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 扉の向こうから聞こえる足音に、忍もすぐに気がついた。
 誰か来る!
 まだ自らの状況をよく把握できず、多少の混乱状態であったが、とにかく防衛本能が働いたのか、すぐさまベッドから飛び出した。しかし逃げるつもりではない。
 忍は扉が開いた際、ちょうどその扉の裏側となる場所へと移動した。死角であるこの場所からなら、相手が誰であろうと奇襲を成功させる事が可能だからだ。
 いったい誰なんだ? 誰が近づいてきているんだ? いや、そもそもなんであたしは、こんな場所で、こんな格好で眠っていたんだ?
 沢山の疑問を抱える忍。その忍がいる部屋へと、足音はだんだんと近づいてきていた。
 敵か? 来るなら来い!
 心臓が多少高鳴っている事にはかまわず、戦闘体勢を整える忍。とはいうものの、こちらには武器が無い。部屋を見回してみても、武器として役立ちそうな物は何一つ見つからなかった。つまり、相手がどんな敵で、どんな武器を持っていようとも、こちらは素手で戦わなければいけないのだ。
 扉の外からのしのしと聞こえる重い足音。それがついに部屋の外で止まった。今確実に、相手はこの部屋の前にいるのだ。
 忍の緊張がさらに高まった。
 さあ、来い!
 ガチャリと扉のノブを回す音が聞こえた。しかし扉そのものか、それとも枠が歪んでいるのか、扉はすんなりと開かなかった。部屋の外にいる何者かは、もう一度ノブを回し、今度は先ほどよりも強く扉を押した。するとドンと音をたてながら、扉は勢い良く部屋の内側へと開いた。
 勢い良く部屋の内側へと開いた扉は、裏に隠れていた忍の顔に直撃した。不測の事態に慌てふためく忍。しかし声を出してはならない。奇襲を成功させるためには、相手に存在を気付かれてはならないのだ。そういうわけで、顔の痛みに耐え、何とか扉の裏で息を潜める忍。
 扉が開くと、例の謎の人物は、ゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れてきた。しかし、その人物と忍の間には、扉一枚が挟まっている為に、まだ相手の正体が誰なのかは把握できない。
 忍は相手の正体を見定める為に、扉の裏からすぐにでも飛び出していきたい衝動に駆られたが、今はまだ早い。相手がさらに部屋の内側へと踏み込み、こちらに背を向けているのが見えた瞬間が勝負なのだ。
 しかし部屋に入ってきた人物は、それからなかなか内部に踏み込んでこなかった。
 何故だ? なぜ入り口で止まったんだ?
 相手と忍の間には、扉一枚をはさんで数十センチほどしか距離が離れていない。そんな状態が継続し続ける事に、忍は相当な息苦しさを感じた。天候が悪く、部屋の中が薄暗い事もあり、忍は不安をさらに増幅して感じた。
 そんな不思議な時間は十数秒間続いた。しかし相手はようやく部屋の中へと歩みだした。のしのしと体重にきしむ床。忍は部屋の内部に相手の姿が見えるまで目を凝らした。
 扉の端から何者かの姿がようやく現れた。その服装に見覚えがあった。飯峰中の学ラン、つまり男子だ。相手は身体の前で、何かを手で持っている様子だったが、背中に隠れてそれが何であるかは分からなかった。しかし相手が男子生徒だと分かると、かまわずそれに飛び掛った。
 バンと音をたてながら扉の裏から飛び出すと、相手に反撃の隙を与える間もなく、その首に腕を巻きつけ締め上げる。
 突然の奇襲に驚いたのか、相手は持っていた何かを手から落とした。直後、がしゃんと何かが割れる音が聞こえた。しかし忍はかまわずその首を締め上げ続ける。すると相手はようやく忍の腕を掴み、何とか逃れようと試みを始めた。しかし強靭な忍の腕を引き離すのは容易な事ではなく、抵抗は実を結ぶ事は無かった。
 このまま気を失ってしまえ!
 忍が腕に更なる力を込めようとした瞬間だった。足の裏に、何かがちくりと突き刺さったのを感じた。
 痛っ!
 すぐさま何が起こったのか足元を見やると、そこには割れたグラスが散らばり、床が水浸しになっていた。どうやら相手が持っていたのは水が入ったグラスだったらしく、落として割れたその破片の一つが、忍の足の裏を傷つけたようだ。しかしここで奇妙な事を感じた。
 水? 何でコイツ、水なんて運んできたの?
 自然と忍の腕の力が弱まり、その瞬間、ようやく男子生徒はそこから抜け出した。ごほごほと咳き込んだ後、男子生徒は口を開いた。
「き…気がついたの新城さん?」
 その声を聞かずとも、相手の体格をよく見れば、その正体を把握する事は容易な事であったはずだ。しかし多少の錯乱状態であった忍は、そこまで冷静に相手の姿を見ていなかったために、その正体に気付いたのは今ようやくであった。
「つ、辻本!」
 クラスで一番の巨体の男子、
辻本創太(男子12番)、相手の正体はまさに彼であった。
「どうなってるのよ」
 未だに状況の把握が出来ていない忍は、とにかく全てを創太に問いただすしかなかった。
 濁流にのまれたはずの自分が、なぜ今ここにいるのか。
 自分はなぜこんな服装なのか。
 創太はなぜ水などを運んでいたのか。
 そしてプログラムはいったいどうなってしまったのか。
 先に発した「どうなってるのよ」には、これらの意味が全て込められていた。忍は何もかもが全く分かっていなかったからだ。
 創太は首をしめられた際に、崩れた学ランの襟首を整えながら、忍の質問に、すぐさまこう返した。
「僕は新城さんを助けただけだよ」


【残り 9人】




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