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 須王は木材で頭部を叩きつけられた衝撃により、どさりとその場に倒れた。彼は、まさか自分が発した言葉に忍がここまでの怒りの感情を現し、そしてこれほどまでに素早い攻撃が来るということを想像していなかったのだろう。そのため攻撃を受け止める体制を整えていなかった彼は、忍の怒りがこもった強力な一撃をもろに受けてしまうという羽目になってしまったのだ。
 須王はすぐさま起き上がり、再び自分へと襲い掛かる猛威に次こそは対応できるようにと身構えようとした。そのとき、自らの額を流れる生ぬるい液体が、ポタポタと床に垂れているのに気がついたようだ。
 彼は一瞬それを汗だろうと思ったのか、手でそれをぬぐった。しかし鼻につく匂いでそれが何だったのか気がついたのだろう。液体をぬぐった手を自分の顔の前に持っていき、それをじっと眺めた。
 自らの手を赤く染めていたそれは、紛れもなく須王自身の頭部から流れ出した鮮血だった。角材の衝撃で毛髪の下に隠れる皮膚が無残に破かれ、そこからまだまだ流れ出るそれは、床をさらに赤く彩り続けている。
「……て、てめぇ! よくもこの俺にこんな重症を負わせてくれたなぁ!」
 立ち上がった彼は走り寄ってくる忍を返り討ちにしようと、スイッチをオンにしたチェーンソーの刃を向けた。ところが忍はまたしても想像以上のスピードで攻撃を仕掛けてきた。須王はとにかく必至の形相をうかべながら、頭上に迫る鉄槌を受け止めようと高速回転する刃を上に持ち上げた。
 忍が振り下ろした木材はそのままチェーンソーと衝突した。弾かれたのはチェーンソーの方であった。いくら鋭い刃が木材を切り裂かんばかりに回転していようとも、それよりも数倍の重量を誇る木材の方が破壊力は上だったようだ。
 弾かれたチェーンソーは須王の手から離れ、再び床に落ちた。そして高速回転殺人マシーンに打ち勝った怒りの鉄槌は、須王の頭をさらに傷つけようと迫りつつあった。
 彼は急いで頭を右に振るが、結局それをよける事は出来ず、頭部の左側に損傷を負うこととなっただけであった。
「グゥッ」と自然と口から漏れるうめき声。彼がたまらず負傷箇所を手で押さえたが、その手の下からはドロドロとした液体が染み出しているのが見える。どうやらまたかなりの重症を負ったようだ。
「どう……殺される側の気分は?」
 ひざまずく須王の頭上で忍が声を発した。すると彼はゆっくりと頭を持ち上げ、こちらの目に視線を合わしてきた。普段は見せぬ忍の殺意がこもったその顔に、かすかに恐怖を感じたような表情を見せたが、それでいて何らかの美しい物を見てしまったかのような顔をしているようにも見える。しかしそれに対して忍のほうは、汚い物を見ているかのような冷ややかな視線を返す。
 無言の須王に痺れを切らし、彼女はスカートの中が見えるのも気にせず、足を横に振ったかと思えば、身体のバネを駆使してそれを男の脇腹にたたきつけた。すると男はまた意味不明なうめき声をあげながら倒れる。
 彼女は許せなかったのだ。下らぬ理由で人間の命を弄ぶ愚かな者どもを。
 自分達を裏切った坪倉武、それに襲い掛かっていた狩谷大介、彼らに関しても同じだ。プログラムに巻きこまれたからという下らなき理由のために、平気で弱者に襲い掛かったり、あるいは裏切りという最も愚かな行為にでたり。正しき心を持つ強き女は、そういう曲った精神の持ち主に対し、怒りをおさえる事が出来なかったのだ。
 彼女が信頼を抱いていた辻本創太を遊んでいるかのように殺害したうえ、彼が発した命を弄ぶような言葉。さらには一度戦いで敗れていた事が、忍のプライドを傷つけたこともあったのだろう。とにかくそれらが全て集結した事により、彼女は須王に対して想像を絶するほどの巨大な怒りという感情を内に抱いてしまったのだ。
 須王の姿を見下ろしながら、忍は再び口を開いた。
「あたしは命を弄ぶような奴は絶対に許さない。その中でも特に、あなたのように腐りきった奴は……殺すよ」
 忍は再び木材を振り下ろす。須王は今度こそと転がりながらそれを避けた。しかし忍は構わず足で彼を蹴りつける。
 以前の戦闘とは違い、今回二人の形勢は全く逆転していた。
 前回の二人の戦闘の際、忍のほうは坪倉武との戦闘により、既にかなりの体力を消耗していた状態であった。しかし今回はそれがない。対し、今回の須王は辻本創太との戦闘の直後であり、やはり体力の消耗は激しかった。つまり体力的な面で比較してみても、この二人の立場は完全に前回とは逆転していたのだ。
 さらに今回は須王のあまりに非人道的な行動や言動が、忍に精神的な覚醒を起こさせた事も理由として挙げられる。つまり、以上の点から察するに、軍配は既に忍のほうに上がっていたのだ。それを証明するかのように、今回優勢に戦いを進めているのは忍である。
 しかしこれまでに六人もの人間を消し去ってきた殺人鬼はさすがにしぶとく、これしきで沈みはしなかった。
 忍がサイドから木材を振る。それを寸前のところで屈んで回避したかと思えば、大きな一歩を踏み出し、チェーンソーを彼女の胴体へと突き出した。
 攻撃態勢に入っていた忍も、急いでそれを避ける為に身体を右に移動させるが、防御面での体制準備が乏しかった為に避けきる事が出来なかった。チェーンソーは彼女の制服のわきの下辺りを切り裂き、ついでにその下の肉をも深さ数センチほど切りつけた。
 忍は声をあげながら、負傷した左脇腹付近を右手のひらで押さえた。その下から何かが流れ出しているのが、手の感覚でも確認する事が出来る。
 その間も須王は更なる攻撃に踏み出していた。痛みに身体の動きを止められた忍に容赦なく、今度は頭上へとチェーンソーを振り下ろす。しかし忍が蹴り上げた足が腹部に命中した為に、今度は彼が後方へと倒れた。
 負傷を負った忍であったが、彼女の怒りがその痛みを打ち消したのか、倒れた須王に向けて木材を槍のように突く。木材の先は彼の胸部を叩いた。地面と木材に圧迫された須王の肋骨がミシリとしなると、かれはウウッと声を上げる。
「畜生! 何で俺がてめぇなんかにここまで……」
 須王はなんとか反撃を試みるが、木材と地面に挟まれた状態であった彼はまさに拘束されているに等しく、立ち上がることすら不可能であった。そんな彼を嘲るような冷たい視線で見下ろしつつ、彼女は息を荒げながら吐き捨てた。
「分からないの? アンタは自分は王のような存在で、それ以外の人間達はムシケラのような存在だと思い込んでいた。しかし、それは違う。人を殺める事に罪の意識を感じなくなっていた時点で、あなたは王どころか人間ですらなくなっていたのよ。いうならばゴミね。
 人間であるあたし。そしてゴミに等しいアンタ。戦えば勝つのは当然、人間であるあたしだって分かるでしょ」
 さも当然のように話す忍に驚いたのか「なんだと」と言いたげな顔をする須王。
「人間を喰って生きていたようなアンタには、神の加護が無かったのかもね……死ね!」
 強く言い放った途端、忍は木材を振り上げた。真っ直ぐ伸びた木材は天井にとどきそうなギリギリの所まで上がり、そして一気に急降下してきた。そしてその先端が須王の額部分へと向かっていく。この勢いでぶつかれば、彼の額は間違いなく粉々に砕かれるであろう。そしてそれは彼の最期を意味する。
 これまで何人もの人を消し去ってきた悪魔のごとき男の全ては、もうすぐ終わりに近づいていた。しかしそれが正解であろう。消し去ってきた人間が現世に残した手枷足枷を全て投げ捨て、手ぶらのまま悠々と地上を歩き続けた彼には、もはや現世で存在する権利すら無いのかもしれないのだから。
 須王本人は迫る恐怖に恐れてか、それとも自らの死を覚悟したのか、倒れたままじっと目を閉じていた。彼の全てが現世から消え去る瞬間はもうまもなくであった。
 だがここで、誰もが予想すら出来なかったであろう事が起こり、そして事態は急変する事となった。
 振り下ろした木材を須王の額へと叩きつけようとしていた忍。しかし彼女は突如自らの身体が宙を滑ったような感覚に襲われた。彼女自身は何が起こったのか分からなかった。そして次の瞬間、忍の身体は倒れている須王のすぐ隣の床に叩きつけられていた。忍は自らの足の方に視線を向ける。そこにあったのはおびただしい量の血液が作り出した水溜り。
 誤算だった。彼女が須王の頭部に傷を負わせたことによって、そこから大量に流れ出していた血液が床を濡らし、それに足を滑らして転倒してしまったのだ。そしてそのチャンスを須王は見逃さなかった。
 彼はばっと床の上から飛び上がり、振り上げた足で忍の右足の膝を思いっきり踏みつけた。ボキリと音が響く。彼女の足が砕けたのだ。
 そして須王は忍を押さえつけるようにのしかかった。全身で彼女を押さえつけ、身動きをとれなくしてから、須王は耳元で囁くように言った。
「残念だったなぁ新城。俺には神の加護は無かったようだが、悪魔の加護はあったようだ。我ながら自らの悪運にはホント驚くよ」


 須王は忍の顎を掴み、その顔をぐっと持ち上げて見た。足を砕かれた痛みによるものか、それとももう少しで須王に勝てたのにという悔しさによるものか分からないが、忍は涙を流していた。
 須王は大量の流血のためか頭をフラフラと揺らしながら、再び耳元で囁いた。
「それにしても、正直言って俺がここまで負傷を負わされるとは驚いたぜ。しかし茶番もこれでおしまいだ。俺はやはりこのクラスの王。誰にも負ける事などないのさ」
 いまだ流れ出している彼の流血が、今にも忍の顔にかかりそうなほど彼は顔を近づけた。
 悔しそうに睨みつける忍。
「アンタは間違ってる……人間として間違ってる!」
 悲痛な声が須王の耳に入ってくるが、彼は首をかしげるばかりだった。
「人間として間違ってる?」
「人の命はアンタが思ってるほど軽い物じゃない! それをアンタは玩具のようにしか考えていないなんて……そんなの……そんなの間違ってるよ!」
 須王はカカッと笑った。
「何をバカな事を言ってるんだ。間違ってるのはお前だろう新城。人間の命ってのは大した価値も無いのさ。それをどれだけ消してみようが間違ってなど無い……少なくとも、俺自身はそう思ってるぜ」
 わざとにやけた表情を浮かべ、それを見せ付けるように忍の顔の前へともっていった。すると彼女は悔しさに打ち震えながら、表情をくちゃくちゃに歪ませた。そして悲痛な声をあげた。
「アンタなんか……どうせアンタなんか生き残れないわ! 死ね! 殺されてしまえ! アンタなんか大樹にやられてしまえばいいのよ!」
 忍の発言に、須王は一瞬おやっといった表情を見せた。
「大樹……ああ、なるほど。そういえばお前は剣崎大樹と仲が良かったんだっけな。奴もなかなかの実力者だと聞いたことはあるが。そうか、剣崎か……」
「そうよ! あいつはあたしなんかよりもずっと強いのよ! アンタなんかに絶対に負けたりしないんだから!」
 須王は大声で笑い続出した。忍の悲痛な表情を見て楽しんでいるようだ。
「よし分かった。それじゃあ俺がお前の希望を打ち砕くべく、その剣崎とやらをぶっ殺してやろう」
 そう言うと、彼は側に転がっていたチェーンソーに手を伸ばし、スイッチを入れた。
「それじゃあな。バイバイ」
 忍の首元に高速回転する刃が当てられ、それがだんだんと彼女の内側へと潜り込んでいった。それと同時にそこから噴き出す鮮血に、須王の顔が赤いまだら模様に装飾されていった。
 すぐに忍の首は切り離され、その切断面から流れ出した血液が床を赤く覆い尽くしていった。
 須王は切り離され、もはや声を発する事の無くなった忍の頭を持ち上げると、その顔を見つめつつこう言った。
「お前にも見せてやるよ。信頼する剣崎大樹が無残に刻まれて死ぬところをな」


 
『新城忍(女子9番)・・・死亡』


【残り 7人】




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