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 裏口から外に出ると、まだ勢いを緩めようとしない大雨が、容赦なく創太に襲い掛かった。
 走らないと結構濡れちゃうな。
 創太は水溜まりを出来るだけ避けながら、スーパーマーケットに向かって、既に建物の姿が見えているほどの短い距離を走った。
 時折誤って水溜まりに足を踏み入れると、創太の重い体重に、水が勢いよく飛び散った。
 新城さんお腹すいてるだろうから、急いで用事済ませないと。ああそれに、帰ったらご飯もう一度暖め直さないとなぁ。ガスが通ってたらもっと短時間で暖めれるのに…。
 すぐにスーパーマーケットに着いた。創太は雨に濡れぬよう、屋根の下に飛び込むように駆け行った。
 ふぅ。走ったけど結構濡れちゃったな。
 持ってきたタオルで濡れた髪だけ簡単に拭き、以前に無理矢理こじ開けた入口から店内に侵入した。
 かつては多数の客と従業員でにぎわっていただろう店内は、無人と化しているために、今はシーンと静まり返っている。店内の広さが寂しさをさらに増幅させているようにも感じた。さらに明かりが点いていないために大変暗く視界が悪い。食べる物もなかなか見つけにくいだろうが、かといって懐中電灯を点けたりしてはならない。外敵に見つかる恐れがあるからだ。そのため視界が悪く広い店内を、ただ己の視覚のみを頼りに探索しなければならなかった。
 何か見つかるかな。
 縦横に規則正しく並ぶ商品棚を、以前よりも真剣に、一段一段確認していく。もちろん棚の奥まった暗い場所にも目を向けるが、ほとんどの物資が運び出された後である商品棚に、食料品の類はやはり残されていない。
 駄目だったかと思ったが、それでも念のために、すべての棚を覗くまではあきらめないと決めた。
 スーパーマーケットの大半を占める食料品売り場を、全て捜索するなど、それは相当手間のかかることであった。何列にも立ち並ぶ、長い商品棚の横を飛んだり屈んだりしながら、上から下までくまなく見ていく。そして一列の探索が済んだら次の列に移るという行動を繰り返した。しかしいくら見てまわっても何も見付からなかった。おそらく米と味噌汁の元が見付かっただけでも幸運だったのであろう。
 まだまだ。棚はまだ何列もあるんだ。全部見るまで諦めないぞ。
 しかしそれは突然起こった。創太の背後で窓ガラスが割れる音が聞こえたかと思うと、その破片をパリパリと踏み割りながら、何者かが店内に入ってきたのだ。
 突然の事態に創太は慌てふためいた。
 誰か入ってきたのか?
 急いでどこかに隠れようと周りを見渡すが、店内は空の商品棚以外には何もない。棚で自らの巨体を隠し通すしか無さそうだ。
 コツコツと、店内に人の足音が響き渡った。その音だけを頼りに、相手が何処にいるのかを把握しつつ、そろりと抜き足差し足で歩き、見つからぬよう店の反対側に移動した。乱立している商品棚が目隠しになってくれたおかげで、なんとか自分の存在に気づかれずに済んだようだ。
 いったい誰なんだ?
 万が一のことを考え、創太はとにかく店から外に出るため、自分がこじ開けた出入り口のほうへと、ゆっくり移動した。しかし足元をよく見ていなかったことが災いし、床に放り出されていた買い物カゴに、足の先がぶつかってしまった。
 ガタンとカゴが地面とこすれう音が響き渡った。するとその音に反応し、何者かの足音が、創太の方へと近づいてきた。
 気づかれた!
 自らの失態に嘆きつつ、すぐさままた反対側に移動を開始する。しかし今度は勝手が違う。先ほどは相手がこちらの存在に気づいていなかったため、ゆっくりとした歩みであったが、今度は猛スピードで接近してきている。
 もはや足音に気をつける余裕などなかった。棚によって作り出される死角を通りながら、とにかく全力疾走で移動した。創太が走る大きな足音が店内に響き渡り、相手もそれを追いかけてくるように走る。
 誰だ! 誰なんだ!
 気が付くと店の角にまで走って来ていた。すぐさまその角を曲がり逃げきろうとするが、もはや遅かった。相手の足音はもうすぐそこにまで迫ってきていたのだ。
 手前の棚の裏からコツコツと革靴と床がぶつかる音が聞こえる。
「あぁぁぁ……」
 恐怖に震える創太自身は、無意識に意味のない声を漏らしていた。バクバクと高鳴る胸の鼓動。何か不思議な力で全身を押しつぶされてしまうような錯覚すら感じた。
 壁に背中を押し付け、出来るだけ相手と距離をとろうとする創太。
 ついに壁の裏から、ぬっと人の姿が現れた。暗い店内に浮かび上がった一人の人間のシルエット。背は創太よりも一回り高く、肩より下まで伸ばした長髪から雨の雫を滴らせながら、さらに一歩一歩近づいてくる。そしてその者の手にはチェーンソー。
 稲光により店内が一瞬明るくなった。その瞬間、創太は見てしまった。顔の右半分を醜く焼け爛らせ、ようやく見つけた獲物に喜んでいるのか、口の端をつり上げて不気味に笑う殺人者、
須王拓磨(男子10番)の姿を。
 既に壁に背を押し付けているにもかかわらず、さらに後退しようとする創太。相手の姿を見て、完全に恐怖に飲み込まれてしまったのだ。
 須王はそんな創太の姿を見て楽しんでいるのか、更なる前進をはじめた。もはやこの暗さでも相手の顔を確認できるほどの距離にまで迫っていた。


「何しているんだ辻本…」
 相手まで二メートルほどの距離まで近づいたとき、須王がはじめて口を開いた。創太はその低いトーンを耳にして、さらに恐怖感を増大させていた。
 創太も普段から、須王拓磨の噂はいろいろと耳にしていた。そのため、彼がこのプログラムの中では絶対に出会ってはいけない、最低最悪の危険人物であると分かっていたのだ。
「聞いてるのか…。何か言えよ」
 無言のまま、ただ恐怖におびえている創太の姿を見て、須王は再び自ら声を発した。しかしなおも創太からの返事は返ってこない。
「ケッ、だんまりか。意気地のねぇ奴だ…」
 須王は足を後ろに振り上げたかと思うと、それをそのまま思いっきり前に突き出した。それが創太の膨れた腹に直撃し、その場に巨体が崩れ落ちた。
 創太は地面に手をつき、立ち上がろうとしたが、今度は背中を思いっきり踏みつけられ、べたんと地面に倒れこんだ。
 ああ…、なんでこんな奴に見つかっちゃったんだ。早く逃げないと…、殺されてしまう…。
 何としてもこの場から逃げたい創太。しかし自分を見下ろしている殺人者がそれを許してはくれないであろう。もはや創太になす術など無かった。
「俺はな、もっと人間を殺したくてムズムズしてるんだ! お前のようなカスみてぇなヤツなんて殺しても楽しくなんてないが、目障りだしな。とりあえず殺ってやるよ!」
 須王がそう言った直後、創太の上でモーターの回転する音が鳴り始めた。須王が持っていたチェーンソーのスイッチを入れたのだろう。
 恐怖に怯えた創太には、もはや相手の姿を見る勇気すら残されていなかった。
 ああ、やっぱり僕はここで死ぬんだ…。
 運命に逆らう事は出来ない。そう思い、自らの死を覚悟した。
「ズタズタに斬り刻んで殺してやるよ。じゃあな、デブ」
 須王が最後に言い放った。この直後、本来なら須王に狙われた人物は、次の瞬間には死体と化すはずである。しかし、このときに限ってはそうならなかった。なぜなら、須王が最後に言い放った言葉は、ある人物に対しては絶対に言ってはならない禁句であったからだ。
 突如、創太が目を見開いたかと思うと、次の瞬間、チェーンソーを振り下ろそうとしていた須王拓磨の身体が、はるか後方に吹っ飛んだ。


【残り 9人】




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