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 ここは殺し合いゲームの会場なのだという現実を忘れさせるような、静かなる夜の森の中で、雅史達三人は、輪っかを描くような形で座り込み、自らの選ぶべき定まらぬ道筋について話し合い続けていた。
 大いなる思いを抱くそれぞれは、皆真剣な面持ちで、この窮地からの打開策を見出す為に頭をひねるが、さすがにそれにも限界がある。ただのしがない中学生に過ぎない彼らには、この地獄からの生還を考えるなど、それはあまりにも難題過ぎた。
 雅史自身は勿論、大樹も、直美も、皆体力的な面もだが、それ以上に精神が参ってしまっているようにも見える。深淵の渕ぎりぎりをさまよい続けたようなものである彼らは、この二日間、常に精神をすり減らし続けてきたため、自分達の意思を支え続けてきた精神力の柱も弱体化してゆき、今やそれも崩れつつあるのだろう。
 もともとセンチメンタルな一面を強く見せていた直美は、三人の中でも特に参ってしまっているように見える。
 逆に、三人の中では一番、心身ともに強そうな大樹は、一見するとまだまだ余力が残されているようにも見えるが、おそらく、内面的にはかなり参っているはずだ。
 力なき三つの星屑は、今にも消え去りそうな自らの存在を守ること、それすらもままならない状態だったのだ。
 そんな弱々しき三つの思いが、いまだに形を崩さずに存在していられる理由。それは、まだ生きていると思われる、それぞれの大切な人達との再会を信じているからだった。
 何年もの間、互いの存在を認め合ってきた仲間達、その大切な仲間ともう一度会いたい。そんな思いが募れば募るほど、彼らは生きるために気力を振り絞ることができたのだ。
 しかしそれも長く続けてはいられない。こうして話し合っている間にも、仲間達が死に直面する恐れがあるからだ。
 できることなら、今すぐにもこの場から動き出し、自分達の大切な人たちを探しに行きたい。
 そんな衝動に、何度も自らの体が突き動かされそうになる。しかし、策も練らず行き当たりばったりな行動を起こすのは危険だと、雅史もこれまでの経験から分かっていた。ひとりでに動き出しそうになる我が身を自ら制御し、そして身体よりも頭を動かせることに集中する。
 だが正直なところ、この判断も正解だとは言いがたい。物事には理論だけでは解決できない事だってあるのだ。考えることよりも、行動することのほうが大切な問題。はたして、今回の問題は理論で解決できるようなものなのだろうか。それとも、行動を起こさずしては出口を見つけることは不可能な問題なのだろうか。それは雅史には分からなかった。そして、それが雅史がいまだに自分の中で迷走し続けている理由でもあった。
 他の二人も、まさに今の雅史と同じ状況に襲われているのだろう。座り込んだまま微動だにしないが、顔には焦りの色が浮かんでいるようにも見える。
 はたして、このまま進歩の無い意見交換を続けているだけで、この問題は解決できるのだろうか。いや、行動を起こさずしてこの問題の解決策を見つけるなど、それはあまりに虫が良すぎるのではないだろうか。
 雅史の中で決心がついた。皆に言うべきだ。考えるよりも動き出すことのほうが大切なのではないかと。
「……なあ、二人とも。解決策を考えることも大切だとは思うけど、やっぱりここは俺たちが動き出した方が良いと思うんだ。探しに行こうよ。俺たちが捜し求めている者たちを……」
 そう言おうと思った瞬間だった。しばらく口以外は動かすことの無かった大樹が突如立ち上がり、そして遠くの空を見上げている。
 大樹の視線の先を追いかけるように見ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
 先ほどまでは、自分達を包み込むように空中に広がっていた漆黒の空間、それがオレンジ色に輝き、辺り一面を明るく照らし始めたのだ。その光景は、天空から舞い降りてきた天国の光が、雅史達を包み込んでいるようにも思えた。しかし、殺し合いゲームの最中という現実世界の中で、そのような幻想的な解釈はあまりにも似つかわしくない。
「なんなんだ、この光は?」
 雅史の口から自然とこんな言葉が飛び出した。それと同時に、大樹は天空の光の根源がある方向へと走り出した。残された雅史と直美も、後を追いかけるように走り出した。
 走り出してすぐのこと、三人はとある断崖絶壁に出くわした。山中に切り立ったこの断崖絶壁から下を見ると、遥か数十メートルほどの高さがあるようにも思われる。ここから落ちたならば、間違いなく死ぬこととなるだろう。
 絶壁の上に立った三人は、そこから遥か下界に広がっているとんでもない光景に、驚かざるを得なかった。
 自分達のいる山を下った遥か先に、存在していたはずの住宅地。それが今、巨大な炎に覆われ、全てを焼き尽くされようとしているのだ。町を襲う巨大な炎は、まるで世界を震撼させるほどの驚異を誇る、紅蓮の悪魔が姿を見たようにすら見える。そして焼き尽くされようとしている町の所々から、竜巻のようになった炎の柱が天空へと上り、天を走る紅きドラゴンとなって、島じゅうを駆け巡っている。時折聞こえる爆音ですらも、もはやドラゴンの泣き声であるかのようにすら思わされる。


 そんな驚くべき光景に目を奪われていた三人。
「な、何が起こったというんだ?」
 時折降りかかってくる火の粉を払いながら、雅史は大樹の方を向いた。しかし、大樹がそれを知るはずが無く、当然「分からない」といった返事が返ってくるだけであった。
 この大火災ははたして、何者かの意思によって意図的に発生させられたものなのだろうか。それは誰にも分からない。しかしこれだけは言える。もし万が一、あの住宅地に誰かがいたというのならば、その生死はもはや絶望だと言って良いだろう。
 不安がよぎる。まさか、自分達が捜している誰かが、あの場所にいたのではないか。そんな考えが浮かんだからだ。
 やはり悠長なことをしている場合ではない。一刻でも早く動き出し、皆を探し出すべきだ。
 ついに雅史の中で、迷いが完全に消え失せた。そして、もう一度皆に自分の意見を述べ、そしてここから動き出そうと考えた。だが、雅史のその思考はまたしても遮られることとなった。
 ブツンと何かのスイッチが入った音が聞こえたかと思うと、聞き覚えのあるあの声が聞こえてきたのだ。
『ウオラァー! テメェら頑張ってるか! ついに七回目の放送時間を迎えたぞぉ!』
 妙に声が大きく聞こえると思い周りを見渡すと、なんとスピーカーがすぐ側に建っていた。
 三人はいつも通りに名簿と地図を手元に取り出し、そしてそれらの情報を書き留める準備を整えた。だが直後、三人は全ての気力を失ってしまうこととなるとは、このときは知る由もなかった。
『いつもどおり死んだ奴を順に発表するぞ! まず、男子9番、桜井稔、男子11番、杉山浩二』
「なっ、なんだって!」
 この言葉を聞いた瞬間、雅史は意識が遠のいていくような感覚に捕われた。


【残り 6人】




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