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 苦しい! 息が出来ない!
 
新城忍(女子9番)は自らの身に起こっている異変に気がついた。息を吸うことも出来ない、上下左右、どちらを見ても真っ暗闇。そんな異質の空間に閉じ込められ、焦りと不安とともに、さらには自らの生命の危機までも感じていた。
 なんとか…なんとかここから外に出ないと!
 異空間からの脱出口を見つけようと、天から地まで、とにかく見る事が出来る全ての方角を、必死になって見回した。すると、自分の頭よりも遥か上から、かすかな光が差し込んできている事に気がついた。
 出口はあそこか。
 そう思うやいなや、忍はすぐさま飛び上がった。不思議な事に身体がとてつもなく軽い。しかし、今はそんなことなどはどうでもいい。とにかく元の空間に戻り、そして思いっきり空気を吸うのだ。
 異空間から脱出するまで、さほど時間はかからなかった。
 ザバンと音をたてながら顔を出した。そして今まで欲求が溜まっていた体内に、思いっきり新鮮な空気を送り込む。
 助かった…。
 自然とそんな思いがよぎる。
 そういえば、ここは…?
 助かったと実感すると同時に、今度は冷静に自分の身に起こっていた出来事を理解しようと思った。まず分かった事は、自分は今まで水中に沈んでいたという事だ。
 そうか、自分は須王から逃れる為に、川に…。
 とりあえず忍は側の岩につかまり、再び飲み込まれてしまいそうな濁流から這い上がった。そして辺りを見回す。
 いったいどのくらい流されていたのだろうか?
 しかし気を失ったまま、自らの意思以外の力によって運ばれたため、全く想像すら出来ない。分かるのは、自分はこの島の森林のどこかにいるということだ。
 雨により勢いを増した濁流の両脇では、葉から雨水を滴らせ、水滴があたる音をたてながら、揺れ続ける木々。見たところ森林の相当な奥地であると思われる。
 畜生! ここはいったい何処なんだ!
 忍が焦るのも無理はない。自分の居場所がはっきりと分からなければ、誤って禁止エリアに入ってしまいかねないからだ。いや、そもそも自分はどれだけの時間、水中に沈んでいたのか。この様子では、おそらく放送を何度か聞き逃しているはずだ。だとすると、どのエリアが新たに追加された禁止エリアなのかすら分からない。視界のきかない暗闇で、地図もなしに進まなければならない。今の忍の状況を例えるとそんな状態であると言って良いだろう。
 くそっ! なんとか大樹達の所に戻りたいのに!
 狼狽する忍。しかしさらに追い討ちをかける出来事が起こった。
『オラァ! 聞いてるかテメェら! 定時放送の時間だぁ! まず死んだ奴の名前を言うぞ!』
 聞き覚えのある中年男性の濁声が聞こえてきた。プログラム担当教官榊原の声だ。どうやら丁度放送の時間だったようだ。
『まずは男子から! 7番、剣崎大樹、16番、名城雅史、次に女子、1番、石川直美、12番、戸川淳子、以上4名だ!』
 それは忍にとって驚愕の内容であった。
 ウソ! 大樹達も、それに直美達も!
 以前手を組んでいた大樹たち、それに親友であった直美や淳子の死に、忍が平然としていられるはずがなかった。
『残ったのはたったの二人だ! あと一人殺せば優勝だぞ! さあラストバトル手ぇ抜くなよ! それじゃあ禁止エリアの発表だ!』
 もはや忍は禁止エリアなどどうでも良かった。信頼を寄せていた者達や、親友達の死に与えられる悲しみの大きさは尋常ではなかったのだ。それにもう一つ気になることがあった。
 残り二人…? それじゃあ、あと生き残っているのは、あたしと、誰か一人…、じゃあ、それはいったい誰なのだろうか?
「やっと見つけたぜ」
 忍が少し考えていると、突如誰かの声が頭の中に割り込んできた。振り返ると、そこにはチェーンソーを構えた
須王拓磨(男子10番)がいた。
「カカカッ…今の放送聞いて驚いてたんだろう。残念だったなぁ、親友達が死んじまってよ。そして生き残った二人ってのが、お前と俺だなんてなぁ」
 忍は呆然としていた。もはや須王の声も耳に届いていなかったのかもしれない。大切な人たちをいっぺんに失ってしまった悲しみ、それに耐えられず、もはや生きる意味も分からなくなってしまっていたのだ。
「そして最期に生き残るのは俺だ!」
 須王は反応のない忍にも構わずに向かってきた。スイッチが入ったチェーンソーは勢いよく回転をはじめ、それが忍の喉下へと近づいてきた。そしてそれを最後に、忍の目の前は真っ暗になってしまった。

 忍は飛び起きた。全身から汗を噴出させ、かなり興奮した様子だ。
 くそ、驚かせやがって、夢か…。
 悪夢から脱し、改めて辺りを見回す忍。するとそこは森林の中ではなかった。どこかの民家の一室。部屋の隅にはきれいに片付いた勉強机が置かれ、壁際には数十冊の本と、何枚かのCDが並べられた棚が設置されている。
 また、その反対側の壁際には洋服ダンス。部屋の様子から察すると、ここは自分と同じくらいの年の女の子の部屋だったのであろうと思われる。そして忍はその部屋の角に位置するシングルベッドの上に寝かされていたようだ。
 突然の舞台の切り替えについていけず、忍はただしどろもどろとするしかなかった。
 ここはいったい?
 驚くのはそれだけではなかった。プログラムの最中、自分は確か中学校のセーラー服を着ていたはずだったのに、今は赤いTシャツにカーゴハーフパンツといった格好であった。確かに忍は普段から、こういうラフな格好を好んではいたが、それにしても、何故自分がこのような格好をしているのか理解できない。
 丁寧に身体にかけられたタオルケットをめくり上げ、上半身を起こした瞬間だった。閉じられたドアの向こうから、何者かの足音が聞こえてきたのは。


【残り 9人】



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