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 杉山浩二。桜井稔。この二人の名前を聞いた瞬間、雅史はまず自らの耳を疑った。
 まさか、あの二人が死んだだって?
 信じられるはずが無かった。放送で彼らの名を述べられた今となっても、雅史の中には元気に笑っていた頃の二人の姿しか浮かばなかったのだから。しかし、衝撃的な放送内容はこれだけではなかった。
 徐々に力を失っていく雅史に構うことなく、放送はそのまま続けられる。
『あーと、次は、男子12番、辻本創太。それから……』
 がくんと曲げた膝を地面につけ、両手を地につけうなだれている雅史の脇で、大樹と直美がごくりと唾を飲んだ。そして。

『女子9番、新城忍』

 またしても衝撃的事実が飛び出した。一度は雅史達と手を組み、共に行動を続けた新城忍が死んだのだという。
「……うそ」
 目を見開き、眉を極限にまで持ち上げながら、直美が消え入りそうなほど小さな声で呟いた。
 上原絵梨果、小野智里、椿美咲、戸川淳子、彼女達四人が次々と死んでいった今、忍は直美にとって唯一生き残った親友であったと同時に、生きるための最後の理由でもあったのだ。しかし、それも今この瞬間、無残にも打ち砕かれてしまった。
 そしてもちろん、忍の死にショックを受けていたのは直美のみではない。
 忍とは古くからの戦友という間柄であった大樹。あまりにもショックが大きすぎたのか、それとも、忍の死が信じられなかったのか、彼は全く声を発することなく、ただ立ち尽くし、微動だにしなかった。しかし、表情だけは直美と同じく、驚きの色を隠せてはいない。
 雅史、大樹、直美の三人にとって、浩二と稔、そして忍との再会、これのみが生きているうえでの最後の望みであった。しかし、最後の望みが絶たれた今、彼らの身体を天井から操っていた糸が切れてしまったのか、三人は共に生気を失い、そして色の無くなった瞳で虚構を眺めているようだった。
 放送でさらに、男子17番、沼川貴宏が死んだという事実が知らされようとも、三人共反応すらせず、禁止エリアの情報をメモする気力すらない。


『えー、というわけで、よく聞けよテメェら! 剣崎! 須王! 中村! 名城! 石川! 吉本! 生き残ったのはお前達六人だ! ついにこのメンバーで最終決戦を迎えるが、決して手を抜くんじゃねぇぞ! お前達六人の内、一人だけがこの島から生きて帰れるんだからな! それじゃあ、今回の放送はこれで終わるが、次の六時間後の放送時間が来るよりも前に、決着がついてることを祈っているからな!』
 その声が途切れ、ガーガーと雑音を発していたスピーカーは、すぐにブツリと切れ、そして辺りに静寂が訪れた。
 燃えさかる住宅地から発せられるオレンジ色の光に照らされながら、雅史はその場で固まったまま動けず、ただこれまでの想い出を、何度も頭の中で反復させるばかりであった。
 平凡でありながらも、幸福と言っても良いほどの日常を過ごしてきた雅史。傍らにはいつも、靖治と浩二と稔がいた。いや、彼らだけではない。教室内では他のクラスメートとも輪を描き、そしてお互いの想い出を築き上げてきたのだ。
 そんな彼らを巻き込み、突如牙を剥き出しにして襲い掛かってきたプログラム。仲間だったはずのクラスメート達に何度も襲われ、行き場を失った雅史の心を支えていたのは、親友達ともう一度だけでも会いたいという唯一の想い。
 あるとき、大樹や忍といった心強い仲間ができ、生きる為の弱々しき柱を一緒に支えてくれた。しかし後に、忍とははぐれ、靖治の死を知ることとなった。
 希望の柱の一角が朽ち、それもろとも崩れ落ちそうになった雅史の想い。しかし、全ての想いが燃え尽きてしまった訳ではない。気力を振り絞り、自ら柱を支え、生きようとした雅史。
 新たな仲間、直美を迎え、そして共に願いを成就させようと誓い、これまで一緒に頑張ってきた。しかし、それら全ての希望も、今この瞬間打ち砕かれた。
 すべての希望が消え去った今、自分達はこれからどうすれば良いのだろうか。
 残された生還の術はたった一つ、生き残った者たち六人で戦い、そしてその中で生き残るしかない。しかし、そんなことは初めから望んではいない。自分は絶対に誰も殺さないと、プログラム開始直後に決心したのだから。
「うあぁぁぁぁぁ……」
 突如聞こえてきた誰かの泣き声。振り向くと、その声の主は直美だとすぐ分かった。
 両手足を地につけ、這いつくばるかの体勢で、下を向いたままの顔を歪ませ、眼鏡の下から大粒の涙を幾度も垂らす。
 もともと精神面で強くはない彼女にとって、最後に残った親友までも死去したという事実は、あまりにも衝撃が大きすぎたのだろう。しかし、悲しいのは雅史だって同じだ。自らの崩れ落ちそうな精神状態を必死で支えている雅史には、もはや直美にかけてやれる言葉すら見つけられない。
「畜生! 誰だ! 誰が忍を殺しやがった!」
 泣き崩れた直美の姿に誘発されたのだろうか、突如怒りの表情をあらわにした大樹は力いっぱい拳を握り、そして地面を一度だけ殴りつけた。
「俺は知ってる! 忍、あいつは正しい心を持ちながらも、それでいて本当に強い奴だった! だから、そんなあいつが誰かの手によって殺されたなんて、信じられない! そして、絶対に許さねぇ!」
 一通りの言葉を吐き出した後、彼はすっと立ち上がり、怒りの色を表しながらも、何かを決心したような表情を見せた。そして、それを見ていた雅史は、大樹の決心の正体を薄々とだが感じ取った。
「まさか……剣崎。お前、新城さんを殺した奴を……」
 それから先は言葉にならなかった。しかし、雅史の言いたかったことを理解したのか、大樹はすぐさまそれに返答した。
「ああ……俺は決めた。忍を殺した奴が、俺達以外に生きている三人の中にいるのならば、この手でそいつをぶっ殺してやる。忍の無念を晴らす為にもだ」
 強い口調ではっきりと言い切った大樹の姿を見て、雅史はただ呆然とするばかりであった。
「……私も」
「えっ?」
 大樹とは別の方向から突如聞こえた小さな声に驚き、雅史はすぐさまそちらを向いた。そして雅史の目に映った人物の正体、それは目にうっすらと涙を浮かべながらも、何らかの決意の色を浮かべた弱々しき少女、石川直美であった。
「私も、忍を殺した人がまだ生きているのなら、その人を許しはしない……」
 立ち上がった少女の顔は、先ほどまでの弱き顔とは違った。身体は震えているけれども、何かを決意した少女の姿には、かすかに迫力すら感じる。
 しかし、二人の顔を見比べていた雅史は、もはやどんな考えが正しい事なのかが分からなかった。
 自分は誰も殺さないと決めた以上、それを突き通さない訳にはいかないと思う。しかし、忍と同じく、浩二や稔も誰かの手によって殺害されたことは明白である。そんな恨めしき罪人にでさえも、意志を突き通し、手を出さないべきなのであろうか。いや、これまで自分達は皆、二年以上もの長い間、共に生活してきたのだ。そんなかけがえのない仲間達を殺してしまうような奴を、許せるはずがない。
 雅史までが誘発されたか、徐々に怒りが込み上げてきた。

「それなら俺を殺してみろよ」

 怒りに打ち震え出した雅史の耳に、突如、聞き慣れぬ声が飛び込んできた。声を発した主は、もちろん大樹でも直美でもない。二人の立つ場所とは違う、別の方角から聞こえてきた低いトーン。その声の正体を知るには、雅史が辺りを見回すまでもなかった。
 直美の背後の茂みがガサッと揺れたかと思えば、次の瞬間には、そこから一人の男が飛び出してきていた。そして前にのばした手で直美の身体を強く押した。
 直美は、突如強い圧力をかけられた自らの身体を止めることが出来ず、そのまま断崖絶壁の渕へと向かう。そして、地面のなくなった場所へと一歩踏み出した瞬間、彼女はそのまま崖下へと消えていった。
 それは本当に一瞬の出来事であった。
 事態を把握することが出来ず、雅史は呆然とするばかり。しかし、大樹は飛び出してきた男の姿を見て、歯を強く噛み締めていた。
「……須王、キサマ!」
 雅史達の前に突如飛び出し、そして直美を崖下へと突き落とした男、それは間違いなく
須王拓磨(男子10番)であった。


【残り 6人】




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