102 「あたしを助けた?」 創太の言っている事の意味がよく分からず、忍はすぐさま聞き返した。創太は立ち上がり、 「そうだよ。詳しくはあとで話すから、もうちょっと横になってていいよ。身体まだ疲れてるでしょ」 とそれだけ言い、再び部屋を出て行こうとした。 「ちょっ…待ちなさいよ」 話を聞かせろと言わんばかりに、創太を引き止めようとするが、構わず彼は部屋を出て行ってしまった。忍は再び静かな部屋に一人取り残され、分からない事だらけの今の状況に頭を抱えた。 いったいどういうことなんだ? どうやら全ての疑問を解決するには、忍を助けたと言う男、辻本創太に話を聞かなくてはならないようだ。 やはり今すぐこの部屋を出て、彼に全てを問いただすべきか? しかし創太が言うように、忍の身体は回復しきってはいなかった。やたらと身体が重く感じた。まるで身体中が彼女自身に「休ませてくれ」と言っているようだ。 極度の疲労を感じた忍は、それに負けてしまい、気がつくと足を再びベッドへと進ませていた。 ベッドに横になり、再びタオルケットを身体にかけ直す忍。 くそ、本当に私はなにをしているんだ! 時間に猶予などない今、のん気に身体を休ませている自分に腹が立った。しかし無理をしてはいけない。この後どんな戦いが待ち受けているか分からないというとき、万全な状態を整えていなければ、まともに戦う事はできないであろう。空手の経験者である忍はそう理解していた。 まあいい。辻本の奴もすぐに戻ってくるだろうし、その時に全て話してもらえばいいんだ。 寝転がり、見知らぬ部屋の天井を見上げながら、忍は思考を巡らせた。 それにしてもまいったな。大樹達の所に置いてきてしまったあたしの荷物はもとより、武器だったバットまでもどこかにいってしまったしな。敵と戦うにはあまりにも用意が悪すぎる。いやそれよりも、いったい今何人が、そして誰が生き残っているのだろうか、それが知りたい。 ふと時計を見ると、時間は午後四時五十分だった。それを見て、忍は初めて事の深刻さに気がついた。 午後四時五十分だって? それじゃあ、あたしはほぼ丸一日もの間、意識を失っていた訳じゃないか! 嫌な予感がよぎった。忍が意識を失っていた二十四時間という長い時間、それだけの時間があれば、このプログラムも相当に進行しているに違いない。つまりあれからかなりの死者がでているはずだ。 皆大丈夫なのか? 友人たちは、それに大樹たちは無事なのだろうか? 忍が不安に考えていると、突如部屋の扉が開いた。びくりとそちらへと視線を移すと、そこにいたのは創太だった。創太は右手に水で満たされたグラス、何処から調達したのか分からないが、左手に箒とちり取り、それに雑巾を持ち、のしのしと部屋に入ると、まずグラスを忍の枕もとの小さな棚の上に置いた。 「ちょっと待ってて。まずこれ片付けるから」 そう言い、箒とちり取りで、先ほど割れてしまったガラスの破片を丁寧に集め、さらには水で濡れた床を雑巾でふき取った。 「一応破片は全て集めたつもりだけど、まだ小さな破片は残ってるかもしれないから、歩く時は注意してね」 創太が言った。 掃除が全て終了すると、掃除用具を全て部屋の隅に置き、そして先ほど棚の上に置いたグラスに手を伸ばし、それを忍に「はい」と手渡した。 「あ…ありがとう」 どうやら先ほど運んできた水も、こういうことだったらしい。上半身をベッドから起こし、それを受け取って、一気に飲み干す忍。丸一日意識を失っていたのだ。水分を欲さないはずがない。 飲み干した後、グラスを創太に返し、一呼吸置いた後、まず先ほどの無礼を謝った。 「さっきは悪かったな。敵かと思って首絞めちゃって」 「いやいや、寝起きなんだから混乱してても仕方ないよ。僕もそれはよく分かっているつもりだし」 創太は先ほどのことを特に気にしている様子は無かったので、忍はすんなりと本題に入る事が出来た。まずは忍自身が置かれている状況を知りたかった。 「なぁ、なんであたしはこんなところで寝てたんだ?」 「大丈夫だよ、全部話すから」 不思議そうに見つめてくる忍に、創太は何が起こったのかを語り始めた。 「昨日の夕方、僕はあてもなく歩いていたんだ。そして川の側を通りかかった時、誰かが岸に打ち上げられているのを見つけたんだ。それが誰なのか確認する為に、僕はそこに駆け寄ったんだ」 「それがあたしだったんだね?」 忍は須王から逃げる際、激しく流れる川に飛び込んだことを思い出した。おそらくそこで気を失い、創太が自分を見つけた地点にまで流されたのだろう。 「そう。近寄ったらそれが新城さんだってすぐに分かったけど、ぐったりして動かなかったから、最初はもう死んじゃってるのかと思ったよ」 それはそうだろう。なにせ今は殺し合いゲームの最中なのだ。ぐったりして動かない生徒、そんなものを見てしまえば、それが死体だと思ってしまうのは無理がない。 「でも、もしかしたら生きてるかもしれないって思って、とりあえず耳に向かって呼びかけてみたんだ。でも返事は返ってこなかった。そこで気付いたんだよ、新城さんの呼吸が止まってるって。だから急いで…その……じ、人工呼吸を…」 「ふーん……って、じ、人工呼吸?」 突然の思いがけない発言に、忍はかなり驚いた。そしてその忍の反応を見た創太も、慌てふためき始めた。 「ゴ、ゴメン! でも人命に関わる問題だから、恥ずかしいとか何とか言ってる場合でもないと思って…」 「いや、別に怒ってる訳じゃないけど」 実際自分がこうして生きているのは、おそらく創太のおかげなのだ。ここで怒るのは筋違いだと分かっていた。しかし、まさか自分のファーストキスを、この男に奪われるなどとは思ってもいなかった。 「ま、まあそんな訳で人工呼吸を始めたんだ。僕は元々保健委員だし、そういうのの手順はよく分かっていたしね」 それに関しては忍もよく知っていた。人工呼吸をする際、まずは最初に頭を後ろに倒し、首を持ち上げて気道を確保する事が重要なのである。それが分かっていなければ人工呼吸など意味を成さない。創太が保健委員であったため、その手順を知っていたというのは、まさに不幸中の幸いであったと言って良いだろう。 「そしたらなんと、新城さんが息を吹き返したんだよ。そこで僕は、もしかしたら助ける事が出来るかもしれないと思って、この民家にまで運んだんだ。そして安静にしておこうと思ってね」 「そういうことだったんだね」 ようやく一つ目の疑問、なぜ自分はこんな所にいるのかということが分かり、忍の頭の中でもやもやが少し溶けたように感じた。しかしまだ疑問は沢山残っている。 「それじゃあ次に聞くね。この服は何?」 自分が着ているTシャツを指差しながら聞く忍。しかし彼女は、先ほどの人工呼吸に継ぐ、嫌な予感を感じていた。 「それは…新城さんの服が、川の水でビショビショだったから…、そのままにして寝かせておく事は出来ないと思って…、この部屋の中で見つけた服を…その…」 言いにくそうに話す創太を見て、忍はもう確信をもっていた。 「要するに、意識を失っているあたしの服を、勝手に着替えさせたわけね」 忍がそう言うと、創太は再び慌てながら言葉を返した。 「ゴメン! この季節でもさすがにそのままじゃ風邪ひくかもしれないと思って…、悪いとは思ったけど…」 自分のしたことを知られ、相当に慌てると同時に恥ずかしがりはじめた創太。しかし実際は忍の方がさらに恥ずかしい気持ちに襲われていた。無理はない。仕方のないこととはいえ、自分は目の前の男に、一度服を全て剥ぎ取られたのだ。とはいっても、他に変な事をされた様子はないので、ここはじっと押し黙るしかなかった。 「まあそういうわけで、新城さんを着替えさせ、最後に傷の手当てをしたんだ」 まるで前の話題から逃れる為のように、創太は次の話に切り替えた。忍の側もその話は早めに切り上げたいと思っていたので、それに関しては一切言葉を挟もうとはしなかった。 「息が吹きかえったとはいっても、何箇所か小さな怪我はしていたからね。たいした処置は出来なかったけど、これがあったから最低限の手は尽くせたと思うよ」 そう言いながら創太はベッドの後ろに置いてあった救急箱を持ち上げて見せた。 「その救急箱も、この家の中で見つけたわけ?」 「いや、これは僕の支給武器だったんだ。とはいっても武器としては意味を成さないんだけどね」 怪我をしたらこれで治療してくださいって事か。まったくふざけた政府だ。 忍は無意識に、この場にいない榊原担当教官の顔を思い浮かべていた。 「まあ怪我とはいっても、本当にたいした怪我は無かったんだけどね。たしか足に一箇所の擦り傷と打撲、そして首に切り傷が一つ、それだけだったからね。治療もさほど大変ではなかったよ」 足の怪我に関しては、おそらく川に流された際にできたものであろう。あの濁流の中で、それだけの被害で済んだのは幸運だったといえるかもしれない。しかし首の切り傷に関しては違った。これは流された際にできたものではないのだ。そう、須王拓磨との戦闘の際に、チェーンソーがかすってできたものだ。忍は以前の戦闘を思い出した。 須王拓磨。おそらく彼は今大会中最高レベルの危険人物であろう。既に何人も殺害済みであったあの悪魔。そんなあいつのことだ。今もまだ生きているのだろう。 忍は次なる質問を創太にぶつけた。 「なあ辻本。今プログラムはどうなってるんだ? 出来れば昨日の午後1時以降の放送内容を知りたいんだけど、教えてくれる?」 そう、忍はプログラム1日目の3度目以降の放送内容を知らないのだ。つまり4回も放送を聞き逃している事になる。それだけ時間が経過しているば、プログラム自体にかなりの展開が現れているはずだ。もちろん好転しているはずなどはないが。 「1時以降…要するに3回目以降の放送内容を教えて欲しいってこと?」 「ええ」 「ちょっと待ってて」 創太はポケットの中から折りたたまれた名簿と地図を取り出し、広げて目を通した。 「じゃあ、まず亡くなった順に皆の名前を挙げていこうか?」 「頼むわ」 本来なら創太の話を聞きながら、自分の名簿にチェックを入れていきたいところだが、地図と共に荷物の中に入れたままであったことを思い出し、仕方なくそれは断念せざるを得なかった。 創太は自分が書き込んでいた情報を、できるだけ綿密に述べていった。それと同時に、その情報を頭の中で整理していく忍。そしてその死者のあまりの多さに驚愕しなければならなかった。 創太が死者の名前を全て挙げきったとき、忍は色々な事を考えなければならなかった。 「淳子…死んだのか…」 戸川淳子。忍と仲のよかった子達の一人である。忍が気を失う前には、彼女はまだ生きていた。しかし、その彼女ももう死んでしまったというのだ。 「多分、加藤君と一緒にいるところを、誰かに襲われたんだと思う」 しかし、創太のその言葉は、忍の耳には入ってきていなかった。あまりのショックに、忍の意識が再び不安定に陥っていたのだ。 思う事はまだあった。直美、それに大樹たちもまだ生きている。彼らがまだ生きているのなら、自分はもう一度そこに合流したい。 それと、まだあいつも死んではいない。忍をこんな目に遭わせた、須王拓磨。 宿敵とも言うべき強敵の顔を思い浮かべ、忍は歯を噛み締めた。 【残り 9人】 トップへ戻る BRトップへ戻る 101へ戻る 103へ進む |
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