に続いて、杉山浩二の名前が挙がっていたのを聞いたのは。



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